スパッド XIII

    SPAD S.XIII



     スパッドはフランスが生んだ最高傑作機のひとつである。20世紀全般を通じて航空先進国であったフランスは、今次大戦にも優良な軍用機を配備していたが、運用面で決定的にドイツに後れをとって潰滅する。その教訓は自由フランス軍とソ連義勇軍において活かされることになるが、それはともかくとしてこのスパッドは当時、イギリス以外の連合国各軍で広く使用され、その名機ぶりをいかんなく発揮した。やはり多くのエースを生んだ傑作機S.VII型の改良機種で、並行設計されていた革新的なXIIS型が案の定失敗したため、こちらが量産された。火力とエンジンパワーの向上を目指しているが、反面、操縦は以前より難しくなっている。ともすればソッピース・キャメルの名声に隠れがちだが、じゃじゃ馬に等しいキャメルに比べれば扱いは易しく、フランスのスパッドとイギリスのS.E.5aによって連合国は勝利したと云っても暴言ではないはずだ。当時最速の単座戦闘機のひとつであり、運動性よりも速度を重視したことが結果的に本機の成功に結びついたと云えるだろうか。

    ○航空機関連機器製作株式会社Societe Anonyme Pour L'Aviation et des Derives製ほか、1917.6〜休戦
    ●235馬力イスパノ・スイザ8BE列型液冷エンジン1基、最高速度222km/h、実用限界高度6650m、乗員1名、7.7mmビッカース・マクシムMk.I機銃2挺。

     モデルはイタリアの首席エース、フランチェスコ・バラッカFrancesco Braccaが1918年6月15日、最後の勝利を挙げたときの乗機。恐らくブレリオ製。イタリア貴族の家に生まれたフランチェスコは平時に王立ピエモンテ騎兵隊将校として勤務したあと、1912年には航空隊に転籍した。最初の戦闘は同年のイタリア・トルコ戦争で経験している。その後イタリア航空隊の教官などを務め、1915年、母国が連合国側に立って参戦するや、当時パリ駐在武官だったバラッカは先任将校としていずれ前線に立つこととなる。
     バラッカは最初ニューポール偵察部隊に配属されていたが、初戦果を挙げたあと戦闘機部隊に転属。参戦の翌年の冬に5機目のスコアを挙げたあと、彼は跳ね馬Cavalino Rampanteのエンブレムを機体に描くようになった。これはかつて所属していた第11山岳騎兵連隊の標章である。その後スパッドVIIから編成される第91中隊の指揮官を務め、多くの戦果を記録した。バラッカはスパッドXIIIよりもVII型のほうを好んでいたが、戦死したときの乗機もVII型だった。炎上した機体の外で発見された彼の手には拳銃が握られており、額には弾痕が残っていたが、彼がなにから逃れるために自決を選んだのかは定かでない。
     バラッカの名が飛行機ファン以外にも知られるようになるのは1923年、母パオリーナ伯夫人がフランチェスコのトレードマークだった跳ね馬のエンブレムを、一人のイタリア人レーサーに遺贈したときからである。彼の名はエンツォ・フェラーリという。

    ○最終階級少佐。公認戦果34機。1918年6月19日戦死。


     キットはエッシーESCiのもの。モールドはレベルRevelに比べると誇張気味で却って良い。最初の躓きは主翼のはじが溶けてるところ。削り直す。湯口もパテとヤスリで整形する。次の躓きは胴体の左右が合わないこと。役に立たないダボは削り取り、下側を基準に合わせて、ずれはパテで埋める。もともとフォンクの機体を作るつもりだったが、レベルのキットも手に入れたので、そっちをフォンク用にする。エッシーは最初からバラッカ指定だからとゆうのもある。ばかの一つ覚えのようにバフで下塗り。この時代の飛行機は大体が羽布張りだから、下塗りにはとりあえずバフを塗っとくが吉。座席とインパネは省略。あるものでなんとかなるだろ。
     操縦索がほとんどない代わりに、翼間支柱の張線が一番厄介なので、支柱を下翼に組み付けてからこれを張る。今回は0.2ミリの白金線を使ってみる。全部で16本。実のところ内側翼間支柱の張線は、くの字に折り曲げた白金線で手を抜いている。お気楽モデラーはこうでなくっちゃね。あとはエルロン動作クランクを0.8ミリ黄銅線で自作。これは上翼下面に取り付けるものと、支柱下部に見えている長方形のものと2種類必要になる。上翼をつける前に胴体と下翼の塗装を済ませ、排気管とやはり透明板で作った風防をくっつける。
     上翼を載せたあとは飛行・着陸張線張り。これは本来ダブルなのだが、0.2ミリではまだ太いのとめんどくさいとでシングルに省略。それから本当ならラダーの操縦索が少しだけ見えているのだが、これも省略。足周りを組み上げれば、あとは仕上げの塗装をするだけ。足掛けはモールドされていたのを削って0.3ミリピアノ線での自作。プロペラの塗りはベースをフラットアースにしてみたけど、上塗りをクリアオレンジのいつものパターン。デカールはキットのものをまんま使う。余白が多いので予め裁断しておくのがいい。迷彩は推定だが、ほぼファクトリーフィニッシュ(ブレリオ)のままだと思われる。なぜか図面には主翼のラウンデルが描かれていないので、ほうっておく。タミヤカラーユーザとしては色数が少ないのが悩みの種なのだが、ライトグリーンはスカイで代用してある。いやなに、混色は趣味じゃないのだ。
     スパッドはアルバトロスよりも小さめで、スケールが1/72ということもあるが、結構引き締まって見える。翼面積が小さい分、旋回競争では有利だっただろう。


    バフを塗りたくった機体に、翼間支柱の張線を予め張る。クランクも自作。

    ものすごく厭になる作業だが、張り終わってみればかっこいい。今回張った張線は全部で32本。

    モータースポーツファンにはおなじみの「跳ね馬」エンブレムは国籍標識の後ろ。
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