◆渦巻く黒い影◆
++第六話++
「ホタル」の光は闇を照らす…
「ホタル」の体は闇の色…
闇が迫る時…「ホタル」はその先を照らすのか…
その身を闇に染めるのか…


薄暗がりの中
ぼんやりと襖の向こうに浮かび上がる人間と思われる影が二つ
その影は確認できる限りでは
どうやら男女の様だ
…下町の娯楽街…
遊郭においてこの様な風景を見る事は珍しくない
むしろそれを生業としているのだから
そういう交わりを望まぬ者は足を運ぶ事さえしないだろう
二つの影が折り重なり布の擦れる音が微かに聞こえる
と…フッとそこにもう一つ影が見えた
いや影ではなく、これは黒い塊と言った方が正しいのか…
そのモノは襖の奥ではなく、それの手前に現れていた…その姿は
闇に染まったこの時には一層奇怪な雰囲気を醸し出している
全身が真っ黒な墨色で包まれ
その吸い込まれそうな程の墨色は
その者の髪の色とも同調していた
そしてその美しい黒髪から覗く瞳は
真っ赤に燃えるように光を受けていた

墨色を全身に纏ったその者は
両の手をポケットに仕舞い込んで
その様とあまりにも反した真っ赤な瞳で
襖の奥の二つの影…それらの行為を睨んでいた
襖の奥の女の吐息が外まで漏れて聞こえる…
外にいるその者はそれを聞く度に
目を顰め、唇を強く結んだ
顰めた瞳をキッと見開くと
その者はポケットから手を出すと上着の中へそれを入れた

襖の奥ではまだその行為は続いていた
女を抱いている男は
片目に結構な深い傷を負った痕のある…中年といった感じの男
だがその肉付きなどは若い男のそれと
劣る所は見つからない程の見事なものだった
そんな男に抱かれる遊郭の女は満更でもない様子
男とのその行為に酔いしれている様な感も見受けられる
…が、男は表情を変える事はなく
ただその動きだけを続けている
優しく触れる事もない
それでも女はそんな事を気にする事もなくどんどん堕ちてゆく
……
男は動きを止める事はなかったが
襖の向こうに感じられる気配をしっかりと受け止めていた
襖一枚を隔てて存在するその者の気配
それを確認した男はその事に笑顔を作った
トンッ
ほんの小さな音がなった
その音は外から聞こえ…それと同時に今まで感じていた気配も消えてしまった
男はそれを気にしながらも行為に支障はきたさない
女はというともう何も見えない・聞こえないといった様子で
完璧に堕ちてしまったようだ
サワッ
っと男の背後に何かの気配がした

男の首に小太刀を突き立ててそれはその場に現れた…
何処から入ったのかどんな風に入ったのか
まったく分からない内に全身真っ黒なその者は
俄かに熱の篭った部屋の中に現れ
女と最中だった男を捕らえた…
虚ろだった女もその様を目に捉えると
見る見る内に青くなった
「お前は下がれ…」
男は低く少し擦れ気味の声で女に告げた
女は一瞬呆然としてしまっていたが
ハッと目を見開き気が付くと…あたふたと身なりを旨く整える事も出来ずに
顔を歪めて戸を乱暴に開けてそのまま立ち去った
男と黒尽くめの者は互いに微動だにしない
それでも男には多少の余裕が見えた
襲ってきた黒いそれの方が緊張のような
そんな感じが伝わってきた
すると男は小太刀を握ったその者の腕を掴み
自分の上体を持ち上げるのと同時に
相手を背に背負い前へ投げる
そして男の手には先ほどまで自分を狙っていた小太刀がその内に握られてた
軽々と背負い投げられてしまったその黒い者は
投げられた勢いを使って
クルッと体勢を立て直すと
うまく着地する
頭を男の方へ向けると、その者は紅い瞳で男を睨む
その瞳には自らの小太刀の矛先をこちらに向けている男の姿が映った

「フッ…妃泉か…」
男は薄く笑うと紅い瞳の者を<ヒセン>と呼んだ
<ヒセン>と呼ばれた紅い瞳の者はまた目を顰め男を睨みつけると
小太刀の刃を素手で握り男から奪い取る
その手からはその者の瞳とも勝らずとも劣らぬ鮮明な赤が溢れ出す
奪い返した小太刀をしっかりと握ると
その者は素早く状態を低くして男の背後へと回った
そして始めと同じ…
男の首に小太刀を突き立てて耳元で言った
「…カラスだ…」

男と自らをカラスと名乗ったその者は今は互いに向かい合って座っている
男はカラスの手を力任せに引っ張ると
そこに用意されていた日本酒を滴らす
…と、次に遊郭の布団の一部を歯で破り包帯代わりに巻いてやった
カラスは特に反抗するでもなく
ただ傷口に鈍く染み渡る痛みに耐えていた
「カラス…お前はいつもこんな無茶ばかりするのか?」
男はその低い声で言葉を紡いだ
話方やその対応の仕方からして男はカラスの知り合いという事か……
カラスは黙ったまま男の開かれた片目を見つめていた
そして傷を負ってはいない方の手をスッと差し出す
手には何か握られている
その手には彼のモノではないようだが
血痕が派手に残っていた
「よくやった…」
男はカラスの握られた手を更に自分の手で包むと
中の物を受け取りそう言った
カラスは男のその言葉に微かで分かり難いが嬉しいそうに口を緩めた
そして…
「次の獲物を…水郷…」
紅い瞳に光を灯してカラスは男にそう言った


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