世の中にはクソゲ−なる単語がある。「クソの様なゲーム」「クソの役にも立たないゲーム」等、語源は諸説ある。そんな下品な言葉は使用に値しないと言う方は「カスゲ−」でも良いだろう。「カス漬けのゲーム」と間違われる虞れもあるが。
「たけしの挑戦状」はクソゲ−である。それ以外に言う言葉が見つからない。ゲームを始めると、何の前フリもなく画面上に2人の人物が登場する。どうやら場面は会社の一室らしい。今のゲーム画面から考えると発狂しそうなおざなりなCGである。左には机の前に座っている人。右には立っている人。さて、先ず我々はここで当惑する。自分はどっちだ?試みに十字キーをグリグリやってみると、右の人物がグリグリ動く。おお、自分はこの社員らしき(社員と認識するのに3分はかかる)人物なのだな。さて、次に当惑すべきは、自分が何をすればよいかである。ボタンを押してみる。どのボタンを押そうか等と悩む必要はない。この頃はA・B・セレクト・スタートしかなかった。良い時代だ。ともあれ押してみる。パンチ。パンチ?何で自分は会社で拳などくり出しているのであろう。大抵の人はこの辺で挫折する。訳が判らないからだ。
ゲームは横スクロール型のアクションアドベンチャー。アドベンチャーなのである。一応。何故か社長を殴り、何故か会社の金を盗み、何故かヤクザと殴り合い、何故かカラオケを歌う羽目になる。それも2コンのマイクに向かって実際に歌うのだ。その様を親に見つかり、気まずい思いをしたのは私だけではないと信じたい。よく判らないまま主人公は妻と離婚し、宝の地図を入手し、南の島へと逃亡する。やはりさっぱり判らない。
判らないのは何も内容に限った事ではない。要所要所に仕掛けられた謎解き。これがまた殺人的に判らない。何のヒントも無いまま、我々はその謎に挑まなければならない。宝の地図に至っては、陽に晒して1時間あまり放置しないと真の地図にならないと言う凝りよう(ただし裏技がある)。判らないって普通。当初攻略に関してノーコメントを貫いていたメーカーも、質問の電話のあまりの多さに、攻略本発刊を決定したと言う。そりゃそうだ。このゲームが何のヒントも無くクリア出来るようなら、ロシアに亡命して超能力開発プロジェクトに参加した方が良い。
しかしこのゲームの最大の不可解な点は、「やった人の異様な多さ」である。ファミコン初期の話をする時、大抵の人がやったと答える。私の記憶では、そこまで派手な宣伝を行ってはいない。売上数も大して伸びてはいなかった筈だ。更にたけしはまだ「世界の北野」ではなく、風雲たけし城の殿であり、軍団引き連れてフライデーに殴り込む輩だった。一体何が我々を惹き付けたのだろう?判らない。判らないなりに、我々は魅せられていたのだ。そのあまりの不可解さに。あまりの理不尽さに。
我々は訳の判らない物が好きだ。UFOが好きだ。UMAが好きだ。理由はただ一つ、訳が判らないからだ。そしてその最高頂に、行き着く所に行き着いてしまったこのゲームは、未だその地位を揺るがす事はない。そう考えた時、この「たけしの挑戦状」なるゲームが最高のクソゲ−でありながら、ゲーム至上最高傑作であると認識出来るのである。
私は南の島に行く途中で挫折したけども。