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旗袍。所謂チャイナドレスのことです。袍、とも呼びますが、
私個人としては旗袍と袍は呼称でもって区別できるんじゃなかろうかと
思ったりもしています。 女装ネタの定番として、また野郎脛毛チラリズムの最終兵器(…)と して抜群の破壊力をもつあの形状はもとからそうであった訳ではあり ません。「中国の伝統衣装だ」という言葉に惑わされてはなりません。 この衣装はもともと、中国55の少数民族のひとつ、満族の民族衣装 でありました。国際舞台において文化を披露するとき、女性の 民族衣装というのはけっこうにこう、顔のかかるものじゃなかろう かと思うのですが…漢族の民族衣装ってものすごい簡素で地味で 味気ないうえ垢抜けないんですよ(ぼそ)。全国を統治した清の時代 を経て、満族は現在ほぼ漢族と同化してしまっていますが、 この衣装ばかりが今へと継がれているのだからその魅力というのは 言わずもがなでしょう。 満族の伝統的な旗袍と、現代のでは形状が少々異なります。 まず、袖口と裾が現在のものより広く設計されています。 それから、腰が絞まっていません。すとんとした筒のような形で、 体の線を強調するようなデザインではなかったようです。 そして脚部の切れこみもデザインによって異なるようですが、 必ずしもあった訳ではないようです。そして一般に、 【馬甲】と呼ばれるベストのような衣服をその上から身につけます。 そして靴は現在殆ど定番になっているさきの丸いぺたんとした 布靴ではなく、【高底靴】、【花盆底靴】と呼ばれる底の高く つま先の丸いもの。…基本の形は同じであるものの、 随分とまぁ違いますよねぇ。 さてその基本の形、袍を袍たらしめる特徴というのが 「ひと連なりの衣装」であるということ。縫製されていない サリーの類を別にして、着物の帯など付属物を必要とせずに 着用できる上衣と下衣が連結した衣装。 この基本形は現在でも継承されていますが、たまーにデザインとし て分かれているものにお目にかかったりします …それ厳密に言ったら袍じゃないじゃん。認めない、 おじさん認めないわよ。 それで。いつ頃旗袍のデザインに変化が起こったのかといえば、 おそらく民国期、中華民国の時代じゃなかろうかという話です。 手持ちの資料にある写真はさすが中国書籍、 細かくいつ撮影だの何処でだのということは殆ど付記しておりません で…それでも清の時代の外交関係、特に外国人と中国人が 一緒に写っているものではまだ昔の型のものが多く残っています。 満族はもともと、東北地方の民族でしたので、衣装もその気候と 文化にあわせたもの。多分、満族が清の時代を治めるうち上海や 香港など南の地方に伝わり、異文化との交流や土地の気候条件 のなかでデザインが変化していったのだろうな、と素人ながらに 推測してみたり。 さて、ここまでの与太話で結局旗袍と袍の区別って何よと。 …つまり【旗】です、【八旗制度】。旗とは掲げる旗そのもの ではなく、満族の古くからあったひとつの政治組織。 詳しいことは端折りますが、つまりはエリートのこと。 旗袍というのは旗人の好んで身につける衣装。もちろん、 男物女物大人子供の区別はありませんでしたが現在では一般に 女性の衣装を指していますね。勿論、現在は八旗制度はありません。 用途として旗人の衣装である旗袍は実際として現代に存在して いないことになりますので、清の頃の形状を踏襲した満族風ものを 旗袍と呼んで、現代系のものを単純に袍と呼んで区別できあるなぁ、 と細かいことを考えていたり…というお話。閑だね私? 御託は並べましたが、中国語では【旗袍】と言わなければ 通じないかもしれません。普通語で「qi2 pao2」 (チィパオ)、広東語で「k'ei陽平 p'ou陽平」(ケイポゥ)。 |