「鳥の翼と蝙蝠の翼の話」 昔 あるところに科学者がいました それはそれは聡明で 頭脳明晰 まさに天才と言われるほどの頭脳の持ち主でしたが 誰もその男を天才とは呼びませんでした 男には 二人の子供がいました 双子で 上の子は女の子 下の子は男の子です 女の子は名をヘブンといい 優しく 可憐な子でした 男の子は名をヘルといい やんちゃで わんぱくな子でした 科学者の男には いくつか野望がありました そのひとつは 人を自由に空を舞わせることができる機械 それを開発することでした しかし 開発はもとより 実験もうまく成功しません 男は 考えました どうすれば うまく人を飛ばせることができるのだろう・・・? と その日 男はずっと家の外にいました 家から少し離れたところにある 切り株の上に座り ずっと空を眺めていました 青い空を 雲がいくつも流れていきます・・・ 雲は何故浮くのか・・・ 空気より軽いから? そうだとしても 人はすでに空気よりも重い 雲を利用することはできません 目の前を 鳥が一羽飛んでいきます 男は それを目で追いました。 でも すぐに見えなくなりました 夜になって 鳥達は姿を見せなくなりました しかし 夜空にはいくつか舞う姿があります 蝙蝠でした。 どこからかやって来た蝙蝠が 一見ランダムに空を蠢いています 男は それを目で追いました。 目を回しそうになりました 次の日 男はある『物』への開発に取りかかりました 研究室に一人閉じこもって 一切姿を見せませんが 双子達は安心しました これこそが 父のあるべき姿だと わかっているからです 一ヶ月が過ぎ 二ヶ月が過ぎました 男は 食事か用をたす以外は まったく研究室から出てきません 寝ていないのではないか?と 双子達もだんだん心配になってきました さらに三ヶ月が過ぎました 男は 遂に完成させました “鳥の翼"と“蝙蝠の翼"です――― 昼は鳥達が自由に空を舞い 夜は蝙蝠が餌を求めて飛び交う姿を見て 男は 空を飛ぶためには 鳥や蝙蝠のような翼をつければいいのだと 考えるに至ったのです 実に単純です。 今まで悩んでいた自分がバカに思えるほど簡単で 明確な答えがすぐそばにあったのです 素材には 本物の羽毛や蝙蝠の翼を使いました 他の物を使ったら 風の抵抗などが心配だったからです 人の大きさに合うように 翼も巨大にしました 何羽もの鳥と 何匹もの蝙蝠がそれに使わされました 集めてくるのは 双子に任せていました そして 記念すべき完成品の実験体は もちろん 決まっていました 「・・・・・?」 朝がやってきました。 窓の向こうで 鳥達が賑やかに歌っています 目の前には 枕がありました 女の子は 不思議に思います 昨日は仰向けに寝たはずなのに・・・と 寝相には自信があったのになぁ と思いながら上半身を上げると ふと 違和感を感じました 背中に・・・ 不自然な重みを感じます 寝ぼけ眼のまま首だけ振り返って後ろを見ると・・・ 一気に目が覚めました 一階 リビングで科学者の男は 久しぶりに落ち着いてコーヒーを飲んでいました 実験中では決してあり得なかった 余裕のある朝食 コーヒーの苦みをかみしめていると 階段のある廊下の方から騒がしい音が聞こえてきました 勢いよく階段を下りてきて バンッ!と大きな音を立ててドアが開け放たれます 「お父さん!?」 いきなり大きな声で呼ばれて 思わずコーヒーを吹き出しました 口を火傷しそうになっている父に 少女が掴みかかります 「これ! どういうこと!?」 背中の 鳥の翼を指さして言いました 「ハハハ 可愛いだろう?」 口やテーブルをタオルで拭きながら 男はにこやかに言いました 「可愛いかもしれないけど・・・そうじゃなくて!」 少女の声の音量が一段上がったその時 リビングの扉がもう一度開かれました 「朝っぱらから大きな声出すなよ・・・ 目が覚めちゃったじゃん」 弟が リビングに目をこすりながら入ってきました・・・ 少女は 弟の背中に生えている 蝙蝠の翼を見て 卒倒しそうになるところを何とかこらえました 「・・・勘弁して・・・」 少女は ちょっぴり涙を流しながらうなだれました 科学者の男は 家から少し離れた切り株に座っていました 隣には 鳥の翼を背中から生やした 少女がいます 蝙蝠の翼を生やした少年は 楽しそうに空を舞い 飛んでいる鳥を捕まえようと 必至に翼を動かしていました 「姉貴!見てみろよ!これすっごいぜ!」 本当に楽しそうに 少年は空を舞っています 科学者の男は それを見て嬉しそうに笑っていました 「実験は成功だ やはり私は天才だな!ハハハハハ・・・」 本当に 本当に嬉しそうに 楽しそうに笑う弟や父を見て 少女は怒る気を無くしてしまいました 「そりゃ 確かに・・・ 小さい頃空を飛びたいって言ったけど・・・」 少女が呟きます ――そうです 科学者の男は 幼い子供の夢を叶えるために ここまでやって来たのです 無理な願いなんて無い それを証明するために 我が子の笑顔を 見たいが為に・・・ そして 数カ月が過ぎました ただ毎日 何でもない日が続きます 少年は森や空で動物を追いかけ回し 獲物を捕っては 夕食のメニューに貢献して 少女は空を飛んで街まで買い物へ行き そこであらゆる人の注目を浴びました 科学者の男は 一度何かを発明すると何ヶ月か休養を取るように少女に言われていたので 特に何もせず のんびり暮らしていました 平和でした ただ日が過ぎ去っていました 科学者の男は もうしばらくしたら 町の人にも翼を分け与えようと言っていました 少女の姿を見た街の人達は ぜひ我々にも翼を下さいと こぞって言いに来ていたのです 自分の発明が認められ 科学者の男は少し有頂天になっていました それから数日後 科学者の男にとって 運命の日がやってきました 今日の午後から 自分の家を開き 町の人に翼を与えることにしたのです 科学者の男は朝から妙にはりきり 双子はそれを見て苦笑していました その時 ドアをノックする音が聞こえました 時刻は11時半・・・ 気の早い客が来たのかと思い 科学者の男はドアを開けました ――ドアを開けた先には 黒の鎧に全身を覆われた男が立っていました 「科学者―――だな?」 黒鎧の男が科学者の名前を呼びました。 どことなく剣呑な雰囲気をかもし出しているその男に 科学者の男は「はぁ・・・」と答えます 銀光が閃きました 科学者の男が後ろに吹き飛びます 胸が熱く 手を当てると 掌はたちまち真っ赤になりました 「主神の命により お前を捕縛しに来た。これ以上自分の身体を傷つけたくなければ おとなしくご同行願おう」 いつの間に抜いたのか 剣先を赤く濡らした剣を こちらへと向けました 「親父!」 物音を聞きつけて 少年が家の奥から現れました。 目の前の惨状を見て 頭に血が上ります 「お前・・・親父に何をしたァァ!?」 低空を滑るように飛行し 少年が黒鎧の男に掴みかかろうとしました 銀光が 再び閃きます 「・・・がっ!」 少年は 父と同様に吹き飛びました 黒鎧の男がそれに近づき 少年を足でうつ伏せにします そして 背中に生える蝙蝠の翼を掴みました 「・・・悪く思うなよ」 黒鎧の男が 力を入れました 「や、やめろぉぉぉぉぉぉぉっ!」 科学者の叫びが 部屋に響きます 少年が 背中から噴水のように赤い血をまき散らして 改めて廊下に寝転がりました 返り血を浴び 黒の鎧が赤に塗られていきます 「あ・・・ああ・・・ああああ・・・」 科学者の男は 真っ赤に塗れた少年を抱きしめました もう少年には 背中に蝙蝠の翼はありません 「人間風情が・・・ その背に翼をえることが許されると思っているのか?」 黒鎧の男が 冷たく言い放ちます。 科学者の男は その男をにらみました 「お前のしたことは神々への冒涜だ・・・ あまつさえ それを他の人間に広めるなど・・・ お前の罪は果てしなく重い 覚悟するんだな」 主神という絶対的な神が支配する世界 天界 そこに科学者の男はいました 日の光さえ届かない 鉄格子にさえぎられた空間の中で 科学者の男はうなだれて座っています 罪の証として 男は我が子を奪い去られました 少女は その背に生える翼の見事さから 羽を奪われることはなく 代わりに永遠に天界で暮らすことを約束され 少年は 一時でも悪魔の翼を生やしていたことから 魔物達の住処である 霊界へと送られました 科学者の男は すぐにでも人間界へと返されます ですが 二度と我が子をその手に抱くことは叶いません 牢獄の中で 科学者の男は自分の耳にすら届かないような小声で ブツブツと呟きます 「私は・・・見たかっただけだ・・・」 目はうつろで 何も見てはいません 「私は・・・ただ・・・」 同じ言葉を 何度も 何度も 確認するかのように・・・ 人間界へと帰ったあと 残されていたのは 誰もいない 空っぽの家だけでした もう家には 双子の楽しそうな掛け合いも聞こえません 街の人々は 神々によって残らず 科学者のことに関する記憶を抹消されていました 自分のことを思ってくれる人は もう誰もいないのです 明かりの点いていない暗いリビングで 科学者の男は顔を手で覆います なぜ こんなことになってしまったのか 数ヶ月後 科学者の男は取り憑かれたように 研究室へ閉じこもりました もう 心の中にはあることしか思い浮かびません 神々への・・・復讐 「おまえたちがわるいんだおまえたちさえいなければわたしはただあのこたちのえがおをみたかっただけなのにおまえたちがいなければ・・・」 呪文のように同じ言葉を繰り返し ただただ作っていきます 作られた物は 神々への復讐のために作られたはずなのに それとはまったく関係のない用途でした あらゆる破壊兵器を積み込み 3000年ごとに起動し 目の前にある全てのものを破壊し尽くす人型機械 人の生き血を吸い 魂をそこに束縛することで 成長を遂げる植物の種 戦士の心を魅了し いくつもの戦乱を生む 相対する光と闇の剣 そのものの本能を解放させ 戦闘マシーンに仕立て上げる 小さなマインドコントロールマシン 馬には鳥の 蜥蜴には蝙蝠の翼をつけて 新しい生物を生み出す実験 その他いくつもの開発・実験を繰り返しました もはや 子供達のために・・・などという意志は全くなく ただただ思いつく限りの物を作りました それによって いくつもの命が失われるということにもいとわずに 狂気に取り憑かれ 科学者の男は一心不乱に何かを作り それを世にばらまきます そして 世界には戦乱という嵐が吹き荒れました 男の作る神がかった物を求め 幾人もの人達がその家の扉を叩きました しかし ドアの近くに仕掛けが施してあって ドアを叩く者は等しく 鋭い針によってその身体をいくつも貫かれました 科学者の男は 誰にも耳を貸しません ただ 作っていきます 吸血鬼が血を欲するように ただ貪欲に 全てを顧みず・・・ その行為そのものが 神の思惑通りだということにも気づかずに・・・ 増えすぎた生き物は 時として自然界の調和を乱します 科学者の男は その処理班となっていたのです 牢獄にいる時 その脳を“いじられ"て・・・ 全ては “運命"という神の束縛の中にあります 人が 如何なる力を持ったとしても それを覆すことは 叶いません・・・ 人が 神を越えない限りは・・・ おわり