ジャスティス プロローグ 「我が“正義”を掲げ───」 人とは欲深い生き物で すべてを手に入れなければ気がすまないものである 世界は今争いに満ちている それらをすべて治めることは事実上不可能だ 今の 世界の状態では─── 世界を平和で満たすにはどうすればいいか? すべての争いという争いを無くしてしまえばいい ならば 世界から争いを無くすにはどうすればいいか? “敵”という存在を無くすことが出来れば 争いなど起こらないというもの ならば 世界から敵を無くすにはどうすればいいか? 全ての国がひとつになればいい 国境を無くし 全てがひとつとなればいい ───そんなことはできはしない 宗教上の問題 人種の問題 挙げ続けたらきりがない 全てがひとつになることなど不可能だ そんなことは問題ではない 全てがひとつにならざるをえなくすればいい ・・・どうやって? 我が国が 世界の覇権を握り 全てを我が国の配下とすればいい─── 今の時代 文明は進み 進みすぎ 神の如く全てを破壊することはいとも簡単になってしまった だが 破壊してしまっては意味が無い 相手の敵対心を挫くだけでいい ならば 必要なのはミサイルではなく 我らに敵対するものだけを暗殺する 生体兵器 すなわち BW(バイオ・ウェポン)─── そこは地下数メートルの光の届かぬ場所 しかし神の光は届かなくとも 人類の電力ならば届く 明かりがついたその部屋は丸いドーム 椅子と机がコロシアムのように円状に 真ん中の壇上を囲むように並んでいる その席に座るのは 今のこの国をまとめる頭の固い老人達 これから始まる報告を聞く気があるのか無いのか 彼らの態度は様々だった 腕を組み待つ者もいれば 寝ている者もいる しかし 報告者にとってはそれはどうでもいいことだった スポットライトが真ん中の壇上に当たり 一人の人物が照らされる 真っ白なスーツに身を包み 丸いメガネをかけた いかにも悪趣味な男であった 年はよくわからない 見方によれば20代にも30代にも見えるだろう 「長らくお待たせしました!今夜はこの私めのためにお集まりいただき ご足労ありがたく存じます」 変な日本語であった 声はマイクを使っているのか はっきりと広いドーム全体に響き渡っている 「皆様お忙しゅうの身の上 失礼ながらも堅苦しい挨拶は抜きにして 早速ですが報告に参りたいと思います」 男が 指をパチンと鳴らす その音もマイクを伝わってドームによく響いた 壇上のすぐそばの床が ゆっくりとその口を開ける 2メートルほどの穴が開き そこから緑色をしたなんとも形容しがたいものが現れた 全体的に丸いイメージで ヌメヌメとしている ゴリラぐらいの大きさでその体勢もそのものだったが 体毛は無く両生類に近い気がした 目は小さく それに対比して口が大きい 鋭い牙がズラリと並び 手には同じく鋭い爪が生えている 「ごらんください!これぞ私が開発したBWであります!」 男が高らかに叫ぶと同時に BWと呼ばれた緑色の生物も雄たけびを上げる 聞いたことも無いようなその雄たけびに 老人達はどよめいた 「敏捷性に加え 攻撃力も強化いたしました 薬品を投与したライオンでさえも1.275秒で物言わぬ肉隗に変え───」 男がペラペラとそのBWについて話している間に 待機していた数100人のスタッフ達が老人達に簡単な詳細を書いたファイルを渡していく 「防御力はあまりありませんが多少の知識と学習能力は持たせました これはプロトタイプですがさらなる改良型の開発も非常に順調です そして───」 男がさらに喋ろうとしている時に 老人達が座る席の一角に赤いランプがついた 老人達が質問するときに使われる信号である 「・・・んっ どうぞ」 「前々から思っていたんだが その・・・ わざわざそんな気持ち悪い形にする必要があるのかね?」 老人達の一人がそう質問すると 男は小さくため息をついた 「そうだ たとえばライオンの形をしたBWを作れば たとえ任務に失敗してもただの動物の暴走だと思われて良いのでは?」 他の老人達からも賛同の声が上がった 「それに対しては二つ前の報告時に説明しましたが まぁいいでしょう わざわざ気持ち悪い形にしているのにはもちろん訳があります」 男が再び指をパチンと鳴らす すると床が再び開き ホワイトボードが出現した ホワイトボードに近づき一枚の写真を貼る それはBWの写真だった ちなみにこのホワイトボードの手前にはカメラがセットされており そこに書かれていることを老人達の机にあるディスプレイに映像を転送している 「任務に失敗しても と申されましたが この手の生体兵器に失敗は許されません 我が国にも金に脆い者が多いらしく 我が国がこんなことをたくらんでいることを知っている国も存在するのですよ  我が国から急にライオンが輸送されてきたなんて知ったらまず生体検査され全てが台無しです それに 優秀なハンターならライオンを撃ち殺すことをためらいません  私が作ったこのBWは先ほども申したように防御力がさほど高くないのです 銃で撃たれたらおそらく動物並みにしか耐えられません  失敗が許されず かつ優秀なハンターや熟練したガードマンでさえも退けることができるようにするにはどうすればいいか? ───それは奇抜性にあるのですよ」 男はメガネをくいっと上げて 伸縮式の支持棒でBWの写真を指す 「我がBWには防御力の代わりに敏捷性と攻撃力が優れています 優秀なハンターならためらいなく撃ち殺す・・・先ほどそう言いましたが 逆に言えば一瞬のためらいさえあれば  我がBWにとって人一人殺すには十分すぎるほどの時間がもらえるというわけなのですよ 例えば この気持ち悪い生物がいきなり目の前に現れたとして 人とはすぐさまそれを危険因子として認識し  攻撃に移ることが出来ましょうか?いいえ 出来るはずが無いでしょう その一瞬のためらい 一瞬の隙を我がBWは突くのです お解りいただけましたでしょうか?」 どうしようもないほど物分りの悪い子供に親が諭すように 男は老人達にネチネチとそう説明した 老人達も顔をしかめて黙り込む 「他にご質問はございませんでしょうか? でしたら すこし早いですが我がBWの凄さをご覧に入れましょう」 男が手を上げて合図すると ドームの壁に作られたいくつもの扉が シャッターによって封鎖された ドーム内の床に次々と穴が開き そこからBWがわらわらと出現する 老人達が 再びどよめきだした 壇上に立つ男に スポットライトが当たる─── 「それでは 甘美なる恐怖の世界を たっぷりとご堪能ください」 男が指をパチンと鳴らす それは 絶対者が汚らわしい愚民どもに継げる死の合図 次にドームに響いたのは 老人達の悲鳴であった─── 「う うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」 100人あまりのこの国の重役達を その倍ほどの怪物が蹂躙していく 悲鳴が悲鳴でかき消され 床に撒かれた赤い液体に再び同色のそれが覆いかぶさる 「どうですか?この素晴らしい芸術品の恐ろしさは・・・ 感動ものでしょう?」 壇上で高らかに叫ぶその男のセリフを 聞いている者などいなかった 「だせっ!だしてくれぇぇ! ・・・ぎっ ぎやぁぁぁぁ!!!」 シャッター前でドアを激しく叩いている老人達を 赤い色で彩られた怪物が邪魔者を跳ね除けるようになぎ払う 怪物たちが腕を振るう度に血が舞い 牙を動かす度に命が散った 「たっ たのむ!命だけは・・・金ならいくらでも払う!だから命だけは・・・」 無表情で突っ立っているスタッフに 老人達が跪いて慈悲を請う スタッフは返答せず 穏やかな笑みを老人達に送った その数秒後に 老人達は頭をBWに踏み潰された 怪物たちは死の舞踏を踊り 老人達は悲鳴という詩を歌う 100人もの命が“散らかされる”のに 5分も経たなかった・・・ 「いかがでしたか?これであなた方も我がBWを認めざるを得ないでしょう どうです?素晴らしい出来でしょう?」 静かになったドーム内で 男は高らかにそう聞いた 無論 返事など返ってくるはずも無い 「・・・やれやれ 拍手のひとつも無しとは 無粋な老人達だ」 男はやれやれといった風に首を振る そこに スタッフの一人が近づいていった 「失礼します」 「・・・なんだ?」 「本部より連絡です 『プロジェクトΣの準備完了 直ちに開始せよ』」 「『街』が完成したのか?」 スタッフの機械的な報告に 男は顔を輝かせた 「はい 全ての準備は整いました」 「フッ・・・フフフ・・・ そうか ならば予定通り 例の薬品を投与したサンプル100体と その倍のBWを街に放せ 実行は明後日 9月1日だ」 「200ものBWを? それはさすがに・・・」 機械的だったスタッフが 初めて感情らしいものを見せた 男はそれを鼻で笑う 「危機に陥れたいのだろう?ならば派手にやったほうがいい」 「・・・ハッ 了解しました では 予定通りNo.001とNo.002も・・・」 「ああ・・・ ん? そうだ・・・ そういえば“あれ”が完成したんだったな・・・それもついでに投入しろ」 「BW001を!? あれはまだ調整が済んでいませんが・・・」 「かまわん つべこべ言わずさっさと伝えろ!」 「は ハッ!直ちに・・・」 そう言ってスタッフは敬礼したあと ちら・・・とドーム内の惨状を見る 「しかし・・・よかったのですか?」 「あ? ああ・・・いいんだよ どうせここにいた連中はお偉方の部下どもだ その部下どもが戻ってこないのをみりゃぁ 上の連中もしばらくはおとなしくするだろう」 「わかりました・・・では そのように・・・」 スタッフが足早に去り 壇上には男だけが残った 死体が山積みされているドームに 男は一人たたずむ・・・ 「“Successor”・・・継承者か・・・果たして我がBWに匹敵するほどのものなのか・・・ まぁそれもこの実験でわかるというものだ」 男が振り返り 壇上を降り 何処かへと去っていく 男がまだドームにいるのを知ってか知らずか ドーム内の電源が落とされ 暗闇が辺りを包み込んだ そして 9月一日・・・ 悪魔の実験 用意された街に 用意された命達が集い 恐怖の日々が 幕を開ける・・・ ジャスティス 第一話へ・・・