唐突だが私はマゾではない。誰かにしばかれる位ならそやつの耳に針金通して貫通させてやる方が好きだ、いや、マシだ。アクションゲームなら弱いザコをコテンパンにする方が好きだし、3Dダンジョンの落とし穴は避けて通る。よく判らない事例だが、とにかく私に自虐趣味はないと思っていただきたい。
しかしいつの世も、常識や科学では推し量れない現象と言うのは起きるものである。多分常識も科学も関係ないと思うが、ともあれ「なんでそーなるのっ」と懐かしのコント55号のギャグを言い、若人を困惑させたくなる事態が起きるものなのだ。コント55号については各自ネットや広辞苑を駆使して調べるがよかろう。類似品に漫画トリオ、エンタツアチャコ等がある。いとこい師匠は人間国宝にすべきだ。早くしないとどっちかがみまかってしまうではないか。まあいい。この件に関しては国会にホットメールで送りつけるとして本題に入る。
『風来のシレン』はその起源を『トルネコの冒険』に持ち、そのまた起源は『ローグ』と言うパソゲ−だが、これは知っている人は少なく、マニアでありコアであるので多くは語らない。『シレン』は『トルネコ』のヒットを受け、世に誕生した一種変わったRPGである。どう変わっているかはやってもらえば解る。やった方が解り易い。文章にするのが面倒臭い。正確にはRPGではないのかも知れないが、では何だと言われると他に分類しようがないのでRPGと言っておく。RPGと言えば女子供でも出来ると言うそのヌルさで、あ、いや、その快適さと面白さで一時代を築き、今もなおバベルの塔のごとくそそり立っているジャンルである。このジャンルには大変有り難い機能が有る。「セーブ」である。自分の状態を一旦保存しておき、後に改めてその状態のまま再開する、あるいは何かとんでもない事をしでかした時、リセットして過去の状態から人生をやり直せると言う、有り難いメーカーの恩寵である。もしこの機能が無ければ、我々は1日中、下手すれば100時間近くぶっ通しでゲームをやり続けなければならなく、先ず間違い無く倒れる。
死者を出さない為か、それともこのゲームはとても長く遊べるんですよと言うメーカーの思惑かは知らないが、とにかくRPGには基本的にセーブ機能が有る。『シレン』も腐ってもRPGなので当然有る。有りはする。しかし困った事に、ここでもまた「一種変わった」と言う表現を使わざるを得ない。セーブは出来る。しかも強制セーブである。ソフトの中の例の緑色と銀色の部分は、我々を常にストーカーのごとく監視している。自動的に記憶されるので「あ、セーブし忘れた」とならなくていいなどと思うのは大間違いである。もし間違った選択をしても、もし大事な武器防具を持ったまま死んでしまったとしても(このゲームは死んだ時点でレベルは1に戻り、持っていたものは全て消え失せる)、その状態が勝手に記憶されてしまうのだ。無論最悪の状態で。慌ててリセットしても、電源を落とした、リセットボタンを押した時点で強制セーブされているので、かつての栄光は二度と戻らない。つまり、RPGの分際でやり直しがきかないのである。
そればかりではない。『シレン』には理不尽と言うものが存在する。例えばスタート地点から1歩踏み出したら大型地雷を踏み、HPが1になり、どこからともなく飛んで来た炎で焼け死ぬ。この間たった3秒。一体私が何をしたと言うのか。何が悪かったのか。たまたま踏み出した所に地雷があり、たまたま部屋のどこかにドラゴンが居て、たまたま対角線上に居た自分に炎が当たった。運が悪かったとしか言い様が無い。しかもこの例は稀な事では無い。たまたまバネで飛ばされた先がモンスターハウスだった。たまたま食べたオニギリが呪われていた。たまたま飲んだ未識別の草が毒草だった。このゲームをやっていると、自分の運命とは自分の全く関知しない所で決められていると悟らざるを得ない。しかも強制セーブ。地獄である。
地獄だ何だと言いながら、何故我々はこのゲームに手を出してしまうのか。当初「100回遊べる」と言う売り文句だった不思議のダンジョンシリーズは、100回どころでは無く遊べる。入る度に毎回変わるダンジョンに潜り、レベルを上げ、武器を強くし、戦闘にも慣れた辺りでやはり理不尽な死を遂げる。またダンジョンに潜り、レベルを上げ、武器を強くし……よくもまあ飽きないなと思うが、これが飽きない。毎回必ず違う事が起こる。不幸とは限らないが、幸福とも限らない。一応ストーリーが有って、倒すべきボスが居たりするが、そんな事はどうでもよくなる。何故ダンジョンに潜るのか、そこにダンジョンがあるからだなどと、どこかで聞いたような台詞を吐くようになる。端から見れば単なるマゾでしかない。
私はマゾではない。冒頭でも述べたが、もう一度強調しておく。『シレン』をやっている人も多分半分位はマゾではないと思う。何故自分の分身が訳の判らん死に様を晒すのを何度も善しとするのか、それは判らない。あまりに散り様がマヌケ過ぎて笑えると言うのも一説だ。しかしそれが全てではない。判らない。誰にも判らない。
何故『シレン』をするのか。それは多分やった人にしか解らず、またやった人にも解らないのだ。