療養の時

「いける!」
私はそう思った。
ブレスはかけた。体力は満タン。敵は二人。この一撃で出足を遅らせることでもできれば…ねらいは近場にいる近衛兵。
その瞬間奴と目が合った。白目がちの無表情な目が一瞬笑ったかのように細められる。
次の瞬間。奴の顔は私の間近に会った。2インチと離れていないだろう。
いったいなにが起こったのかはわからない。わかるのは、やけにミント臭い息と、胸から背中へ抜ける感触、不思議と痛みは感じない…
耳の奥に石綿でも詰められたかのような圧迫感。背後に忍び寄っていたジェラールの顔が悲痛にゆがむのが見える。
すべての音さえ消えたようなその圧迫感の中で、奴の声がこういった。
「…小賢しいわ…」
奴はゆっくりと剣を抜く。
身体の中を金属が通り抜ける感触が終わる前に、私の意識はなくなっていった。
「…私の…信仰が、弱かったと…いう…」


ドアがノックされる。
書棚と執務机のほかには絵が1枚飾ってあるだけの部屋の主は涼やかな声で答えた。
「お入りください。」
入ってきたのは赤い帽子をかぶった初老の男。彼は苦虫を噛み潰したような顔でこういった。
「州都の冒険者ギルドから連絡がありました。シスターディルディオーネが重症転送されてきたとのことです。」
「…そうですか。」
「…そうですか、とは…院長。それだけですか?」
「それだけ?」
「ご心配ではないのですか?」
「シスターには外遊布教を命じてあります。荒野を行けば危険とは隣り合わせ…」
「そういうことではありませんっ!」
「枢機卿、大きな声をお出しにならないで。」
枢機卿と呼ばれた男は、ため息をひとつつくと、右へ左へと歩きながらこう言った。
「ナルティア…今日はあえてこう呼ばせていただきますよ。あの子は養子とはいえあなたが望んだ娘ではありませんか。その娘が重症転送されてきたのですよ。重症転送…冒険者ギルドに登録していてよかった…常人なら死んでいるということです。聞けばディアスの近衛兵にやられたとのことです。なんということだろう…」
「仲間の方は?」
「は?」
「あの子はパーティーを組んでいましたね、仲間の方たちはどうなすったのですか?」
「あ、ああ。倒れたのシスター一人で、他の皆さんはご無事だそうです。」
「そう、よかった。」
「ナルティア!」
「ダグ…私も今日はあえてこう呼びますわね…何度も言うようだけれど、大きな声を…」
「私の大きな声は生まれつきだ!」
「ダグ。」
「ああ、そうさ、私の大きな声は生まれつきさ。そしてあなたはどうなんだね、このダグラス・ロッサ枢機卿が生まれつき大きな声なのと同じように、あなたは生まれつき感情を無くしたかのような冷たい心の人間なのかね。」
「ダグ。」
「何も泣き喚けというのじゃない。もう少しあの子のことを考えてやったらどうだね。具合を聞くくらいなんでもないだろう。私はここの人間じゃない、私にくらいは弱い面を見せてもかまわないと思うがね。あの子は君自身が助命を望んだんじゃないか。君自身が自分の養女にすると決めたんだろう?なのに、パーティーの皆様は?ご無事でよかった?娘は死んでいたかもしれないんだぞ!」
「あの子は大丈夫よ。このくらいのことでは…」
「そりゃそうさ、重症転送されてきたんだからな。命は助かるってことだよ。あぁ、そうだとも、重症であって死亡転送じゃないからな。一月か二月でも療養すれば動けるようになるだろう。だが、今彼女はとてもつらい立場にいるんだよ。自らが倒れた後のパーティーはどうなったか。僧侶としての自責の念とあの子のプライドに押しつぶされていることだろう。精神的な支えが必要な時だ…会いに行こう。」
「いいえ。」
枢機卿は疲れたようにソファに腰をおろした。
「ナルティア。考えても見たまえ。自害勧告、軟禁、赦免、無理やりの養子縁組、三ヶ月の教化、半年の最終審問。この数年というもの、あの子には気を休める瞬間はなかった。やっとパラディンとしての能力が認められたと思ったら一般の僧侶として外遊に出ろという指示。なんということだ、光の大聖堂や恩寵中央教会にいれば、そんなつらい目に会うこともなかったというのに、こんな田舎の教会にいるばかりに…私に…私に力がないばかりに。」
「ダグラス卿」
「あの子は今絶望の中にいる。自らの才能がこんなにも小さかったのかということを目の当たりにして。…パラディンなんだぞ。何十年に一人という逸材なんだ。それが、混沌に魂を売り渡した程度の一兵士に倒されるなんて。今までの苦労はなんだったんだね?あのつらい最終審問は?たかが闇の勢力に参加すると契約しただけの者のほうが強いなら。まったくの無駄じゃないか!」
「…。」
「いいかね、これは多くのパラディンが通る道なんだよ。最初の敗北の時に誰かが支えてやらなければ、彼女の心は折れる。ただの僧侶になってしまうならいいほうだ、多くは廃人として一生を過ごすことになるんだよ。会いに行ってあげたまえ。」
「あなたはどうやって乗り越えたのでした?」
「君は…あの子の腕まで切り落とせというのか!」
「あなたは、そのなくした腕を悔やんでいるのですか『片腕の枢機卿』?」
「馬鹿な。この腕一本で40人からの人間が救われたのだぞ。何で悔やむものか。」
「なぜ?それ以降、あなたはパラディンとしての活動ができなくなってしまったのでしょう。本当に悔やんでいないのですか?」
「私のこの命なぞ、弱き人々のためにささげる覚悟は改宗してから、とうについている。院長は私の心をお疑いか?」
「ではあのクエストも?」
「小悪魔ごときを倒して名をあげるつもりだったなどと言われるのは、もうなれました。しかし、私の本意がそうでなかったことはお話したはず…」
「では、あの腕は…」
「もう一度だけ言いますぞ院長!私の腕など、いや、この命など、より多くのよき人を救うためならいつでも捨てて見せましょう!」
「そんなに大きな声を…」
「だから!私の声の大きいのは生まれつきなのだ。ああそうさ、私はもとが蛮族の出なので声も大きいんですよ!」
「何も腕を捨てなくても信仰の力で人々を救うこともできたでしょうに…」
「院長。それは…申し訳ないが、あなた方僧侶の…純然たる僧籍の方々のお仕事だ。あの時の私はパラディンだった、僧侶にして騎士。自らの体を張って人々を守る。ただ救うのではない守ってやることができる。それは私の誇りだったのだ。」
「だから…」
「私を信じて付いてきた人々に、『やはりかないませんでした。皆さんここで死んでください、魂だけはお救います』などということができるかね!あつの力をはかりそこねたのはほかならぬ私なんだぞ。しかも、やつは数十人の人間の命よりも一人のパラディンに一生の苦悩を与えることを選んだ。だから受けてやったのだ。それが私のパラディンとしての最後の勤めだったとしても。私の誇りと私の信仰のために私は引かなかった。それが間違いだったというのかね。」
「ご立派です、片腕の枢機卿。それではお手数ですが…」
「なんだね。」
「今のお話をシスターディルディオネにしてあげてくださいませ。」
「…なんと?」
「シスターの才能は、ここでつぶしてしまうには惜しいものがあります。それには同じ敗北の経験をもつパラディンが傷を癒してあげることが必要でしょう。」
枢機卿は天井を見上げてこういう。
「あなたが…皮肉な湖という二つ名を持つことを忘れていたよ。院長。」
「お願いできて。本当は客員枢機卿のあなたにこんなことは頼めないのだけれど。」
「結局は院長の思うつぼって事か。」
「そういうことではないわ。」
「断るよ。客員枢機卿には派遣先の教会の指示に従う義務はないんでね…ただし…」
「?」
「友達としての頼みなら話は別だ。」


「で、義母はなんと?」
「おまえさんは大事な娘だそうだ、他の人には頼めない…」
「お願いよ…ダグ」
「…そうだ…」
「枢機卿…結構、名前でお願いされると弱いですよね…」
「院長にも言われたよ。」
診療所での静かな午後。私は幸運にも個室を与えられていた。
「まあ、気を落とさないようにしなさい。あなたはまだ戦える。」
「私…枢機卿のように誇りとか考えたこと、ありませんでした。」
「だが、あなたは盾になってみんなを守った。それがあなたの誇りだ。」
「その結果がこれです。傷は見えないように処置してもらいましたけど、落ちた力はどうしようもありません。パーティーに戻っても仲間に迷惑を…」
「君が盾にならなければ、代わりに誰かがやられていただろうね。」
「…ええ…私が一撃でしたから…おそらく…」
「その人が戻ってきた時にあなたはどう思う?やはり迷惑…」
「そんなことはありませんっ!」
「大きな声を出すと傷に触るよ。」
「私の大きな声は生まれつきです。」
「君がそうは思わないというなら、君のパーティーの仲間も、君がその人を思うように君のことを思ってくれているんじゃないかね。いや、君が選んだ人達だ、同じようにものを見、同じように感じることができると自惚れてもいいんじゃないかね。」
「私が…選んだ…」
「そう。君が彼らと共にいることを選び、彼らもまた君を選んだ。だから旅の仲間なのでは?」
「…はい…」
「うらやましい。私には仲間はいなかったからね。」
「枢機卿…」
「さて、帰るとするか。就寝の祈りには間に合うかな。」
「あ、ありがとうございました…」
「とにかく今はゆっくり養生しなさい。治ってからは今まで異常に厳しいぞ。すべて修行だと思って一々受け止めるように。」
「はい。」
「あ、そうそう、入り口でこれを預かってきたんだったよ。ボイスメールのようだな。」

ボイスメール。それは封筒に風の魔法を付与したもので、封を切ると発信者の声が再生されるというものだ。風の魔法なので再生は一回しかできないし、触媒が封筒一枚なので再生時間も長くはない。しかし、ものが封筒なので早鳩や使い魔などでなどで簡単にやり取りできる。いわゆるメッセージというやつで、街道にいても届く結構便利なものだ。

「お仲間からかな…」
「…ええ。」
「では失礼するよ。お大事にね、シスター。」
そう言うと枢機卿は部屋を出て行った。

私はメールの封を切る。
ほんの数日前までいっしょにいたのに、とても懐かしい声がする。

「…ディルド…大丈夫か。…いきなりだったのでびっくりした…まさか…おまえがな…いまさら変わってやりたいとか…そんな…ばかげたことも言うつもりは…ないが…とにかく…ショックが大きかったろう。…俺たちは…ギルドから連絡が行ったかも知れないが…あの後何とか…」
「マスター、時間がないだろ。姐さん大丈夫か?まあ、姐さんのことだから大丈夫だとは思うけど。俺たちはとにかく一旦街入りする。姐さんの…」
「ディルドさん、大丈夫ですか?私…私…とにかく、こんなことで挫けちゃダメです。私は、ディルドさんが、えーっと、ディルドさんが…」
「…とにかく傷がいえたら呼ぶから。それまでゆっくり…」
プツッ…

これほど彼ららしいメッセージもない。
私はまだ彼らの仲間として旅が出来ると自惚れても良いようだ。

「…相変わらずね、みんな…ありがとう…」

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