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Dr.フェリックス・ヴァンケルによって考案された、理論上の動的損失が最も少ない内燃機関、ロータリー・エンジン。 通常のレシプロ・エンジンに比べて遥かに小型軽量で高効率な「奇跡のエンジン」の実用化に多くの自動車メーカーが挑戦した。だが、余りの技術的困難から、ほとんどのメーカーが開発途上で量産化を断念する中、マツダはこれに社運を賭けて取り組み、長い苦難の歴史を乗り越えて実用化に成功した。 今日、ロータリー・エンジン搭載車を生産する自動車メーカーは世界中でただ1社、マツダをおいて他にない。 今ここにモデルカーで振り返る、マツダ・ロータリー・スポーツその栄光の足跡。 |
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マツダ・コスモ・スポーツ L10B(1968) NSUヴァンケル・スパイダーに次いで世界で2番目のロータリー搭載生産車として67年にデビューした。ジェット戦闘機をイメージしたコンパクトなボディに、491cc×2の10A型ユニットを搭載し、当時の2リッター車に匹敵する最高速度200km/hを豪語した。自動車用エンジンとしては2ローターは世界初の実用化である。レシプロ車とは異次元のスムーズで強力な加速力に世界中が驚嘆した。 当初、耐久性に疑問を投げかける声があった為、マツダは積極的に海外の耐久レースに出場し、マラソン・デ・ラ・ルート等のビッグ・イベントで見事完走を果たしてそれを払拭し、技術力の高さを見せつけた。 L10B型はホイールベースが延長された後期型で、操安性が大きく向上した。純粋なスポーツカーゆえに量販は望めなかったが、ロータリーのイメージリーダーとしての役割を果たした。 |




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マツダ・サバンナAPクーペGT(1973) 71年に登場したグランド・ファミリアは、ファミリアとカペラの間を埋める中間車種であったが、そのボディにコスモと同じ10Aユニットを搭載した兄弟車がサバンナである。高価なコスモに替わってロータリーを広く普及させる役目を負い、セダン/クーペ/ワゴンのワイドなバリエーションを展開した。 73年にはエンジンを12Aにスイッチしてパワーアップ。クーペのレーシング仕様「RX−3」はハコスカGT−Rのライバルとしてサーキットを席巻し、その連勝をストップさせた。パワーに脚回りが追い付かないジャジャ馬的性格だったが、性能に比して安価だった為、若い走り屋たちから絶大な支持を受けた。 この時代、マツダはフルライン・ロータリー化を標榜し、ピックアップ・トラックやマイクロバスにまでロターリーを搭載していたが、やがてオイルショックの到来によって「ロータリーはガスイーター」という悪評が主に北米で広まり、経営危機に陥って方針転換を迫られる事になる。 |

