Fate/under the star dust





    分かっている。これは運命。

    人は生まれながらにして運命を背負っている。

    キリストは貼り付けにされる運命にあったし、ガリレオは地球が丸いことに気がつく運命だったし、コロンブスは卵を割る運命にあった。


    …なんか最後のは違う気がするけど。


    ともかく、物事なんて大体が生まれながらにして決まっているのだと思うのだ。

    だから、これから起こることを、私が変えることは出来ない。

    それは運命で定められたことだから。

    あと10秒。

    運命のチャイムが鳴れば、その運命が私を襲うだろう…。


    3,2,1

    「キーンコーンカーンコーン」


    「ガラガラガラ」

    いつも通り、止まりかけのぜんまい人形の様に、チャイムの音きっかりにゆっくりと教室を出ていく6限の古文の池田先生。

    そして、池田先生がゆっくりと扉を閉め出ていくと同時に、勢いよく開け放たれる後ろのドア。

    「すぴか!」

    そして、元気よく顔をだし、私こと、早乙女すぴかの名を呼ぶ少年が登場する。


    ほら、運命はいつもと変わらない風景を、私のところに届けにきた。。。


    運命なんて、それはまた大層な言葉を使うなって、笑う人もいるかもしれない。

    だけど、これは自分が生まれる前からほぼ決まっていたこと。

    これを運命と呼ばずして、一体何を運命と呼ぶのか?っと思うわけだ。


    牧尾歩。

    我が家のお隣さんであり、生まれた時からの幼馴染であり、そして、今現在も同じ高校に通っている腐れ縁である。

    子供っぽい容姿は、大きめの制服をだぼだぼ来ている姿と相まって、一つ間違えると初めて制服に袖を通した小学生の様にすら見える。

    そんなところがかわいいと言う人もいるみたいだけど…。

    でも、お互いにオムツも取れない頃から付き合ってるわけで、私には正直そんなふうには見えない。

    この年になってもニコニコと私の後をついてくるその姿。

    私にとっては子型の愛玩犬に似ているといった感想しかない。

    そして、今もまたこうやって満面の笑みで私を迎えに来ているわけだ…。


    突然の来訪者にもクラスメイト達が特に反応を示すことはない。

    私が通う桜花学園は帰りのHRがないため、最終授業が終わった今は、各自自由に部活に行くなり、帰るなり、教室でおしゃべりに興じたりしている。

    だからといって、6限が終わった瞬間に人の名前を言いながら飛び込んでくるような人は、もちろん、殆どいない。

    様は、皆が慣れてしまっているほど、歩の来訪は日常化しているのだ。


    「ほらほら、すぴかちゃん。歩君来てるよ」

    自分の名前が呼ばれたのに、一向に反応しない私に、前の席の千歳が声を掛けてくる。

    もっとも、千歳も放っておいたって、歩が勝手入ってきて私のところまで来ることは知っている。

    これはズーンと淀んだオーラを出している私に「ほらほら、そんな暗くならないで…元気出して」と暗に励ましてくれているのだ。

    現に千歳の顔には同情にも近い苦笑いが浮かんでいたりもする。


    「すぴか!」

    「…そんなに名前呼ばなくたって聞こえてるよ。恥ずかしいなぁ」

    ニコニコと笑う歩にズーンと不機嫌な声で返す私。全く持って対象的な二人の図。

    「今日部活おやすみだよね?だったら天文台まで行こう。今日は開放日だっておじさんが言ってた」

    私の不機嫌なオーラを全く意にかえさず、歩はやはりニコニコと楽しそうに言う。

    「確かに今日は部活休みだけど、私勉強とかしないと…」

    「あ、そうなの?だったら夜僕が教えてあげるよ。勉強ってすぴかの苦手な理系でしょ?」

    「あと見たいドラマとかあるし…」

    「九時からの「Dear my friend」でしょ?取ってあるからあとで一緒に見ようよ」

    「それに帰って家のことしないと」

    「朝、おばさんが『今日は早く帰れるから家のこと出来るわってすぴかに伝えて』って言ってたよ」

    …私は心の中で大きなため息をつく。

    いつものことだから、こうなることは分かっていた。分かっていましたとも。

    私がどんなにあがこうとも、結局は歩の言うとおりに振り回されてしまうのだ。

    くどい様だけど、これは運命。私にとって逃れられない運命。

    だから、ひさしぶりに早く帰って、家でまったりとした時間を過ごすことや、友達と駅の甘味屋まで行って、あんみつを頬張りながらおしゃべりに華を咲かしたりすることや、素敵な彼氏とラブラブな時間を過ごしたりすることに、私はさよならをしなくてはならないのだ。

    …最後のは相手がいないし、二つ目は土曜の部活が終わった後にいつも行っているけど…。

    だけど悲しいものは悲しいのだ。

    私の心は去り行く甘美な時間達の姿を見て、失意のどん底に沈んでいく。


    「ま、まあまあ。すぴかちゃん。そんな世界が終わるような顔しないでも」

    前の席の千歳が、さっきよりも苦虫を更に5匹ぐらい噛み潰した苦笑いを浮かべながら私を慰めてくれる。

    「ま、牧尾君。今日も天文台に星を見に行くの?」

    「うん。毎週月曜日は天文台が開放されていてね、あそこの天体望遠鏡は国から助成金を貰って造った物だから、かなり性能がいいんだ」

    それに私を巻き込まなくても…っと心の中で呟く。

    「そ、そうなんだ。楽しそうだねぇ。わ、私も今度見に行こうかな」

    「うん。そうしなよ。おすすめするよ〜。特に今日は乙女座の流星群が見れるからすっごくキレイだよ。天文台からじゃなくても見えるから、夜、空を見上げてみてよ。ほんと流星群ってキレイなんだから」

    「うん、うん。時間を見つけて見てみるね。うん、そうするね」

    なんとかこの微妙な空気を浄化しようと、千歳は必死で笑顔を浮かべながら話を続ける。

    地味であまり目立たないけど、実はかなりかわいい千歳がそれをやると、本当に空気が浄化して行く様な気がするから不思議だ。

    私は以前からその千歳の持つ華には一目置いている。

    ついでに将来アイドルなんかになっても結構いけるんじゃないかと思ったり思わなかったりもしてる。

    「ほらほら、すぴかちゃん。今日は流星群が見えるんだって」

    でも、この今の状況だけは相手が悪い。どんなに千歳ががんばっても、私と歩の温度差は埋らない。

    「あ、あはは」

    千歳が乾いた笑いを浮かべる。さすがの千歳もギブアップ寸前らしく、下がった目尻は泣きそうに見える。

    「…はぁ」

    私はもう一度、今度は実際にため息をつく。

    そして、もろもろの思いはそのため息に乗せて、外に放り出してしまう。

    「用意してから行く。歩も用意あるんでしょ?バス停で待ち合わせね」

    「うん。わかったー。じゃあまた後でねぇ!」

    そう言うと、来た時と同じ様にばたばたと騒がしく走り去って行く。

    約束を取り付けた顔は、無邪気な子供の様に楽しそうな顔だった。


    「あーっと。うん。い、いつも大変だね、すぴかちゃん」

    「ううん。もう慣れたよぉ。それより千歳こそご苦労様ぁ」

    全く関係ないのに巻き込まれ、必要以上の精神的疲労を受けた前の席の友達を労う。

    「あはは。こっちも慣れたかも。毎週のことだしねぇ」

    「あはは。そうだねぇ。毎週のことだもんねぇ」

    乾いた笑いを浮かべる二人。華の女子高生だと言うのに、なんとも暗い光景。

    「さてっと」

    私は動かない重い腰にぐっと力を入れて持ち上げる。

    一応、どよーんとしたオーラを纏っていても、そこは華の女子高生。「どっこいしょ」などと間違えても言わない様に気をつけなくてはいけない。

    「じゃあ行ってきますかねぇ。千歳はバイト?」

    「あ、うん。いつも通り。今日も労働に勤しんできます」

    「最近、バイトのシフト増やしたの?忙しそうだね」

    「うん、そうなの。こう見えても、色々がんばってるんだぁ。へへへ」

    なんともうれしそうな顔をして答える。今の私とは見事に正反対な顔。

    千歳は放課後バイトをしているらしく、よくそそくさと帰っていく。何をしているのかまでは知らないけど。

    部活で毎日が忙しい私には、バイトと言う世界はちょっと気になる世界だったりもする。

    「そっか。じゃあ、お互いがんばりますか」

    「うん。がんばろう!あ、ところですぴかちゃん」

    「うん?なに?」

    ちょっと恥ずかしそうに千歳が私を呼び止める。

    「あのね。りゅうせいぐんってなに?実は私知らなくて…」

     
    やはり、千歳には天性の癒しのセンスと言うか、そんなものがあるのではないか、と思う。

    その言葉に、私の陰鬱とした気持ちは少しだけ癒されたし。

    私は意地悪に「教えてあげない」っと言って、不満げな声が響く教室から逃げ出した。


    教室からバス停へ向かう足取りは、千歳のおかげだいぶ軽くなっていた。

    私も千歳の様になれたらいいな、と思う。

    千歳は何に対しても前向きで、いつも明るい。

    引き換え私はいつも何かを引きずりながら、どよーんとしたオーラを出してしまう。

    部活のソフトボールで今ひとつ花開かないのも、そこらへんが関係しているのではないかと自分でも思う訳だ。

    この前の試合でも三振した後の守備でエラーをした。結局そのミスからあたえた失点で負けたし…。


    あーだめだだめだ。

    折角千歳が気持ちを軽くしてくれたと言うのに、また暗くなってきてしまった。

    放課後の喧騒の中で私は一人立ち止まり、大きくため息交じりの深呼吸。


    人生と言うのはあきらめが肝心だと、最近私は思う。

    齢16にしてこの考えは老けすぎと友達に(というか千歳に)言われたけど、仕方がない。

    それもこれもきっと運命なのだ。

    全ては生れ落ちた星の下に定められた事なのだ。きっと。

    そう思うことで、幾分気持ちは楽になって、前を向いて歩けるようになる。

    歩に振り回されるのも、いろんなことを引きずってしまうのも、簡単なサードゴロの捕球に失敗したことも、ついでにちょっと太いこの足も、全部運命によって決められていたこと。

    だから全部諦めて、ため息交じりの深呼吸と共に外に押し出してしまう。

    そうすれば、全部がなくなって消えてくれる訳ではないけれど、だいぶ気持ちは軽くなる。


    そうして、私はバス停までの道をまた歩き出す。

    きっと歩がいつもの様にシッポ振って待っているだろう。




    予想通り、歩はバス停でニコニコしながら待っていた。

    本当にシッポがあったら、はたはたと左右に元気よく振っていただろうなぁっといった感じで…。

    「ねぇねぇ、すぴか。コレ見て」

    バス停に着いた私に、歩は雑誌を差し出す。

    「なんなの、これ?」

    私はとりあえず受け取りながら、気のない返事を返す。

    「これは前回の乙女座流星群の時に取った写真だよ。今回のはコレより大規模だから、もっとすごい物が見れるはずだよ。それに…」

    徐々に会話に熱がこもってくる歩をひとり放っておいて、私は目線を元から見てなかった雑誌から、学校の校門の方に何気なく移す。

    と、ちょうどそこに、ソフトボール部の優希が、同じくソフトボール部の智美と亜衣を連れて校門を出てきた。

    …やばい。

    そう思って視線を逸らそうとする…。

    「あー!カップルがいる、カップルが!」

    時既に遅かったらしい。格好の暇つぶしの標的を見つけた優希は、嬉々とした表情を浮かべながらこちらに向かってくる。

    「いいな〜。いいな〜。すぴかは彼氏が居て〜。こうやって部活がない日は二人でデートだもんね〜。羨ましーい!」

    このこのぉっと、肘で私の胸を突っついてくる。正直、こちらとしたら代わって貰えるなら代わって貰いたいぐらいなのだけど…。

    「ちょっと、優希。やめなよ〜」

    「そうそう、かわいそうじゃない」

    後からついてきた智美と亜衣が助け舟を出してくる。

    「折角二人でデートなのに、邪魔しちゃ悪いって」

    「そうそう、悪いって」

    …分かっていた。格好の標的だもんね。楽しいもんね。私だって楽しいと思うもん、する側なら。

    「…あのさぁ。いつも言ってるけどちがうから。私と歩は」

    「良いって良いって。分かってるよすぴか。照れなくていいから」

    ぽんぽんっと肩を叩く優希。

    「なんだかんだでいつも一緒だし」

    「やっぱりカップルにしか見えないよねぇ〜」

    なんて、智美と亜衣も盛り上がっているし。

    だめだ、頭痛がしてきた…。

    …特に後ろで「自分は無関係」って感じでへらへらしてる男が、頭痛にさらに酷くしてくるし。

    「で、そこのとこどうなのよ、牧尾くん!」

    と、ここで突然優希が歩に話を振る。ご丁寧に手をなにか握っているような形にしてだ。

    「ん。あ、斎藤さん。こんにちは。どうしたの?」

    雑誌から目を離し、今気付いたように答える。

    「え…あ、こ、こんにちは」

    この反応には流石の優希も肩透かし。

    ちなみに、長い経験から言うと、この場合、歩は本当に話を聞いてなかった。

    歩は熱中し出すと回りが見えなくなる性格なので、今までの会話はもちろん、優希が来ていたことすら、多分、本当に気がついていなかった。

    「う、うん。でね!牧尾くんはいつもすぴかとよく一緒にいるけどさ、そこんとこどうなのよ?」

    しかし、優希も流石。一度タイミングを外されても、諦めず食らいついていく。

    「うん。毎週月曜は天文台が開放されてるから、一緒に星を見に行ってるんだ。今日もこれから行くんだよ。特に今日は…」

    「いや、そうじゃなくてさぁ…。すぴかとの関係と言うか…」

    体勢を崩されながらもなんとか粘る優希。流石は粘りが信条のエースピッチャー。

    「すぴかとは幼馴染だよ。家がお隣さんだし、家同士、仲がいいんだ。それに、すぴかのお父さんは天文学者で…」

    しかし、それでも歩はマイペース。優希の質問にキレイに的を外した答えを返す。

    「むぅぅぅぅ!」

    …あ、その流石の優希もそろそろ限界っぽい。

    あくまでものらりくらりとする歩に明らかにいらいらきてる…。

    そして…。

    「だから、そうじゃなくてさ!すぴかのこと好きかどうかってこと!」


    スパーン。


    フェンス越しのグラウンドから、野球部のエースが投げるストレートの音が聞こえてくる。

    そして、

    「うん。僕はすぴかのこと好きだよ!」

    カキーン。


    空に済み渡るような気持ちのよい金属音が聞こえてくる。投げたピッチャーが振り返らないぐらいの見事なホームラン。

    そこに、颯爽とした風を纏わせて背番号『桜88』のバスがホームに滑り込んでくる。

    私は歩の手を引っ張り、固まっている三人を放っておいて、バスに乗り込んだ。

    …これで、明日の練習後は何かを奢らされることになるだろうなって思いながら。





    「こんにちは、おじさん」

    「おお。歩くん、すぴかいらっしゃい」

    小高い丘の上にある天文台は、国が援助しているとは言うものの、規模自体はこぢんまりとしている。

    薄暗いドーム内には大きな観測台が中央に鎮座している以外に殆ど物がなく、がらんとしているため、広く、やや寂しい雰囲気を感じる。

    そんなドームの中心に一人ポツンと座っていたお父さんが、振り返りながら声を掛けてくる。

    「今日はついてるね。流星群が来るのに、誰一人見学者がいないんだよ。じっくり見ていけるよ」

    「もともと、人なんて来ないくせに…」

    ぼそっと私は呟く。

    この天文台はそれなりに立派な施設を持っている割に、普段から殆ど訪問者がいない。いわゆる穴場的なスポットなのだ。

    理由は、あまり人に知られていないのと、何しろ駅から遠いからで、バスにかなり長い間揺られないとつかない上に、そのバスも早い時間に終わってしまうため、非常に便が悪い。っというのが理由だ。

    その分、辺りは暗く、静かで、確かに星は良く見えるのだけれど…。

    「まあまあ、そんな手厳しいこと言わないで、二人で仲良く見れていいだろう?デート気分で」

    「…デートなんかじゃないし。なに言ってんの、ふん」

    お父さんの軽口を不機嫌に一蹴して、一人で望遠鏡の下にある、空が見えるテラス状の場所に移動する。

    「ううん、なんかご機嫌斜めか…。なんかあったのかい?」

    「うーん。僕にも良く分からないんですけど、さっきからあんな感じで。バスの中でも口きいてくれなくて」

    頭を捻る二人。説明も突っ込む気も起きない…。

    しばし、悩んだ後、二人は「ま、いっか」と言った具合で、そのまま星についての専門的な会話に突入した。

    …そんな天体オタクな二人は放って置いて、私は空を見上げる。



    空は雲ひとつなく済んでいる。

    黒に一滴の蒼をたらしたようなダークブルーのキャンパス。その上には、光り輝くスパンコールが無数に幾重にも散りばめられている。

    力強く輝く星や、小さくおしとやかに輝く星。様々な星全てがとてもきれいに光っている。

    壮大であり、可憐。躍動的であり静粛。

    まるですばらしい絵画に出会った時の様に、私はただただその星空を見つめる。

    …声を失ってしまうほどの絵になんて、出会ったことないけど…。


    なんだかんだで私もこうやって星空を見上げるのは好きだった。

    天文学者の家庭に生まれた子供だから、昔から星を見上げる機会は多かったし、その魅力にも触れてきた。

    お父さんが話してくれるお話は、星に関する物ばかりで、お母さんがよく呆れていたのを覚えている。

    夏休みの自由研究で天体観測をテーマにしたこともあった。

    今でも、部活の帰りで遅くなった時なんかには、ついつい星空を見上げて帰ったりもする。

    一年生の冬、部活が辛くて辞めたいって思った時には、キレイなオリオン座に慰められたこともあった。

    だからだと思う。なんだかんだでこうやって、今日もこの場所で夜空を見上げているのは。



    流星群はまだなのか、星空は静かにたたずんでいる。

    「もう少ししたら流星群が落ちてくるはずだ」

    いつの間にか隣に歩が立っていた。

    「…今日は望遠鏡でみないの?」

    「うん。流星群ともなると、広範囲だからこうやって裸眼見たほうが良く見えるんだ」

    そう言いながら少年のような瞳で、歩は空を見つめる。

    歩は大体お父さんと望遠鏡を眺めていることが多い。それを横目に、私はここで星空を見上げているのがいつもの構図。


    こうやって近くで見て、改めて思う。

    今、歩の目に映っているこの夜空と、私の目に映る夜空は違うのだろうと。

    私の目に映るこの夜空は、あくまでも美しい絵画の様な物で、遠くから眺めているだけの物。

    しかし、歩の目に映る夜空は、絵画の様な平面ではなく、遥か遠くまで広がっていく空間。そして、自分自身が輝く場所。


    歩の天体好きは既に趣味のレベルを超えている。

    仮にもその道の専門家であるお父さんと同等の会話が出来るほどの知識を持ち、暇な時があれば専門書を読み漁る。

    この前、学校で出された進路志望届けにも、宇宙工学が有名なアメリカの大学名を書きこんだ。

    もちろん、書くだけなら誰にでもできるけど、歩はそれが実現できるほどの学力を実際に持っている。

    よく、そんな歩を天才と言う人がいるけど、それは大きな間違い。

    歩の家は至って平凡な家庭で、お父さんは天体好きの普通のエンジニアだし、お母さんはほわわんとしたオーラを持つ、かわいい専業主婦。

    歩自身も幼い頃から特別な才能を見せたりといったことはなかった。

    むしろ小学生の頃は勉強も運動も私より出来なかったぐらいだし…。

    でも、中学生になった頃から、歩は具体的に宇宙に関る仕事をしたいという夢を持ち、そこから猛然と勉強を始めた。

    へらへらした外見の裏で、歩は血の滲む様な努力を重ね、いくつもの多きな障壁を乗り越えてきた。

    そして、どんな大きな障壁を越える時でも、辛い顔は見せず、常に明るくへらへら顔で乗り越えてしまう。



    そんな歩が、私は羨ましく、尊敬し、そして少し嫉妬してしまっていた。。。




    「あ、始まった」

    その歩の声で、視線を夜空に戻す。

    長い尾を引きながら、一つの流れ星が空を駆け抜けて行く。

    それが合図かの様に、スパンコールを振りまいた、ダークブルーの舞台の上で、流れ星達が次々とワルツを踊っていく。

    「わ!すごい!流星群の時でもこんなにいっぺんに見えることってあまりないんだよ!」

    興奮気味の歩の声が聞こえる。

    確かに、その姿は幻想的で引き込まれるほどキレイ。

    楽しそうに踊る星達を見ていると、頭の中で渦巻いていた、運命だとかそんなもやもやなんか、全てバカらしく感じてしまう。


    「…うん。すごく、キレイ」

    私はそう素直な気持ちを呟く。

    私はやはりこうやって星を眺めるのが純粋に好きだ。

    天文学者の子供だからとか、歩に振り回されてだとか、そして運命だからだとか。

    そんなのはこうやってここに星を見に来ることに対する言い訳。

    そう、言い訳なんだ。

    ただ、星を眺めているだけで、中途半端な自分と、星の世界に入り込んだ歩。そのギャップを埋めるための。

    もちろん、私も天文学者になりたいと言う訳ではない。

    でも、今までずっと私の後ろをくっついてきた歩が、自分を追い越し、どんどん先へ行ってしまう。

    それが嫌なのだ。

    そして、そんな風に嫉妬する自分もまた、嫌なのだ。

    だから、運命なんて言葉を使って自分を誤魔化しているのだ。


    本当は分かってる。運命なんて物は自分で切り開いて行くものだって。

    歩は自分の努力で宇宙への道を拓こうとしている。千歳の性格だって、いろんな経験があった上に成り立ってる。この前の私のエラーだって練習が足りないだけ。

    そして、毎週の様にこの場所に来ることだってそう。

    別に本当に嫌だったら、長い付き合い歩の誘いはいくらでも断ることは出来るのだから。


    ちらりと歩を見る。

    更に目を輝かせて星を見つめている歩は、こちらの視線に気付く気配すらない。

    その柔和で子供の様な目の中で光る、一つの星。

    その星は強い意志の光を湛え、力強く光っている。

    夜空に浮かぶどの星よりも、力強く、キレイ。



    その星に吸い込まれそうになって、私はあわてて目を逸らす。


    空では星が、一つ、また一つと夜空を滑っていく。

    その光景はとてもキレイで、私を素直にさせてくれるけど…。

    でも…。




    「…ふぅ」

    「あれ?すぴか、どうしたの?ため息ついて」

    「別にぃ。ちょっと深呼吸したくなっただけだよ」

    そう。それは大きなため息交じりの深呼吸。

    それで完璧にすっきりするわけではないけれど、気分はだいぶ軽くなってくれる。

    隣を見れば、不思議そうな顔をしている歩。

    「…なんか、これは諦めが肝心じゃないと思ってさ。納得できないし」

    歩に聞こえない様に口の中で、そう呟く。


    「ところでさ、歩。確か流れ星って願い事を叶えてくれるんだよね?」

    「あ、うん。そんなおまじないもあるよね。普段はとっさにそんなこと出来ないけど、こういう時なら上手くいくのかもね」

    私は空をじっと凝視して、新しく星が流れるのを待つ。

    「折角だからさ、なんかお祈りしようよ。歩は宇宙に行けますようにってさ」

    「うん。そうだね、折角だし。…すぴかは何をお祈りするの」

    「秘密。歩には教えてあげないよー」

     
    歩が不満げな声を上げた時、空の片隅にきらりと光る物が現れる。

    慌てて私はお祈りを口の中で呟く。

    「お星さま、私のお願いは…」



    流れ星が『了解』と、三回瞬いて空に消えていく。

    歩が「はくしゅん」と三回、大きなくしゃみをした。