私がアイドルっ!
「毎度ご乗車いただきまして、ありがとうございます…」
運転手の声が車内に響き渡る。
駅から住宅街の方に向かうバスのためか、朝だけど特別に混んでいるというわけではない。
スーツを着た男性・女性、男子学生・女学生。
大まかに分けてもこの程度だ。
そんな車中、私は上の空で窓を通り過ぎていく景色を眺めている。
途中で小学生の集団登校の列に遭遇した。
上級生が下級生をリードして、しっかり学校まで連れて行っているようだった。
しばらく乗っていると、桜並木を通る。
私の目指している停留所は、その桜並木のちょうど真ん中辺りにある。
「次は〜、桜花学園前〜。お降りの方はバスが止まってから…」
丁寧に運転手がアナウンスする。すると停留所はすぐそこだ。
運転手はゆっくりとブレーキする。
するとブレーキは、やや古い音を立てて『キキィィー』と止まった。
ドアの開放と共に、制服を着た学生達が一斉にドアから外に吐き出される。
その中に私も紛れ込んでいった。
水揚げされた魚群の中に放り投げられる、1匹の魚のように。
私は時任 千歳(ときとう ちとせ)、高校2年生。
勉強は中の下、運動も普通。
スタイルだってクラスの女の子の中では、目立たない方。
これといって特徴のある女の子ではない。
でも1つだけ言えないことがあるんです…。
私、実は…………アイドルなんです!
それも3流の…。
中学生の時、友達が私のことを『かわいい』って言って
無理やり送ったオーディション申込み書がすべての始まりでした。
書類審査に受かり、あれよあれよといううちにトップに上りつめて受かっちゃったんです。
その時は、夢のようでした。
今まで特に目立たなかった私が、今度は皆さんの前に立って色々やるんです。
合格した以上は『がんばるぞ!』って心に誓いました。
芸名は『藤時 チトセ(とうとき ちとせ)』ただ本名をもじっただけの名前です。
でも、現実ってそんなに甘くないですよね…。
歌は売れないし、イベントに来る人もまばらだし…。
中学の時は皆に応援されていたけど、私の選んだ高校は中学の時の
人たちが一人もいない高校。だから皆、私がアイドルだって夢にも思ってない。
私が自分の口から言ってもしょうがないし…、こんな3流アイドル…。
バスを降りると桜の匂いが頭に抜けるように広がった。
春、今は春だ。
新クラスも決まり、皆が新しい友達を作ろうと頑張る季節。
空を見上げると透き通るような青・蒼・藍。
「どこまで続いているのだろう?」そんなありきたりな小説の主人公が言うような台詞。
そんな空。
そんな空を眺める。すると自然と言葉が出た。
「今年こそ頑張るぞ〜!」
『キーンコーンカーンコーン』
「え?え!?チャイム!?遅刻!?」
ごめんなさい…、最初からくじけそうです。
「時任 千歳、遅刻1な」
教室に担任の声が鳴り響く。
うぅ…、バス停でボーっとしていて遅刻するアイドルなんて、そんなのないよぉ…。
しかも新学期初めての遅刻が、間に合ってたのにぼーっとしていての遅刻なんて、
やっぱりアイドルに向いてないのかも。
クラスにまだうまく溶け込めてないし、こっちの方も何とかしなくちゃ。
「それじゃ、各自1時間目の授業に向けて用意しておくように」
そういって担任は出て行った。急に教室中がざわざわする。
すると私の席の後ろの方で、男子が集まって何かを見ています。
聞き耳を立てて、会話を聞いてみると。
「やっぱり柏 ナナはかわいいよな!」
「あぁ!女優としてもやっていけるし、ホント万能だな!」
どうやら少年マンガ誌の巻頭グラビアを見ているようです。
私も、ああいうところに乗るまでになりたい。
柏さんみたいに、注目される女の子になりたい…。
そこでピン!っときました。
柏 ナナさん?
あの人が出ている今週の少年マンガ誌には、確か小さく私の写真集の告知が載っていたはず!
宣伝しなくちゃ…、何気なくさり気なく、不自然じゃないように。
おもむろに席を立った私は、いざ男の子が集まるその席へ。
「ね、ねぇ?」
「あ?えっと…時任さんだっけ?」
「そ、そうそう。か、柏 ナナちゃんって可愛いよねー」
「そ、そうだよね…」
「でもこの雑誌、もっと色々な女の子達もちょこっと載っているんだよ〜。ほら霧島 育子ちゃんとか、七倉 瑠衣ちゃんとか、藤時 チトセちゃんとか〜…」
「へ、へ〜。でも霧島さんと七倉さんは知ってるけど、藤時さんって言うのは初耳だな〜…」
そうだな。そうだな。といってうなずく周りの男子達。
そこはかとなくショックな私…、でも負けません!私!
「と、藤時さんは中学でデビューして今は高校2年生みたい。な、なんか年齢的には絶頂期って感じでしょ?」
「ま、まあね…。というか時任さん芸能詳しいんだな?ひょっとしてアイドルマニア?」
・・・・・・・
がーん!私が、私自身がアイドルなのにアイドルマニア呼ばわれ!?
失敗した…完全に失敗したよ…、うぅ…。
「そ、そういうわけじゃないんだよ。ちょっと知ってただけだから」
『キーンコーンカーンコーン』
1時間目始業のチャイムが鳴る。
「あ、ご、ごめん!席戻るね〜!」
「う、うん…」
あぁ…、絶対変な娘って思われた…。
何でこう、いつもいつも失敗するんだろう…。
私のバカバカバカ!
っといって、自分の席に着くなり自らの頭をポカポカ。
「どうした時任?頭痛いのか?」
声に驚き顔を上げると、すでに1時間目の授業担任の化学の先生が…。
「あのぅ、なんでもないですから。大丈夫ですホントに」
「そうか?ダメだったら無理しないで言えよ?」
なんか頭痛と間違えられてるし!あぁ、行動起こすとろくなことない…。
午前中は大人しくしてよぉ…。
『キーンコーンカーンコーン』
4時間目が終わり、昼休み。
私はいつも一緒にお弁当を食べている1年生の時からの仲良し、本間 和泉ちゃんを自分の席で待つ。和泉ちゃんは、背は私より低い。
でも身長以外のスタイルが、明らかに私よりいい…。
さばさばした性格もクラスでは受けが良かったし、何よりも男女問わず人気があった。
私とアイドル交換しても和泉ちゃんの方が絶対に売れると思うし。
仲良しだけど和泉ちゃんに会うたびに、アイドルとしての自信をなくすような気が…。
しばらく待っていると、教室のドアのところでクラスの知らない男子が
「時任さん、本間さんって言う人が来てるよ」
と教えてくれた。そのドアの向こう側をガラス越しに見ると
和泉ちゃんがニコニコしながら手を振っていた。
1年生のときは、この笑顔に何人の男子が虜になったのか…。
そして断わられ続けたのか…。
数えるだけでも嫌になってくる。和泉ちゃんは『学園の』アイドルだ。
本物のアイドルも歯が立たないぐらいの…。
「千歳?なにボーっとしてるのよ」
「うん?いやぁ、私もどうやったら和泉ちゃんみたいな人気者になれるのかな?と思ってさ〜」
「な、何言ってるの?私、人気なんてないよ?」
「勉強◎・容姿◎・おまけに性格まで◎とくれば、人気ないわけないでしょ?和泉ちゃん学校中で凄い人気だよ」
「えぇ…!」
屋上でお弁当のお箸を顔を真っ赤にしながらかちゃかちゃと弄繰り回す和泉ちゃん。
この可愛いしぐさを、まじまじと見せ付けておいて自覚がないんだもんなぁ…。
罪だわ、この娘。でもそれを鼻にかけないところが和泉ちゃんのいいところ。
それ故に人気があるんだろうけどね。
「ところでバイトはどうなの?」
自分に不利な話と見たか、和泉ちゃんは私にまったく違う話を振ってきた。
「バイト?…あぁ、頑張ってるよ…」
和泉ちゃんの言う『バイト』とは私のお仕事『アイドル』だ。
とても仲のいい和泉ちゃんだけど、未だに私がアイドルということを伝えていない。
もっと売れるようになってからじゃないと恥ずかしいと思っていたのが
大きな原因の一つだったのだが、一向に売れる気配もないし、このまま話せないのかなぁ、なんて最近思ってきた。
「なんか元気ない返答だね?バイトで何かあった?」
神妙な面持ち。
和泉ちゃんは私が元気がないと心配してくれているんだな、と心の底から思える。
「ううん、大丈夫だから気にしないでよ」
「そ、そぉ…?」
和泉ちゃんは心配な顔をしながらも、深追いはしてこない。
本当に私のことを分かってくれているのだな。
その後は、数分の沈黙が流れる。
黙々とお弁当を消化していく二人。
第三者から見たら奇妙な光景だ。女の子二人が屋上で喋りもせず、お弁当を食べているのだから。
「ぷっ…」
するとこの空気に耐えられなくなったのか、和泉ちゃんが吹き出した。
「あはは、そんなに真面目に考えない方がいいよ。千歳らしくもない」
その和泉ちゃんのセリフに『?』を浮かべる私。
「え?何がおかしいの?」
「だから千歳らしくないって言っているのよ。千歳はもっとパワフルでおバカでなくちゃ♪」
「お、おバカって…!むー!和泉ちゃんのバカぁ!」
「ほら、それでいいじゃない。いつもの千歳に戻った」
「え?」
「何があったか知らないけど、いつもの自分を崩さない方がいいよ?千歳の魅力が死んじゃうからね。クラスにだってまだ馴染めてないんでしょ?千歳の性格なら、すぐにでも友達できるわよ」
そういえば校門前で誓いを言ったものの、クラスでの失敗や雲の上の存在の人に『敵わない』と思って、どこかで気後れしてたのかも。
そんな気持ちを和泉ちゃんは読み取って、気づかせてくれたんだ。
やっぱり和泉ちゃんには、心も外見も敵わない。
「う、うん…無理しない程度に頑張ってみる」
「そうね、それでこそ千歳。でも、はしゃぎ過ぎは禁物よ」
「そ、そんなの分かってるよ!」
「人が心配してるのに何よその言い方」
「知らなーい。あぁ〜、5時間目始まっちゃう。ダッシュ〜!んじゃね、和泉ちゃ〜ん♪」
「こ、こら!待て千歳―!」
今は和泉ちゃんに恥ずかしくて面と向かって『ありがとう』と言えそうにはない。
私って素直じゃないな、でもいい友達がいてよかった。
心からそう思えた。
これからは自分を前々に出していこう。
和泉ちゃんが言ったとおり、いつもの自分をどこででも出す努力をしよう。
午後の授業も終わり、私は帰路に着く。
学校前のバス停で桜花駅前行き『桜88』のバスを待っていると携帯が鳴った。
私のマネージャー、木場さんからの電話だ。
「ハイ、もしもし」
「あ!千歳ちゃん!?次の仕事入ったよ!」
「え!?本当!?何のお仕事ですか!?」
「イベントでのコスプレ撮影会!」
「…………」
「んじゃ、詳しいことは事務所に来た時話すから!」