芸能界は夢を売る商売だと言う人がいる。ならばゲームは、言わば夢を疑似体験出来るメディアである。何もゲイ能界、ゲイムのゲイ繋がりだからと言う訳ではない。因みにゲームの正しい振り仮名は「げえむ」である。良い子のみんなは気を付けよう。入試に出ます。夢の疑似体験、つまりそれは空想世界の住人になれると言う事に他ならない。と言っても嫌になる程現実的なゲームも存在するが、それはさて置く。
今のゲーム業界の土台を築いた「スーパーマリオブラザーズ」を例に挙げれば、非常識とも言える空想世界の仕組みを容易く体験する事が出来る。どう見ても中年にしか見えないヒゲ面のイタリア人がオーバーオールを着、キノコを食べたくらいで大きくなったり小さくなったりし、花を取っては燃える肉団子をどこからともなく出したりする。非常識である。キノコを食べたくらいで大きくなれるのなら、この世にぶら下がり健康機は存在しないし、背が低くて悩める少年が妙な通販グッズを買う事もないだろう。最近は現実とゲームの区別が付かなくなっていると言われるが、混同してキノコを食べる子供が増えたところで、キノコ促進協会が喜ぶだけである。放っておいていただきたいものだ。
問題はキノコではない。マリオでもない。スペランカーだ。初期のファミコンを知っている人で、このタイトルを知らない人は居ないだろう。内容を簡単に述べれば、主人公が財宝を求めて洞窟に潜っていく。洞窟には難解な罠が待ち構え、主人公は苦労する。それ程非常識でもないが、空想世界である事には違いない。現実にはこれを盗窟と言う。盗窟を生業としている人でもない限り、この様な状況に陥るとも思えないから、やはりこのゲームも夢の疑似体験に違いはなく、当時アリの様に涌いて出たゲームの中に埋もれる予定だった。しかしこのゲームは、予定外にも世間に知られる事となった。理由はただ一つ、主人公の非常識なまでの、この単語をここで使うのは不本意この上ないが、非常識なまでの貧弱ぶりである。
主人公がいかに貧弱であるかは筆舌に尽くしがたいが、それが少なくとも護衛艦無しで敵の要塞に突っ込んでいくシューティングゲームのレベルに匹敵する。穴にハマっただけで死ぬ。ゲームオーバーである。しかもその穴の深さは自分の身長程しかない。ロープを渡り損ねても死ぬ。下り坂でジャンプしただけで死ぬ。まるで虚弱体質なのにインドやアフリカにロケに行かされる榎木孝明の様だ。そんなに貧弱なら家で寝ていろと思うのは間違いだろうか。いや、榎木孝明が何をしようと本人の勝手だが、せめてこの主人公だけは大事にしてやりたくなる。主人公と同じ戦闘能力を持つ最大の敵、と言うのはよくある話だが、こやつはその能力の低さ故に自らが最大の敵なのである。
自分が最大の敵であるにも関わらず、更にオバケが出現する。当然当たると死ぬ。何と言う事だ。もう三途の川でお婆ちゃんが手を振っている。しかし心配無用。オバケはピストルで撃退出来る。霊体に鉛弾が効くとは初耳だ。実体があるなら霊体ではないではないか。まああくまで撃退であり、倒した訳ではない。実のところ主人公のあまりの弱体ぶりを気の毒に思って退却してくれているのかも知れない。
貧弱さばかりが目立つが、もう少し強くなってくれなければ話が進まない。頼もしいアイテム「ミラクル」がある。取れば一定時間無敵になれる。あの貧弱だった主人公が、見よ、どんな高さから落ちようがオバケにぶつかろうが、死なないのである。素晴らしい。実に頼もしい。「あの貧弱だった僕が、これを使用しただけで女の子にモテモテ」と雑誌に投稿したい程だ。そしてこの頼もしいアイテムは、実にあっさりその効果が切れる。切れた時の落差は激しい。何だか薬物使用の戒めのようだが、似た様なモンである。
石の上にも3年と言う諺がある。どんなに主人公が貧弱であれ、我々はいつかは慣れるものだ。苦労は報われる。自らの貧弱さにも博愛なオバケにも中毒症状の残るアイテムにも耐え切ると、やがて法悦の瞬間が訪れるのだ。つまりはエンディング画面である。洞窟の奥底に隠された財宝に囲まれ喜ぶ主人公。どこかのスポーツ選手以上に、自分で自分を誉めてやりたくなる。そして実にあっさりとした感動のエンディングが終わると、何事も無かったようにまたスタート地点に戻されている。何だと?
当時はアーケードの移植、又はアーケードの流れを組むゲームが多かった為、この様な現象は良く見られた。ゲームクリアの報酬はエンドロールでもクレジットでも景品でも無く、プレイの延長であった。それは解る。解るとも。せめて裏面突入だとか難易度が上がっているとか言うならばやる気も出るが、変わっている点と言えば背景の岩の色位である。見事なまでの無間地獄。自らが死ぬか、飽きてリセットするか以外は、この空想世界はいつまでも回り続ける。ユングあたりに解析させれば面白い論文が出来そうだが、その前に間違い無く精神が崩壊する。昔の人は随分と忍耐強かったものだ。
このゲームをやる事を止めはしない。寧ろ強く薦める。忍耐力を養うのには丁度良い。その前にやる事がある。コントローラーを投げ付けても良いように、床及び壁をカバーする。発狂しても良いように周囲に刃物は置かない。だがもし貴方が発狂しても大丈夫だ。何故ならば貴方はスペランカーの主人公よりは頑丈に出来ているのだから。安心していただきたい。