| Tell the truth. | ||||
| あたしは携帯のアプリでテトリスをしながら、学園への道を歩いている。 「……うあっ、しくじった!もー、何でそこで滑るのよあたしの手!」 「歩きながら携帯電話を操作するのはよくありません」 「ったくもう、また最初からやりなおしじゃんよー」 「事故にあったらどうするのです」 「どうせだから別のゲームを」 「あなたが死んだら悲しむ人がたくさんいるでしょう」 「ぷよぷよでもやるかなぁ……」 「人の話をお聞きなさい!!!」 「うわぁっ!!」 そこであたしは見えない何かの力に、くるりと180度回転させられる。 「……え?何なに?今何が起こったの?」 そこにいたのは、リリアンに通っていれば至るところで目にするマリア様。 ただし、100メートルはあろうかという、巨大な―― 「は、あ、ええぇ?」 「歩きながら携帯電話を操作するのはおやめなさいと言っているのに、あなたはその言葉を聞く気が全く無いようですね」 いつの間にか辺りからは民家や道が消え、あたしの後ろは崖になっている。空も暗く、マリア様の背後には雷鳴がとどろいている。 ……何やねん、これ。 「そんなあなたは、カトリックに学ぶリリアンの学生に相応しくありません。ということで退学処分」 「はぁっ!?ちょっと待ってよ、今日卒業式なのに退学!?そりゃないでしょうに!!っていうかあたし別にキリスト教信者じゃないもん!関係ないし!!」 「お黙りなさい。リリアンの生徒にはどこでもお行儀良く振舞うことが求められるのです。わたくしの言葉を聞こうとしなかったあなたに情状酌量の余地などありません」 「ちょっと待ってよ!お行儀良くお行儀良くってウザいし!もー、今退学になったら大学合格だって取り消しじゃない!!」 「あら、あなた大学落ちたのに?」 「うっ……」 「それにあなた、リリアンが好きではないのでしょう?温室育ちに甘ったれた生ぬるいお嬢様ばっかりで、イライラするなどとよく愚痴をこぼしていたじゃない」 「うぅ、確かに……」 「マリア様のご加護を信じる子羊たち、姉妹制度、ごきげんようという挨拶、薔薇さまと呼ばれる生徒会役員、その全てがあなたをイライラさせたのではなくて?」 「そ、それはそうだけど……でもそれはあくまでも編入初期のことで、今は……!」 「今はそんなこと思っていないと?」 あたしは必死で何度も頷く。 「世間は――」 「……?」 「世間はそんなに甘くはない!退学処分、執行!!」 その瞬間、あたしを差したマリア様の指先から一際激しい雷が発生し、あたしの足元を見事に直撃。当然あたしの足場はくだけてなくなる。 「ちょ、ちょっと待ってよ!何よそれ、あたしだって今は――」 「ごきげんよう玉藻蒼依さん、薔薇さま選挙にも落ちて大学受験にも落ちて、散々な学園生活だったわね。ほほほほほほほ」 あぁ、あたしはもう死ぬのか…… マリア様の高笑いを聞きながら、ゆっくりと崖の下に落ちていく。底は見えない。 「え?」 「まったくもう、いつまで寝てるのよ!遅刻するわよ!?」 「……え?」 遅刻といわれて、とりあえずあたしは反射的に時計を見る。 「ってまだこんな時間じゃん!あと30分は寝られるし!もー、お母さんのバカ!」 そういってふたたび寝に入ろうとあたしが掴んだ布団を、お母さんは無情にも一気に引っぺがす。 「最後の日くらい通学路歩いてみたいから、明日は早めに起こして、って言ったの、誰だっけ?」 「あ!!」 「そういうこと。朝ごはんできてるから早く降りてらっしゃいね〜」 そう言ってひらひらと手を振ると、お母さんはあたしの部屋を出ていった。 「……あれ?」 何だかとてもむかつく感じの夢を見ていた気がする。 「蒼依!もたもたしてると結局今日も車になるわよ!!」 「はぁーい!!もう、うるさいなぁ……」 これ以上お母さんに怒鳴られるのはごめんなので、あたしは夢を思い出すのを諦めて、渋々自分の部屋を出たのだった。 「ねーぇー、ほんとにいいの?危ないよ?疲れるよ?」 「うるさいなぁバカ親父、あんまりしつこいと蹴るよ?」 バレエシューズにも見えるお馴染みの靴を履きながら、あたしは答える。 「最後くらい感傷に浸りたいっていう娘の気持ちくらい理解しろよバカ親父、死ね!」 「…蒼依ちゃん、今日はいつもにも増して口悪い……」 「あら、そんなことございませんわ?あら大変、そろそろ出なければ遅刻してしまいますわお父様。それでは行ってまいります」 ほほほほほ、と猫被りな笑いを漏らしながら、あたしは玄関の扉を開けて外に出る。 「……春のにおい」 お隣のお家の庭に咲く花を眺めながら、無意識にそんな言葉が口をついて出る。 “春のにおい”は一週間前辺りから漂い始めていた。それまでの冬の空気とは違う、確実に春の気配を感じさせる空気。 「この花は……ミモザだっけ」 黄色い小さな花の名前を思い出しながら、ゆっくりと歩を進める。 今日は、あたしが約2年半通ったリリアン女学園の卒業式。卒業するのは、もちろんあたし。 毎日遅刻ギリギリの時間に起きてベンツをかっ飛ばしてで登校していたあたしは、前々から最後の日くらいは早起きして歩こうと計画していたのだ。 「……あ、チューリップだ」 今まで毎日車の窓から見ていた景色も、こうして自分の足で歩きながら見てみるとかなり違う印象を受ける。 「……っくしゅ」 唐突に出たくしゃみに鼻をすすりながら、あたしは顔をしかめる。 「花粉症かなぁ……」 今年は飛ぶ花粉の量がハンパじゃないらしく、今年から発症する人もかなりいるだろうとニュースで言っていた。まったく、良い迷惑だ。 っていうか、3月に入ってからのあたしはとことんついていない。 何がついていないって――落ちたのだ。 大学の、前期試験に。 「とんだ番狂わせだったわ……それも悪い方の!」と愚痴を吐きながら足元の小石を蹴る。 学校の先生も、予備校の先生も、合格は確実だと太鼓判を押してくれていた。当日の出来も合格ラインは超えていると確信していた。 それなのに、落ちた。 何が起こるかわからないのが大学受験というけれど、さすがにそれはないだろうと家具や壁に八つ当たりをしまくった。 後期試験――たぶん、受かっていると思う。受かっていなければ困る。でも、前期もそんなことを言っていて落ちた。結果はわからない。 ――しかし。 今のあたしには、焦りとか不安とか緊張とかドキドキとか、そういうものが皆無なのだ。 後期試験受かればいいけど、落ちて浪人っていうのも悪くないかもしれない。そんな風に考えている自分がいる。 「これもリリアンパワーのたまものかしらねぇ」 人にも言われるし、自分でも少しは自覚している。あたしはリリアンに入って変わった、と。 あたしはそもそも、この“春のにおい”というやつが大嫌いだったのだ。 微妙な温かさが頭をぼーっとさせ、気合が入らない。学年とクラスが変わって、みんな浮き足立っているのが妙にむかつく。 それが今ではどうだろう。好き、とまではいかなくとも、以前のようにイライラすることはなくなった。それも、リリアンに入ってからそうなった気がする。 「って、変な宗教じゃあるまいし……あ、でもカトリックの学校なんだから、それも有りか」 じゃあさしずめ、神のお導き? 笑ってしまう。2年半通っていたけれど、真面目にお祈りしたことなんて一度もなかった。ミサは英単語を覚える時間か、寝る時間だった。 お聖堂の厳粛な空気に感動することもなければ、マリア様のご加護を感じたこともなかった。キリスト教はあたしには合わないのだ。 と、そこで鞄の中で携帯が震えていることに気づく。こんな朝っぱらから誰だよ、と悪態をつきながら鞄を開け、携帯を発掘。 『蒼依ちゃん、大丈夫?疲れてない?変な人に声かけられたりしてない?やっぱり車の方が』 削除。 全部読むまでもなく、それはあのバカ親父からのものだった。 すぐにでも閉じて鞄に仕舞おうと思ったけれど、ふと思いとどまる。 「……っと」 テトリスのアプリを起動させようとしたのに、誤ってアドレス蝶を開いてしまう。 「アドレス帳――ねぇ」 そこにはリリアンで出会った友人の名前がずらっと羅列されている。 何気なく無意識には行やま行を出して、「日向まなみ」「黛あんぬ」の名前があるのを確認してしまう。それから、あ行の「荻原慎子」も。 連綿と続く姉妹の系譜。あたしが把握している以前にも、きっとあたしに続く姉妹の家系があるのだろう。それが何だか不思議で、くすぐったい。 誰にも続く歴史があって、たとえ姉妹がいなくても、その人にはその人のストーリーがある。 「色々あったけど――」 「歩きながら携帯電話を操作するのは危のうございますわ」 ……え? 「事故にでもあったら大変でございます」 ……この台詞はどこかで… 「お姉さまが事故にあったら悲しゅうございます」 「今朝の夢!」 そうだ、思い出した。 ……ということは、振り返ったらそこにいるのは100メートルのマリア様―― 「ごきげんよう、お姉さま。夢がどうかなさいましたの?」 なんてことはなく、最愛の妹、黛あんぬだった。いつの間にかあたしは、リリアンの門前まで来ていたのだ。 「……だよねぇ。っていうか声聞けばすぐわかるし」 「?何のお話ですの?」 「んーん、何でもない。ごきげんようあんぬ」 あんぬの頭を撫でながら、今朝見ていた夢の記憶が鮮やかに甦ってくる。 「最後は『世間はそんなに甘くない!』って崖の下にまっ逆さまだったのよねぇ……」 あんぬがあたしの言葉に首を傾げる。 「実は今朝どうしようもない夢見ちゃって……今日は卒業式だっていうのに…」 「お姉さまの学園を離れたくないという気持ちが、そのような夢を生み出したのではございませんか?」 くすくすと笑うあんぬに、「そんなことないって」と否定しようとする。 あれ? マリア様は何であんなに怒ってたんだっけ? 携帯をいじってたから? そうじゃなくて、 そんなことじゃなくて―― 「あんぬ」 「はい、何でございましょう?」 「あたし、リリアンが好きだった。かなり。もう、これでもかってくらい大好きだった」 隣でくすくすと笑うあんぬの声が聞こえる。 こんなのはあたしのガラじゃないけど、でも、崖から落とされるのはごめんだし。 「それは良うございました。それでは今日は、悔いのない卒業式になることを願っております」 「そうね……今日一日、これでもかってくらいにリリアンに愛を伝えないとね」 「ごきげんよう、お姉さま、蒼依さま!」 振り向くと、そこには孫の慎子ちゃんの笑顔。 「ごきげんよう慎子」「ごきげんよう慎子ちゃん」 一人ひとりのストーリーが重なって、繋がって。それをあたたかく優しく見守ってくれるリリアン女学園。 この学園に通えて、本当に―― 春のにおいのする空気を胸いっぱいに吸い込んで、あたしはあんぬと慎子ちゃんの笑顔を見ながら、次の一歩を踏み出した。 |
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