カウンターに腰掛け、足を椅子に乗せる珊瑚に向かい、佐々木 尚人が言った。
「多くは求めない。ただ一つ。この店を、たため。さもないと…」
「あたしがビビるとでも思ってるの?」
 珊瑚が遮って話し出した。
「…もう恐いものなんて何も無いのに。そもそもあたしがなぜ年齢不詳だか知ってるの? あたしがなぜ珊瑚と呼ばれてるか知ってるの? 何もわかってないクセに…。記憶喪失なのよ」
 珊瑚は胸元から淡いピンク色の肘まである長い革手袋を取り出し、片方を口にくわえながらはめだした。
「自分の誕生日も知らない…もちろん名前も。一番最後の記憶と言えば、五年前、大金を手にしている自分の姿よ。なんでそんな物持ってたのかなんて知らない。もちろんどうしたらいいのかわからなかった。だけどこの貝場の海を眺めているうちに、仲間が欲しくなったのよ。だから『赤珊瑚』を始めた。あたしはここで沢山の『最高』と出会った。おかしな話を聞かせてくれる連中や、飲みすぎて自分で勘定できなくなったバカ、それにジャージを来た青臭い連中…まぁ、色々よ。しだいにみんなが冗談まじりで、あたしの事を『珊瑚』って呼ぶようになったのよ。それが今の名前。そんな風に沢山の恩恵をみんなから受けてきた。ここは素晴らしいところよ…。もうあたしだけのお店じゃないの。その店をたためですって…!? バカ言ってる暇があったらかかってきな!」
「上等だ!」
 佐々木はコインではなく、足元の木製の椅子を珊瑚に投げつけた。身を翻して珊瑚はカウンターの後ろへ回り込んだ。佐々木は当たらないのを分かっていたが、あえて椅子を投げ続けた。椅子は壁に掛けてある酒瓶に激しく当たり、けたたましいガラスの破裂音と共に、様々な種類の酒が交じり合い、悪臭を放ちだした。
「ウエッ…やり過ぎたかな」
 ポケットのコインを数枚握り締め、少しずつカウンターの裏へ歩み寄る佐々木。酒は思っていたより多量に飛び散り、床はアルコールのひどい臭いで充満している。慎重に足を運び、佐々木の足音が酒の水溜りを踏んだ瞬間だった。
「燃えな!」
 珊瑚が手から放出した業火が酒に引火し、佐々木の足元まで一気に火が回り、ズボンの裾が燃え始めた。
「しまった!」
 佐々木が後ろへ倒れ込み、足を叩きながら火を消そうとするところへ、珊瑚がカウンターを乗り越えて突進してきた。腰も上がらない状態で佐々木はコインを投げつけるが、珊瑚はそれを簡単に避けてしまう。
 珊瑚は自分の五本指に火を点け、佐々木に向かって投げつけた。火は真っ白に燃えながら佐々木を追いかける。
 一つ目の火の玉はかわし、二つ目と三つ目の火の玉はコインを投げつけてかき消したが、残りの二つは佐々木の右目に命中してしまった。
「うわぁぁぁ!」
「佐々木! ご苦労だったわね!」
 珊瑚が手のひらに巨大な火球を溜め、佐々木が動けないのを確認してから投げようとした、その時だった。
「珊瑚さん!」
 なんと店の中に守里 慧一が入ってきたのだ。その隙を見逃さず、すかさず佐々木は慧一の体を突き飛ばし、珊瑚と激突させてしまった。火球が一瞬で消えてしまい、慧一が倒れた時、珊瑚の視界に入ったのは、両手に八枚のコインを投げようとしている佐々木の姿だった。
「全部で4千円…お勘定だ!」
「やめて…」
 八枚のコインは全て、珊瑚の肩口に鋭く刺さった。
「嫌ぁぁぁ!!」
「わかったか! こういう事だ! これから『ジャムール』の話をする前はコインを眺めてから考えて話すんだな!」
 佐々木はそう言うと、束縛された菊丸の方へ視線を向けたが、「もういいよ」と言い、店の外へ出て行った。
 残された珊瑚は床に座り込み、肩口に刺さった五百円硬貨を一枚ずつ、泣くのを堪えながら抜いていた。

珊瑚 佐々木
1回戦 チョキ グー
2回戦 グー チョキ
3回戦 パー グー

「この馬鹿が…大馬鹿…もう少しだったのに…」
 慧一と目を合わせようとはしないが、つぶやく様に珊瑚が言う。力の抜けた腕にダラダラ血がだらしなく垂れている。
 心配そうに、ではないが慧一が傷口の様子をうかがいながら言う。
「ごめんなさい珊瑚さん…こんな風になるとまでは考えてなかったんだ。でも…」
「何よ。言い訳するつもり?」
「あいつに復讐するつもりなら、サンドバックを作ってやるよ」
 その瞬間、店の外で男達の掛け声と共に、佐々木の悲鳴が聞こえてきた。
「うまくいった」
 慧一が珊瑚を置いて店の外へ出ると、そこには片足をロープで縛られ、逆さ吊りになった佐々木が恨めしそうにこちらを見ていた。
「慧一! ロープはあっちの木に縛り付けておいたぞ」
 バーの常連の男の一人が慧一に報告した。
「ありがとう。うまくいったな」
 足元は佐々木の持っていた大量の硬貨が散乱していた。
「みんなありがとう! ここに落ちている小銭はお礼だと思って受け取ってくれ!」
 慧一がそう言うと、男達は我も我もと無我夢中で硬貨を拾い始めた。
「慧一…」
 出血が止まらない珊瑚がようやく店の外に出てきた。
「これはどういうこと…?」
「店の外に簡単な罠を張っておいたんだ。地面の縄の輪の中に足が入った瞬間、一気に縄を引っ張ると足が締まり、同時に吊るし上げられる。その引っ張る役をみんなに頼んでおいたんだ」
「それで佐々木を誘うために中に入ってきたの?」
「まぁ、そうだな」
「………」
 珊瑚は憤然やる瀬無い思いに駆られたが、ここは抑える事にした。
「珊瑚さん、こいつ殺しちゃう? ダックの餌にちょうどいいんだけど」
「止めなさい。あたしはそんな事したくないの。勘違いしないで。どんなに相手を殺したくても、やっていいのは鼻を折るまでよ」
 そう言うと、珊瑚は左手で佐々木の顔面を殴りつけた。
「明日になったら解放してあげる。それまで頭に血が上らないよう、難しい事を考えるのは止めておきなさい」
 店の中に戻る珊瑚を見て、慧一が言った。
「こいつ本当に殺さなくていいの? ねぇ?」

 しかし次の日、佐々木は既にいなかった。ロープには鋭利な物で切られた跡があった。

 ほぼ同時刻、八万寺市・江の内公園の方から東乃 流布の遠吠えを聞いた二ノ宮 丸鈴は、盲導犬にその方向へ引っ張らせた。
「そろそろ皮、剥がさない?」
 波璃が嬉しそうに東乃を眺めながら言う。
「まぁもうちょっと待て。まだダシが出ていないからな…」
「ダシなんて問題じゃないわ。その鍋はひっくり返されるんだから」
 二ノ宮がそこまでいうと、双頭の盲導犬が鍋に体当たりをし、鍋の湯を全て警官にかけてしまった。
「だれだお前は!」
 もう一人の警官が立ち上がって叫んだが、盲導犬に両脚を噛まれるとその場にうずくまって静かになってしまった。
「あなた…食事の邪魔よ」
 波璃が二ノ宮に向かって言った。
「ゲテモノ食いは嫌いなの。そこの狼を早く放してあげて」
「ゲテモノとはずいぶんね。あなた、こんなに美味しそうなのが見えないの?」
「見えないわよ」
「ふーん…まぁいいわ。お腹が空いてペーコペコ。あなたの犬も、犬鍋よ。ポーシンタン」
 波璃は食事に使うつもりだったサバイバルナイフを盲導犬に向かって投げつけた。しかし盲導犬は簡単にかわすと、波璃を両目で睨みつけ、突進した。波璃は盲導犬を待ち構え、飛びかかってきたところを両手から出した火で迎撃した。
「確かにこんな犬を食べようだなんて、ゲテモノ食いもいいところかもね」
 足元で悶える盲導犬を、波璃はボールの様に蹴りつけた。しかしその足は見事にくわえられてしまい、盲導犬に足を引きずられ、気がつくと二ノ宮が波璃を見下ろしていた。
 足をくわえていない方の盲導犬が叫ぶ。
「ワウアウッ!」
「…やめなさい。子供なんて殺す必要はないわ。ワウッ、アウ…」
「子供…? あたしが…?」
 背の低い波璃は、自分が勘違いされたのだとすぐに悟った。
「悪い子ってみんな自分が大人だと思ってるのよね。あなたも然り。おチビちゃん、家はあるの? あるんならさっさと帰りなさい」
「…わかったわよ。今日のところは帰ってあげる」
「それでいいの。でも反撃されたら困るから、一回強く噛んでおきなさい。ワウッ!」
 盲導犬の牙から、果実を噛んだような音が出た。
「ギャーッ!」
「あぁ、痛そうな音。でも充分だわ。あとは東乃さんを助けるのよ」
「東乃…?」
「名前を言ったらまずかったかしらね? 名前を覚えておくのもいいけど、だったらこれも一緒に覚えておきなさい。あたしを敵にまわすのは、お金を乞食にあげるのと同じくらい愚かな事よ。その足の傷が消えない限り、忘れないでしょうけど」

二ノ宮 波璃
1回戦 チョキ チョキ
2回戦 グー チョキ
3回戦 パー パー


 夜の公園は静まり返り、建物からも灯りが消えている。しかし二ノ宮には関係が無い。盲導犬に連れられるままに、建物の隙間に潜り込み、腰を下ろした。
「東乃さん大丈夫? 狼に戻る?」
 狼の言葉のまま、東乃は答えた。
「駄目だ、ヤツがいる」
「えっ?」
「臭いで分かる。あのチビだ…」
「…ちょっとあんた達、様子見てきなさい。もしいても、脅かすだけでいいわ」
 二ノ宮は盲導犬に指示を出すと、東乃の体を抱きかかえた。
「怪我は?」
「大丈夫だ、大した事はない。ただ腹を思い切り蹴られて…人間に戻るのも辛いから、今夜はこのまま寝るぜ…」
 東乃はそれだけ言うと、二ノ宮の膝の上で眠りだしてしまった。

 一晩明けた翌朝。立山ではラヂオを奪われ、失意の真中にいるソニア・ホルストマンが目を覚ました。ビルの谷間で眠りこけてしまったため、変な体勢のまま体が固まってしまった。
「あー…今日からどうしよう」
 ソニアが伸びをしながら考える。
「気が進まないけど、やっぱりまたあそこに戻るか…」
 朝食も食べないままソニアが向かったのは、立山のブラックマーケット、海坊主通りだった。
「ここの雰囲気って最悪ー」
 愚痴を呟きながらソニアが入ったのは、ラヂオを買った店「盗電」だった。
「おっ? ソニアじゃないか! やっぱりここで働く気が戻ったか!?」
 異国語で主人の八兵衛が嬉しそうに挨拶をする。彼は日本人だが、あえて異国語でしか喋ろうとしない。
「気は全然戻ってないわよ」
「どういう意味だ? お前はうちのラヂオを買えるだけ稼いだら、さっさと辞めて親の敵を討つんじゃなかったのか? 相手は大日本政府だって、大きく出てたよな。諦めたのか?」
「またゼロからやり直しよ」
「だから、なぜ?」
「ラヂオが盗まれたのよ!」
「はぁ? お前馬鹿じゃないのか?」
「わかってるわよ! あたしが馬鹿だって事は! だからもう何も言わないで新しく仕事をちょうだい!」
「ふーん…そういう事ね。でもそうやってまた働こうとする、真面目なところが好きだぜ、ソニア。ゴミ出しでも行ってきてくれ」
 ゴミ出し待ちのゴミ袋の位置は既に知っている。いつもの定位置にピタッと置かれている。それが自分への嫌味にしか思えないソニアは、ゴミ袋を担ぐと足早になった。

 公共のゴミ箱は鉄製である。中に行儀の悪い野良猫を入れるために、鍵までついていて立派である。
 ソニアが鍵をあけ、蓋を開くと中には、ジン=ハウザーが捨てられていた。
 とりあえず一度、蓋を閉めて考え直すソニア。彼は私のラヂオを盗った犯人だが、寝ているのか死んでいるのか。そしてラヂオはどこへ? 起こそうとは思うが、もし死んでいたらちょっと嫌だ。でも起こすしかない。
 触るのは嫌なので、ナイフの先でジンの尻を突いてみた。
「いでぇーーー!」
 生きていると分かるとすかさず蓋を閉め、鍵を掛けるソニア。これで一安心だ。
「ちょ、ちょ、ちょっと待て! お前は誰だ!」
 ゴミ箱の中で暴れながら叫ぶジン。ソニアがゴミ箱を蹴りつける。
「静かになさい! この盗人!」
「誰だよお前は! 早くここから出せ!」
「あたしは昨日、あんたにラヂオを盗られたとっても可哀そうなソニア・ホルストマンよ。あんたは確か、ジン=ハウザーとか言ったわよね?」
「…やべ」
「昨日盗ったラヂオはどこにあるの!?」
「あの箱はラヂオっていうのか? 言うかよ、ボケ」
 そう言うと箱の外が静かになり、放置されたのかとジンは思った。しかし、しばらくするとソニアが戻ってきた。
「ラヂオは?」
「言わねぇよ」
「いいの?」
「何が」
「言わないと大変よ」
「知るか」
「あ、そう」
 ソニアは拾ってきたガラスの破片でゴミ箱を引っ掻いた。鉄製のため、「あの嫌な音」がソニアの耳はもちろん、ジンは体中でその音を受け止めた。
「あーっあーっあーっ! 止めてくれ!」
「ひぃひぃ、どう!? 言う気になった!?」
「ラ、ラヂオの事か!? 言わねぇよ!」
「言いなさい!」
 ソニアはガラスの破片でコツコツと箱を叩いた。
「言うもんか!」
「お願いだから言って! あたしもこの音が苦手なのよ!」
 キーィィッ、ギッギ、キュゥイイーーッ!
「言います言います言います! ごめんなさい! 俺が持ってます! ゴミ箱の中です!」
 ソニアが急いでゴミ箱を開けると、ジンはラヂオを差し出すように持っていた。
「最初から、こ、こうすればいいのよ。はぁはぁ。ふー」
「お前、ソニアとか言ったよな。あれ、耳がなんか変だな。まぁいいや」
「待って、あたしもちょっと耳がおかしい」
「無茶するからだ。音が変わって聞こえるなぁ」
「それで、なんなのよ。あっ、耳が痛い…」
「お前、あのめくらの女とどういう関係なんだよ。あの女、俺を捕まえておいてラヂオを盗るのかと思ったら、俺をゴミ箱に閉じ込めてそのままどこかに行きやがった」
「…ごめん、まだ耳がおかしいみたいだわ。話がよくわからないの」
「だからな、あの女…」
「二ノ宮って言うのよ」
「二ノ宮は俺の事を見つけておいて、ラヂオを盗らなかったんだ。確かあたしがソニアさんのラヂオを持ってたらソニアさんに何言われるかわからないとかなんとか…」
「…言ってる事がよくわからないわ」
「耳のせいじゃないだろ」

「ソニア、遅かったな」
 八兵衛が次の仕事を用意して、店の前で構えていた。
「なくしていたラヂオが見つかったわ」
「えっ? どこにあった?」
「こいつが盗ったのよ」
 ジンの襟首を掴み上げ、八兵衛の前に突き出した。
「連れてきてどうするんだ」
「ちょっと別の事情でね…政府を相手にする前に、ケジメつけさせたい娘がいるのよ」
 ソニアは八兵衛のタバコを勝手に吸い始めた。
「それをこいつに手伝ってもらおうと思って…ねぇ、ジン君」
「お前ら何語で喋ってるんだ?」
「英語くらい話せないの?」
「全然」
「八兵衛さん、悪いけど日本語で話してくれる?」
「なんだよ、君は外国人のクセに日本語しか話せないのか?」
「二ノ宮にもそう言われてゴミ箱の中に閉じ込められたんだ。役立たずに用は無い、って」
「二ノ宮って誰だ?」
「あたしを裏切っためくらの女よ。そいつを痛い目に合わせるまで、このガキを金で雇ったの」
「ソニア、そんな雇う金なんてあるのか?」
 ソニアは英語で答えた。
「あるわけないじゃない。あたしはこのガキを許した覚えなんてないわ。二ノ宮同様、いずれはこいつも一緒に…」
 ソニアは床にタバコを吐き捨て、その火を足でねじる様に踏みつけた。
「おい、おい、なんで急に英語に戻すんだ? 俺にもわかるように話せよ」
「あ、ごめんね。八兵衛さんと話してると反射的に英語で喋っちゃうのよ」
「ふーん…そう。で、今のは何て言ったの?」
「今の? ふふ、お金の事なら心配しないで。間違っても借金するような事はしないから。二ノ宮一人に手こずるはずもないし。って言ったのよ」
 ソニアが嘘をついている事をわかっている八兵衛だったが、もちろん黙っていた。代わりに笑いを堪えて眉がピクピク動いていたが、ジンには見られないよう、後ろを向いていた。

 そして春芽町にも朝が来る。齋藤 祐毅、鏑木 勇也の二人がラヂオのために春芽町を訪れていた。額に落ちたカラスの糞の冷たさで目が覚めた齋藤は、鏑木と行動を共にするかどうか迷っていた。
「どうしよう…正直、かったるいんだよなぁ。でも俺、春芽町じゃあらゆる場所で会話できそうにないし…」
 独り言を呟く斉藤の腕を、鏑木がしっかりと捕まえる。
「一緒だよ」
「…お前が起きる前に逃げればよかった」

「…で? どうするの? 片っ端から店を覗いてみる?」
 眠い目をこすりながら、齋藤が鏑木の後ろをついてくる。
「いや、こういう事は慎重に、情報収集からやりましょう」
「なんでお前はそうやって几帳面なんだよ…」
「嫌なら帰りますか? 一人で帰って珊瑚さんになんて言われるか」
「あークソッ! せっかく来たんだから観光しようぜ!」
「ダメダメ、大人って不真面目だよねー。齋藤さん、あの喫茶店なんか怪しげで教えてくれそうじゃない?」
「…待て、観光しよう」
「齋藤さん?」
「観光しよう。見ろよ」
 齋藤が指差した先には、みすぼらしい格好をした男がリンチに遭っていた。みすぼらしく見えるのは、あまりの暴行に服が乱れてしまってそう見えるのかもしれない。男は角で小さく丸まり、反撃する気迫さえ感じられない。パンクファッションに身を包んだ二人の男女が、しつこく男を踏みつけていた。
「何あれ?」
「あんな貧乏っちい奴をいじめて何か出るのか?」
 そのうち、パンクの腰元の袋に目がついた。やたら重そうな袋をぶら下げている。よく耳を澄ませると、中からはお金の音がする。
「『もっと出せ』って言ってるんじゃないの?」
「どうする? 横取りしちゃう?」
「いっちゃいますか?」
「いっちゃいましょう」
 齋藤は二本の刀、鏑木は細身の剣を背中から取り出した。
「鏑木、その針みたいな剣で背中に差すのは格好悪いって言っただろ。そういうタイプの剣は腰に差すんだよ」
「いいじゃないか、憧れだったんだよ、背中に差すのが」
 二人で会話を交わしながらパンクの男女へ歩み寄る。
「鏑木は女の方をやれ。俺は男の方を」
「いいよ」
 お互いに目で合図を取りながら静かに歩み寄り、同時に踏み込んだ。
「とりゃ!」
「ほれっ!」
 しかし齋藤の刀は間一髪のところで青白い炎の上がった素手で止められ、鏑木の剣は分厚いベルトに刺さっただけだった。
「やべ…」
「誰だお前?」
 パンク男は魔道士だった。そのまま素手で二本の刀を押さえながら齋藤を蹴り飛ばし、距離が生まれたところで衝撃弾! 屈んでかわした齋藤は右手の刀で大振り! 余裕を持ってかわすパンク男。齋藤はその大振りの刀を地面に刺し、それを支点にしたまま左のフェンスを蹴って左の刀に体を預けて追撃! パンク男はまったく読みきれず、刀に斬られてしまった。
「鏑木!」
 齋藤が鏑木を見ると、得意のフェンシングでパンク女と睨み合いをしていたが、みすぼらしい男がパンク女の背中に何かを投げつけると、鏑木は隙を見逃さず、脇腹に剣を一刺し! パンク女は脇腹と背中を押さえながら地面に倒れこんだ。
「おいしいところ、盗られちゃったな」
 鏑木がリンチに遭っていたみすぼらしい男に向けて言った。
「大丈夫ですか? 立てます?」
 齋藤が男に近寄ると、男は齋藤につかまりながらよろよろと立ち上がった。
「あぁ…ありがとう。最後の一枚…残っていてよかった…」
「最後の一枚? なんですそれ?」
「…あの女の背中に投げたやつの事だよ」
 鏑木がパンク女の背中を見ると、血の滲んでいる部分に硬貨が刺さっているのがわかった。
「これ、お金だよ。小銭だ」
「コインなんて武器にするんですか?」
「あぁ、そうだよ…だから俺は『コイン』って呼ばれる事もある…まぁ、通り名ってやつかな」
 佐々木はまだ齋藤の肩に寄りかかりながら、虚ろな目をしていた。


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