晴れ晴れとしているのが実に恨めしい。こうも日が強いと影ができてしまうからだ。日が差せば影ができる。この言葉は比喩表現でもなんでもない。実際にそうなのだ。ビルとビルの間で寝過ごした経験を持つ者なら誰もが知っている。
 まったく実に恨めしい。こっちは着ている服を洗うのがやっとなのに、背広を着ているごく少数の連中は替えの服などいくらでもあるのだろう。あの油断している背中を一太刀で斬ってやりたい。しかし、それはできない。やつらは貴族だからだ。強襲すればたちまち捕まり、拷問にかけられるだろう。

 ここ百数十年、大日本国だけではなく、世界中で問題が起きていた。貴族階級による独裁主義である。問題、と言っても困っているのは平民階級だけであり、政治などを行う貴族階級には関係のない話。だから誰も解決しようとはしない。必死に生きているのは平民階級だけなのだ。
 気が付いた時には、貴族階級だけが公務員を筆頭に、公職についていた。平民階級は税金を納めなければ、やはり拷問にかけられる。しかし税金は軽いものではなく、強盗などの犯罪を引き起こす原因になった。警察はもはや貴族階級を守る為だけの物であり、平民階級の間で殺人が起きても一切関与しようとはしなかった。その平民階級の人間も、「明日を生きるためならば、神は許してくださる」と言ってはばからないのだから(実際その通りである場合がほとんどだが)、街中での戦闘行為はもはや日常茶飯事だった。
 街には独り者がゴロゴロといる。彼らは少しでも税金を軽減するため、家族とは縁を切った事にし、自分の戸籍を外した。こうする事で、家が払う税金が一人分浮くからである。ただし戸籍を外した者が家にいるわけにはいかない。戸籍の偽りがないかどうか、いつ抜き打ちで取調べされるかわからないのである。


 ここは大日本国、首都・高京都、八万寺市内にある江の内公園。公園内には大きな池があり、橋の上からはたくさんの鯉の姿を眺める事ができる。
 東乃 流布 25歳。先日の強盗殺人で、数週間は食べていけるだけの金は得た。ただし、食べていけるだけの、である。けっして毎日ホテルに泊まり、風呂に入るような余裕はない。ましてナイフの管理も怠ってはならない。いつ折れるかわからない。折れた時は死ぬ時かもしれないが…。
 彼はなるべく体力を使わないよう、公園でのんびり過ごすことが多い。Gパンと薄手のTシャツ姿で鯉を眺めていると、慌しくたくさんの鯉が横へ泳ぎだした。その方向へ視線を向けると、貴族と思われる身なりをした男が鯉に麩を投げているのが見えた。
 鯉に食い物をやるくらいなら、俺たちにくれ。
 薄く曇った頭の中で、そんな考えがよぎった。無意識のうちに声に出していたのだろうか、貴族の男は流布に気が付くと、しばらく考えた後、流布に近づいてきた。少なからず警戒心が芽生え、触らずにナイフをどこに差したか確認した。袋の中を眺めながら貴族がゆっくりと近づいてくる。そして袋の中に手をいれ、麩の欠片を流布の足元に投げつけた。
「食え」
 ここで躊躇できないのが現実である。流布は風で飛ばされない内に麩を拾い上げ、少ししか砂が付いていないのを確認すると、口の中へ放り込んだ。その麩は、まさに鯉の餌であり、口にした瞬間から胃液の匂いがした。不味い。
 流布は自分のした事がようやくわかった。やつらから物を貰うというのは、まさにこういう事なのだ。
「こっちの方が面白い」
 貴族は次々に麩を投げつける。今度は流布の頭に当てるように。

 同時刻、場所は海の見える都会・貝場にある、珊瑚ママが経営するバー「赤珊瑚」。赤ジャージの守里 慧一  黄ジャージの齋藤 祐毅  青ジャージの鏑木 勇也 の三人が溜まり場にするバーである。もっとも齋藤と鏑木の二人は未成年だが、もはやこの国に法は無いに等しい。彼らに限って言えば、国に対する反逆者とも言える。法をいちいち気にしてなどいられない。
「何かと警官の数が少なくなる日…それこそ天皇の結婚だ誕生日だ、とか」
 慧一が二人に水を飲みながら話す。ビールを飲む金は無い。
「そういう日が来たら、一気に警視庁に乗り込んで…」
「って言うか…天皇はどうなの? 悪の根源は天皇じゃないの?」
「いや、それが全くの逆でさ、もう天皇には発言権が無いんだ」
「マジかよ…」
 カウンターの奥から掃除を終えた珊瑚が戻ってきた。年齢不詳の珊瑚は、絶対に自分の歳を言ったりはしない。髪をワインレッドに染めているのは白髪を隠しているから、とか、肌が若々しく見える、とか、年齢に関する噂は後を絶たない。
「どう? 革命の計画は順調かしら?」
 本当は革命など期待していない珊瑚がからかうように言う。
「別に…」
 齋藤が素っ気無く答える。
「警備はいつ手薄になるの?」
「天皇が結婚した時」
「いつ結婚するの?」
「………」
「あなた達はそれをどうやって知るの? 新聞も読めないくせに」
「だから…それを考えてるんだよ!」
「新聞が読めないのは僕らのせいじゃない。新聞を読ませまいとした意図的な公教育の撤廃のせいだ! それに併せるかのような増税。私立校に行ったのは極々少数の金持ちと貴族だけだよ」
 鏑木が机に突っ伏しながら言った。
「これは自国民に対する明らかな愚民化政策だ。こんな馬鹿な話があるか! 都会じゃ畑は耕せないんだよ!」
「若いのに詳しいのね」
「全部、珊瑚さんの受け売りだよ」
「あら、そう…」
 珊瑚はつまらなそうにため息をついた。夜の開店までの暇つぶしに、三人に革命会議室を貸し出したが、半年前から三人の話し合いは一向に前進しない。珊瑚は少し飽き始めていた。
「そう、珊瑚さんは意図的な公教育の撤廃だとか、愚民化政策だとか、なんでそんな事知ってるんだよ。字も読めないくせに」
「残念でした、あなた達と違って店のメニューくらいは読めますよーだ。書けないけど。まぁ、何て言うの。色んなお客さんが来るからね…フフ…」
「こういう時の珊瑚さんの表情、ムカつかないか?」
「ムカつく」
「すっげぇムカつく」
 三人の顔を目配せしてから、珊瑚が表情を作り直し、指を差しながら言った。
「いい? そこの坊ちゃんと坊ちゃんと坊ちゃん、世の中には正攻法じゃ成らない事なんて、沢山あるのよ?」
「………」
 三人は顔をあわせた。
「言ってる意味、わかった?」
「さっぱり。年齢不詳の女の言う事なんて、こんなもんさ」
 珊瑚からはもう一度、深いため息が漏れた。

 山が見える街、立山。最近では再開発が進み、人の流れも徐々に忙しくなりつつある街だ。この街では外国人の姿も珍しくなく、もちろん独り者も多い。ソニア・ホルストマンもそんな外国人の一人であり、彼女は立山のブラックマーケットで買い物を済ませ、食事をどこでしようかと考えていたところだった。
 立山は局所的に人が集まる。特に駅前はひどく、流れに逆らわなくてはいけない。彼女もそんな外国人の一人であり、また、ジン=ハウザーもそんな外国人の一人であった。
 流れに逆らうように歩き、流れに逆らうように近づく。
「おぅっ、失礼」
 ジンが当たり前のようにソニアに当たり、決まっていたように謝った。
 そうしてジンの後姿を見つめたソニアが気付いたのは、ジンが走り出した時だった。財布が無い。
 流れに逆らうように逃げ、流れに逆らうように追う。
 ソニアは手提げ鞄を持っていた事もそうだったが、何よりジンの足が速く、曲がり角を曲がっていく姿を追うのがやっとだった。自分の形相がどうなっているかなどお構い無しに走り続けたが、南口・馬車ターミナルに入ったところで、ジンは消えてしまった。
「どうしよう…」
 ソニアは辺りを見回したが、ジンはいない。代わりに一人、大型犬を従えて佇んでいる女性を目にした。
「すいません!」
 ソニアはすぐにその女性に話しかけた。
「この辺で、褐色の肌色をした子供のスリを…」
 そこまで言いかけて、ソニアは気付いた。この女性、目に色が無い。盲目なのだろう。
「あっ…えっと…」
「褐色の子供がスリをしたんですか?」
「はっ、はい」
 するとその女性は手をかざし、空を飛んでいるカラスを呼び寄せた。一羽のカラスが指先に止まり、耳元で鳴きだした。
「ゲェー」
「褐色肌の子供を見なかった?」
 カラスと目を見つめ合いながらそう言った。
「カァー、ケェー」
「…うん…そう…。子供は、4番線の馬車に乗り込んだそうです」
「えっ? カラスが?」
「そうよ、この子が見たって言うの」
「………」
 ソニアは、半信半疑ながら4番線の馬車をそっと覗いた。するとそこには、自分の財布を満足そうに眺めているジンの姿があった。
「あいつだ!」
「そうですか。よかったですね」
 ソニアが礼を言おうとすると、その女性は既に背中を向けていた。そのせいで礼を言いそびれてしまった。間違いなくカラスと会話をしていた女性。よく見ると、連れている犬も双頭種だった。
「なんなの…」
 気を取り直して4番線の馬車に乗り込む事にした。
「姉ちゃん、あんたどこまで乗るんだ?」
 馬の騎乗者がソニアに尋ねる。
「乗らないわ。降ろして欲しいガキがいるの」
「…そういうのは勝手だがね、絶対に中では騒ぎを起こさないように…いいかね?」
 ソニアは騎乗者が話すのを聞き終わらないうちに馬車の中へ顔を入れた。たちまち気付いたのは目を大きくしたジンである。
「おかしいな…完璧に振り切ったはずなのに…」
「降りなさい。騒ぎを起こしたくないでしょう?」
 ジンも観念したのか、大人しく馬車を降りた。馬車を降りたところでソニアがジンの襟首を片手で掴んだ。そしてもう片方の手を素早く振ると、いつの間にか白い手にはナイフが現れた。
「ノースリーブでその技やる人は初めて見たよ」
「こんなの練習すれば誰だってできるわ」
 ジンは再度ダッシュすると、襟首の生地を破いてソニアから逃げ出した。
「ガキ!」
 片手に財布を持ったままジンは走った。しかし、立山の土地勘を持ち合わせていないジンはすぐに行き止まりに追い詰められてしまった。
「だから立山は嫌いだ」
「もういいでしょう。財布を返しなさい」
 ジンはソニアの手提げ鞄から出ている箱に気が付いた。
「その箱は何だ?」
「闇市で買ったのよ。関係ないでしょ」
「じゃあこの財布を箱と交換するっていうのはどうだ?」
「あんたねぇ! そういうのを盗人猛々しいって言うのよ!」
「交渉決裂か…残念」
「何が交渉決裂よ…教えてあげる、こういうのはね、宣戦布告って言うのよ」
 ソニアはナイフの切っ先をジンの額に向けた。
「もう二度とイタズラできないようにしてあげる…」


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