その他のお話を飲む

塩は食肴の将、酒は百薬の長、嘉会の好、鉄は田農の本

 (王莽『食貸志』より)

昼間の酒は残酷
黄昏の酒は美酒
深更の酒は陶酔
夜明けの酒は恍惚

 (藤本義一)

「あのね、アイリッシュ・コーヒーって、人生みたいなカクテルなのよね。
最初の一口は強烈、そして甘く優しい。ある時は熱く、そして時々冷たいわ。
ところが時が経つと生ぬる気抜け、すっかり灰色のうすらぼんやりよ。
どう?人生の味は・・・・・・」

 (エルベ・ル=テリエ『カクテルブルース in N.Y.』より)

私はどこかで聞いた“男は三つのをやめられない”
という言葉を、苦い気持ちで思い出していた。
三つのとは、WhiskyWomanWar
つまり、と、戦争・・・・・・。

 (オキ・シロー『昼下がりのギムレット』より)

どうしてなのかってな、氷がグラスの中で渦を巻き、
二つの琥珀色したアルコールがキラキラと混じりあうその時、
奴の視線は、リキュールとモルトの甘い熱気の中で溺れてしまう。
そして焼けた道路から立ち昇る熱気のように、いろんな思い出が、
奴の頭の中でゆらゆら舞い上がる様子が、俺には見えるからさ・・・・・・。

 (エルベ・ル=テリエ『カクテルブルース in N.Y.』より)

植物から生まれた神食(アムブロシア)であるこの俺、
永遠の「種撒く神」の手で投じられた貴重な種子は、
君の体内へと流れ落ちてゆこう、俺たちの愛から詩が生まれ、
それは珍しい花のように、神のところへとほとばしることだろう。

 (ボードレール『酒の魂』より)

「そうなんだよ、ヌース。だがな、あそこの鍵のかかった倉の中にゃ、
このおれの造ったウイスキーが何千樽もかこってある。
世界中にゃ極上のモルト・ウイスキーがびんで何百本もあるんだ!
それだけありゃ、たくさんのしあわせな人たちが、たくさんのパーティを開けるわい!」

 (C.W.ニコル『ザ・ウイスキー・キャット』より)

「やっぱり、お酒って、とても楽しいものらしいな。早くおとなになりたいな……」
 そこで目を開く。彼はバーにいる五十歳すぎの自分に戻る。
「ああ、いい酔い心地だった」
 バーテンが話しかけてくる。
「お客様は、いつも静かにお飲みですね。けっこうなことです。ずっと目をつぶったままでしたが、お眠りでもないようでしたし、お考えごとですか」
「まあね、追憶を……」
 手のひらを鼻に近づける。夏草のにおいが残っているようだ。酒とともに血管をさかのぼり、少年の日を訪れ、空気を吸い、今戻ってきたところなのだ。

 (星新一『少年期』より)

「ジェイ、あなたにドライを注文する人間がいたら、よく観察するのよ。多分あなたの手に目を釘付けにしたまま黙りこくって、身動き一つしないはずよ。それとね、なぜドライを注文したのか分かる・・・・・・?それはねえ、そうやってあなたの仕草を目で飲んでる間はね、とうの昔に終わってしまった自分の人生のことを、ほんの少しの間だけ、悔やまなくてすむからなのよ・・・・・・」

 (エルベ・ル=テリエ『カクテルブルース in N.Y.』より)

この神酒は 我が神酒ならず 倭成す
大物主の 醸みし神酒 幾久 幾久

 (『日本書紀』崇神天皇の段より)

酒天虚無       酒天は虚無
酒地緜        酒地は緜
酒國安恬。      酒國は安恬。
無君臣貴賤之拘  君臣貴賤之拘無く
無財利之圖     財利之圖無く
無刑罰之避。    刑罰之避無し。 

 (陶穀『清異録』酒漿門より)

「ぼくが結婚しないのは・・・・・・」
男はいったん言葉を切り、グラスの酒半分ほどを一気にのどに流しこんでから、前を向いたままぽつりといった。
「君が、まだ独身でいるからさ」
 その男の言葉が、優しいブラック・ベルベットと一緒になって、女の胸にしっとりとしみこんでいく。

 (オキ・シロー『心にしみるブラック・ベルベット』より)

 悲しんで酔う。喜んで酔う。人に逢って酔い、人に別れて酔う。人生は多様であり、そのたびごとの感情も多様である。そして、麻薬がそれらを一色に覆い隠すのにたいして、酒の酔いはそれぞれを輝くままに凍結する。麻薬が人生を無時間に返すのにたいして、酒の酔いは、生きたこの「今」を永遠化する。人生の多様性を愛し、それに耐えるだけの強さを持った人は、文明の歴史を越えて、いつまでも一夕の酒の酔いを愛することであろう。

 (山崎正和『酔いの現象学』より)

「思ひ出」の頁に
さかづきひとつうつして、
ちらちらと、こまごまと、
薄荷酒を注げば、
緑はゆれて、かげのかげ、仄かなわが詩に啜りなく、
そなたのこころ、薄荷ざけ。

思ふ子の額に
さかづきそつと透かして、
ほれぼれと、ちらちらと、
薄荷酒をのめば、
緑は沁みて、ゆめのゆめ、黒いその眸に啜り泣く、
わたしのこころ、薄荷ざけ。

 (北原白秋『薄荷酒』)

ウィリィがこさえた 樽酒、やんさ、
 ロブとアランが 飲みにきた、
長夜いとわぬ 三人おとこ、
 こんな陽気な つれはない。

  まんだ酔わねえ、酔ってはいねえ、
   ほんのちょっぴし さくらいろ
  鶏がうたおが お日さまでよが、
   さあさ飲め、飲め 手製酒、

そろうた三人、きさくな若衆、
 ほんにきさくな おらがつれ、
うかれ、うかれて かさねた幾夜、
 まだも幾夜か かさねたい!

あれは三日月、角見りゃわかる。
たかい空から 顔だして、
かえれ、かえれと てまねきゃすれど、
 まあまちょっくら 待たしゃんせ!

いっちおさきに 座を立つやつは、
 間抜、腰抜、卑怯者!
いっちあとまで 倒れぬやつは、
 おらがなかまの 王様じゃ!

 (ロバート・バーンズ『ウィリィがこさえた 樽酒、やんさ』伊津野直訳)

ウヰリイ五升の酒釀し、
 ロブとアランが飮みに來た。
夜長の夜に之より陽氣な
 三人男はありはせぬ。

醉ひはしないよ、醉はしない。
 ほんの涙が滲むだけ
鷄が鳴かうが、夜が明けようが、
 神輿を据ゑて飮み續く。

此處に會つたる三人男、
 三人男よ、俺等は。
幾夜か樂しく酒を飮み、
 之から先も飮まうぢやないか!

角を生やした三日月は、
 中空高く光ってる。
そして歸れと誘ふが、
 ちよつと待つたり、お月樣。

最初に立つて行く奴は、
 間拔け弱蟲卑怯者!
最初に醉つて倒れる奴が、
 三人の中の王樣よ!

 (ロバート・バーンズ『ウヰリイ五升の酒釀し』中村爲治訳)

発酵と文明は切っても切れない仲だ。

 (ジョン・チアーディ)

「しかしまあなんだね
 この酒というやつは……
 ジワジワと利いてくる
 毒のようなもんだな」
「ならなんで飲むんですか?」
「オレは気が長いのさ」

 (BARレモンハート6巻:双葉社より)

私の飲酒を非難する人よ、忠告するならともかくも、
  私の妹のことで私を責めないでくれ。

私を魅了した者のことで私を責めないでくれ。
  彼女は私に醜いものを醜くなく見せてくれる。

彼女とは酒、健康な人を病人にし、
  病人には健康な人の衣を着せる。

私は彼女のために長者のように金を費やし、
  一旦手に入れるとけちんぼうのように大事にする。

 (アブー・ヌワース『魂の妹』)

 恋心はともかく、酒あればこそ空は青く、綾なす星は語りかけ、一枚の落葉でさえも美しく天下の秋を知らせてくれるのだ。真実の愛も刎頸の交わりも酒をくみ交してこそ、その味もいや増す。ふつう酒を飲む時刻は灯ともし頃、光から原初の神秘と不安をひめた夜の闇へと変化する時刻でもある。その変わり目をつなぐものが友情であり、恋であり、酒なのだ。たくみに酒を飲むことによって、人間同士はいうまでもなく、バッカスをはじめ諸々の神との交歓もかなえられるというものである。

 (ジョン・チーヴァー『酒礼賛の辞』より)

「私は忘れないために飲んでいるのだと思う。きょうこの日を忘れないために、このバーで飲んでいる。飲むことによって記憶にとどめる。お酒とともに記憶が体を回っている。今日のこの日を嚙みしめるために、この場所がある」

 (枝川公一『バーのある人生』より)

春の葡萄酒・・・・・・ 秋の葡萄酒
仲間たちよ 秋分の葉がふりそそぐ
テーブルをかこまないか
そうすれば この世の大河は
すこし青ざめて ざわめきながら
おれたちのうたから遠ざかっていくだろう
        おれはおれたちの誠実な仲間だ

大地からやってきた渋みのある
葡萄酒をのんで おれたちはうたおう
秋のグラスをたたこう
そうすれば ギターや沈黙がやってくるだろう
愛の手紙を この世にはない川のことばを
うっとりさせる意味のない詩節をひきつれて

 (ネルーダ『葡萄酒』より)

死んだ智恵子が造っておいた瓶の梅酒は
十年の重みにどんより澱んで光を葆み、
いま琥珀の杯に凝って玉のやうだ。
ひとりで早春の夜ふけの寒いとき、
これをあがつてくださいと、
おのれの死後に遺していつた人を思ふ。
おのれのあたまの壊れる不安に脅かされ、
もうぢき駄目になると思ふ悲に
智恵子は身のまはりの始末をした。
七年の狂気は死んで終わつた。
厨に見つけたこの梅酒の香りある甘さを
私はしづかにしづかに味わふ。
狂瀾怒濤の世界の叫も
この一瞬を犯しがたい。
あはれな一個の生命を正視する時、
世界はただこれを遠巻きにする。
夜風も絶えた。

 (高村光太郎『梅酒』)

 

      去年私はミラノやボンベイで日本
      酒を飲み、今年はホノルルでその
      独得な味を楽しんだ。
大きなエイ型の北の島から。
開聞岳の見える海辺の村まで。
ニッポン全土に。
ニッポンの酒はゆきわたる。
舌の上からまるまっておちる。
琥珀色の液体の。
もやのような芳香と芳醇と。
よき哉。
讃うべき哉。
古事記の人々。
その独自な発明の知恵。
その陶然と浩然と歌と踊りを。
現代の。そして未来の友よ。
賞めたたえよ。
美しいニッポンの。
ニッポンの酒を。

 (草野心平『日本の酒』)

 

濃密な乳白色の液汁
故里の母の味
祖霊の贈り物
豊穣の証し

おれはどぶろくを茶碗に掬う
寒造りに励み
土に埋めて発酵を待ち
熟成した酒を
半分に薄め
母が届けたどぶろくを掬う

 故里を飲むために
 母を思うて飲むために
 父を語りながら飲むために

乳白の甘ずっぱい酒
神々の宴げの酒
愛と、母と、友と
生力とをおれは酌む
遠い縄文を酌む

 (藤田励冶『どぶろくの唄』)

 

げにも酒なる飲料(のみしろ)こそは
亡憂の物になすべしと
  セメ―レーとゼウスの御子なる神が
人間(ひと)(うから)に賜りしもの。

 (アルカイオス『ギリシア詩華集』より)

 

あゝお前、私の詩神(ミューズ)! 良き古きスコットランドの酒よ、
(うね)れる蟲の中をお前が逃げ廻るとも、
又は濃き褐色をなして、祿から(こぼ)れ、
        素晴らしく泡立つとも、
私の舌もつれ眼じろぐまで私に靈感を與へ、
        お前の名前を歌はしてくれ!

 (ロバート・バーンズ『スコットランドの酒』より)

 

 当国ではビールは夏と冬に、どのように提供され、醸造されるべきか。
 田舎であれ、以前は格別な規制のなかった諸都市、マルクトであれ、バイエルン侯国内全域において、今後聖ミハイルの日から聖ゲオルグの日まで、1マースないし1コプフのビールをミュンヘン貨1ペニヒ以上で、また聖ゲオルグの日から聖ミハイルの日まで、1マースのビールを同じくミュンヘン貨2ペニヒ以上で、また1コプフのビールを3ヘラー以上で売ったり、提供してはならぬことを、下に定めた刑罰にかけ、余は当国の参事会員とともに命じ、課し、かつ願うものである。メルツェンビーアでなく他のビールを醸造し、あるいは他の方法で手に入れる者はどこであろうと、1マース当り1ペニヒ以上に上乗せして提供し、売ってはならない。
 とりわけ余が願うのは、今後わが諸都市、マルクトおよび田舎のいたる所で、
ビールのために大麦の麦芽、ホップ、水以外の原料を使い醸造してはならぬことである。しかるに、余のこの規則を故意に無視し、守らぬ者は罰としてその者の裁判当局により、無視する度に容赦なくそのビア樽を没収するものとする。
 しかしながら飲み屋の亭主が余の領国内の諸都市、マルクト、田舎の醸造所から、現在1、2ないし3アイマーを買い付け、それをさらに低層の農民に売る場合、1コプフ当り上に定めた価格より1ヘラーだけ上乗せして売ることを、この者だけに許し、他のいかなる者にも禁じるものである。

 (純粋条例)

 

酒は憂ひを掃ふといへども
大いなる憂ひ大いなる悲しみは
酒の及ぶところに非ず
慎んで憂ひ静に悲しむにしかず
心憤る時に酒を用いる勿れ
ややもすれば鬼となるなり寂びしくば寂びしさを肴にせよ
心楽しき時に酒あらば
すなわち浄土天国なり
いよいよ楽しんで他念あること勿れ

 (小杉放菴)

 

「ウォッカは2種類しかない。いいウォッカととてもいいウォッカだ」

 (『ほろ酔い加減のロシア』より)

 

若し夫れ資本尊く、物貴く、權尊く、術尚ばれ、便宜重しとせられ、法律先にせられ、勞働賤しく、人賤しく、理屈し、義尚ばれず、人情重んぜられず、教育後にせらるれば、民必ず「酒でも飲まずに居られるものかい」と叫んで沈面醉酗するに至らん。

 (幸田露伴『古革籠』酒より)

 

シャンパンは口説酒
シャルトルーズはお床入り
お床の(男の)中の男です
この一言に嘘はない

 (堀口大學)


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