井上寿司とトロの日記

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井上寿司の西の空にも太陽が落ち始めていました。 

大きな釜でご飯を炊き始めると、主人はいつものようにトロの食事を用意しました。

『トロー!早く食っちまいな!!』

静かな店内に主人の声が響きました。

・・・・・・・・・・・・

トロはもういません。

 

主人にはクセがついていました。

『・・・・・・こんなことなら拾わなきゃよかったなぁ・・・』

主人は肩をがっくりと落としました。

でも、いないものはいないのです。

主人は気を取り直して仕込みを始めました。見事な手さばきで魚をおろして行きます。

『おぉ!今日のトロは極・・・上・・・・・・・・』

主人は「トロ」と付けてしまったことを後悔しました。

『・・・・・・さびしいモンだなぁ・・・』

いつもの調子が出ないようです。

毎日トロが出入りしていた戸の方に目をやりました。

少し開けた戸もトロが来てからのクセでした。

『トロ・・・・・・』

主人の目に涙が溜まりました。

視界がぼやけました。薄暗い店内は戸から差す光だけが確認できます。

その時です。真っ白な光の中で何かが動いたような気配がしました。

主人は涙を拭い、目を凝らして戸を見つめました。

主人は言葉を失いました。

 

+ + +

 

いつもの井上寿司の店内にトロと主人がいます。

でもいつものトロと主人ではありませんでした。

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・会えなかったニャ・・・』

風呂敷包みを引きずってトロは泣きながら帰ってきました。

地面を見つめて言いました。

『知らないおじさんとおばさんにおこられちゃったニャ・・・』

主人はトロをじっと見つめています。

『トロ・・・塩かけられて・・・ほうきでたたかれて・・・2度ともどってくるな!このノラネコめ!って・・・』

トロの目には大粒の涙が溢れていました。

『ママとパパに会いに行っただけにゃのに・・・ママもパパもいにゃいの〜!!!』

トロは主人に飛びつきました。

『わけわかんにゃいニャ!〜もうイヤニャ〜!!うわ〜ん!うわ〜ん!』

主人はトロの頭をなでました。

『・・・ゴメンなぁトロ。きっと引越ししちまったんだな・・・』

主人はひと月前にきいた情報だったことを思い出しました。

(こんなことになるなら、もっと早くいってやればよかったなぁ)

主人は自分のことばかり考えて、トロの気持ちを大切にしてやれなかったことを後悔しました。

『ふみゃ・・・ふみゃみゃ・・・ふみゃ・・・ここにはご主人さんがいるニャ・・・

 もしもどってきて・・・ご主人さんもいなかったらどうしようかにゃって・・・』

主人はトロにひどいことをしてしまったと、心の底から思いました。

『あったりめーよ!いつまででも待っててやったぞ!』

これが主人の精一杯のお詫びでした。

 

『・・・ご主人さんのニオイがするニャ!ご主人さんのコエがするニャ!!トロはもうひとりぼっちじゃにゃいのニャ!!!』

トロの言葉に泣きそうになりました。

『あぁ!!そうだぁ!』

主人はむりやり声をはりあげました。

トロにいつもの元気が戻ってきました。

『えへへ・・・もうなかないニャ!』

トロは主人のエプロンに顔を押し付けて涙を拭きました。

『ご主人さんありがとうニャ!またよろしくにゃのニャ!!』

 

トロと主人は今までで一番、

とってもとっても幸せでした。

 

 

 折り返し地点なのニャ