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春の昼下がり、トロはお散歩へ出掛けました。
青ちゃんは、なにやら浮かない顔をしています。 『トロちゃんのパパとママは、どこにいるの?』 井上寿司の主人はずっと黙っていたことがありました。 それは、トロの親ネコのことです。
すると、答えが返ってきました。 トロを産んで直ぐ、親ネコはどこかへいなくなってしまったそうです。 「ネコは…死に際になると、姿が見えなくなるというので、たぶんそうじゃないかと…」 それが飼い主の答えでした。 それから、引越しをするためにトロを捨てたのだそうです。
夕暮れ時、主人は、仕込みを始めました。 青ちゃんが、店の前で水を播いていると、トロが走って帰ってきました。 『青ちゃん!聞いて!聞いて!!』 『なになに?』 青ちゃんは、いつものように、”トロの今日の出来事”の報告を ワクワクしながら待っていました。 『あのね!あのね!人間になるには、リッパな大人になれなきゃダメらしいのニャ!』 トロは昨日、”人間になる!”といったばかりです。 青ちゃんはトロの行動の素早さに感心しました。 『でね!大人になるには…リッパなギャンブラーにならなきゃダメらしいの…』 『うんうん』 『ギャンブラーになるには… ボタンつけが上手にできなきゃイケナイらしいの……』 『うんうんうん』 『ボタン付けができるようになるには…塩ラーメンをたべなきゃイケナイらしいの………』 どうやらトロは、どこからか、こんな話を聞きつけたようです。 『すごいね!トロちゃん!!人間になるために、いっぱい勉強して来たんだね!!』 青ちゃんの言葉にトロは胸を張りました。 『えっへん!そうなのニャ!!でも〜!…人間になるのはムズカシイのニャ…』 『ん〜…そうだね〜…』 青ちゃんはバケツを片付けながら考えます。 『そうだ!”ギャンブル”はご主人さんに教えてもらって、”ボタンつけ”は青ちゃんが教えてあげる!』 『ニャニャ!!ホントニャ!?ホントニャ!!?』 トロは大喜びです。 『塩ラーメンは…じゃあ、今から一緒に食べに行こっか!』
ヒゲオヤジ・井上寿司の主人は、当然、寿司屋に置いてけぼりです。
『ん〜!お腹すいたね〜』 のれんをくぐると、数人の客がラーメンをすすっています。 『へぃ!ぃらっしゃい!』 ラーメン屋の店員の大きな声に、トロはびっくりしました。 『おじさん!塩ラーメン2つね!』 青ちゃんの言葉と同時に、大きな笑い声が聞こえてきます。 『ひゃ〜はっはっはっは!ヒーヒー!!』 トロを指差し、大笑いしているのは、赤ら顔の太ったおじさんでした。
赤ら顔のおじさんは、まだ笑っています。 『ひどいニャ、ひどいニャ!おじさん、笑いすぎニャ!』 トロは、青ちゃんのエプロンの裾を、ぎゅっと握りました。 青ちゃんは、トロの泣きそうな顔を見て、怒りが爆発しました。 『酔っ払いの、デブなおじさん!鼻からラーメン出てるわよ! ラーメンに浮かんでいるのは、のりじゃなくてカツラじゃないかしら!?』
赤ら顔のおじさんの鼻からは、ラーメンが数本垂れ、 頭に乗っていたハズのカツラが、ラーメンの中に浮いていました。 店にいた客も店員も大笑いです。赤ら顔のおじさんは、酔いが一気に醒めました。 青ちゃんは、トロを抱きかかえ、急いで店を出ました。 とぼとぼと帰る、長くなったふたりの影は、なんだか寂しそうです。 『ゴメンね…トロちゃん。でもあの酔っ払いが、いけなかったのよね!』 青ちゃんの怒りは静まりません。 『…鼻からラーメン出せるようにならないと、人間にはなれないのニャ?』 トロは、あのおじさんが不思議でなりません。 青ちゃんは、トロの質問がおかしくて、怒っていたのが一瞬にして、笑顔に変わりました。 『今度は酔っ払いのいない、お昼に食べに行こうね!』 『ニャ!今度は、ご主人さんもいっしょニャ!』
青ちゃんは、思い出しました。 『この時間なら…ご主人さんと一緒に、夕ご飯食べれるかも〜!』 『カモ〜!!』
井上寿司の主人の元へ、走って帰りました。
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