◆それぞれの居場所◆
++第七話++
まだ影は水面下に沸々と吐息を漏らすだけ
時はまだ来ない…と
暗闇に潜む影もその時を待つ
ただ尽くすだけが存在理由にしか取れない闇の影には…


◇ヌクヌクと柔らかい感触に包まれて
アキトはぼんやりと目を覚ました
まだ眠い目を擦って、す〜っと大きく息を吸う…
と、鼻につく…ヤニの臭い
先ほどまでの気持ちの良い感触とは裏腹に
むせ返るような、なんというのだろう…
「漢臭い」感じ
いつもと違う朝を迎えて
スッキリとしない
それ以前に…昨晩に流した涙で
瞼がすごく重かった
眠気が再度襲ってくる…
重い瞼がそれと相俟ってアキトは再び眠りへと誘われた
寝なおす体勢を整えようと
アキトは寝返りをうった…
バフッ☆
寝返りの先にあったのはヤニ臭い元…
アキトはそれに顔を埋める様に固まってしまった
詳しく言うと…アキトはそれに挟まった状態

ヤニ臭い元…その男はアキトの方を向いて眠っていた
その為にアキトはそこに埋もれてしまって
身動きが出来なくなってしまったのだ
が…良く見ると腕枕をされていたようで…
気持ちのよさは認めてやってもいいかなっと思うアキト
男も昨夜は相当疲れたのか
アキトが埋もれて来ても起きる気配はなかった
モソモソと男の胸の中で蠢くアキト
やっとの事でそこを抜け出すと
男の寝顔を見上げる
…どうして今この男と一緒にいるのだろう…
当たり前の思いがアキトの頭を過ぎった
昨日…思い出したくもないあの惨劇…
と、この男…
そしてこの男は自分を「ホタル」だと言った…
役人に見つかった時…男は耳元でこうも言っていた
『会いたかった』と…
なんだかその言葉を思い出すと
身体の内側がムズムズする感じを受けた
それが何なのか分からない事が
無性にアキトを苛立たせる…
そこには男の呑気な寝顔が更に拍車をかけていたようだ
ゴソッと布団から男の顔へと
手を伸ばすアキト
グニッ…
スースーと気持ちよさそうな寝息をたてていた男の鼻を抓まんでみる
ちょっとした悪戯
男は時たまフガッと音を立てて口をポカンと開ける…
クスクスとアキトは傍らで笑った



◆男は手の中にある赤黒い塊を弄んでいた
それはかなり均等な球体で、少し滑り気があるように見える
そして男は一通り弄んだ後…
そっと傍らに置いた木箱へ戻すと、薄い笑いを浮かべてユックリ立ち上がった
「趣味が悪い…」
薄暗い部屋でそう言葉が響く
男はそれを聞いて更に笑った…
「今日はどこだ…」
男は闇に向かって話しかける
彼には片目しか使い物にならないようで
その者を気配で探していた
部屋の隅をジッと見据える…
外から少し漏れ入る朝の日差しが
丁度そこを照らし出す…
と、全身黒ずくめの少年がそこには居た
小さな身体が
きちんと正座をしている為に更に小さく見えた
「……」
朝日が真っ直ぐ彼を差す
眩しさから少年は目を細める…
「朝からお前に会えるとはな」
口の端を上に上げて笑っている男は
少年の前でしゃがみ
スッと手を少年の顎へ添えると
グイッと自分の顔の方へと持ち上げた
少年はそれを拒む事はなく
ただ朝日が眩しいといった感じだ
見開いた少年の目は紅く真っ直ぐに男の瞳を見つめた
男の瞳も少年と同じ紅色
「妃泉…お前はこれで何を映す…」
そう言うと男は少年の瞳に唇を近づけ
そしてネットリとした舌で彼の瞳を舐めた
舌先が伸びてきた時…
少年は少しだけ目を細めてそれを受ける体勢を取っていた
その事がさして不思議な事では無い事のように…
男は唇とのそれと同様
彼の瞳を愛撫した

「…水郷…」
少年は口をついた
少し顔が紅く染まっている
水郷<スイキョウ>と呼ばれた男はヌルッと舌を瞳から外すと
少年を楽し気に見つめた
その片方しかない瞳で…
<妃泉>と呼ばれた少年はスクッと中腰になると
水郷の頬に手を添え
そして瞳に舌を這わせた
それは甘い吐息を混じらせて行われた…

しばらくすると部屋の外から
幾人もの足音が聞こえた…
水郷は少年から離れそれに備えた
そして少年ははじめと同じ…小さくそこに居る
部屋の表で声がした…
「水郷様…また遣られました!!!」
外に居る者達は皆荒々しい
「入れ」と水郷の声を聞く
と、外の者達は加減が分からないかの様に勢いよく襖を開け放つ
部屋には隅々に眩しい光が溢れかえった…
水郷の部屋へ入るなり彼に耳打ちをする団体の中の頭らしき人物…
一通り話を聞き終えて
水郷はその場を立つと表へ出た
皆が去った部屋にはまた闇が忍び寄る
嵐の様な時だった
その間気配を消していた少年…
彼は膝を抱えて自らの瞳に触れた
「貴方だけしか…映さない…」
少年は抱えた膝に顔を埋める
冷たく暗い一人の時が迫ってきた


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