スパッド VII

    SPAD S.VII



     ドペルデュサン飛行機会社の倒産を受けて再編されたS.P.A.D社のルイ・ベシュロオ技師が生み出した傑作機。1916年9月から実戦投入され、翌年名機XIIIが登場してからも第一線を退かなかった。同時期の僚機ニューポール17に比べ格闘性能で劣るが、速度で勝る。また、強靭な機体で生存性能の高さもポイントだった。列国の飛行機の中でもひときわ上翼保持位置が低いのが特徴。しかし風防がコクピット回りに設置され、これが却って視界を悪くしていたため、一部の部隊では風防を縮小または撤去している。1次大戦の名機スパッドはイギリスやイタリアなどほとんどの連合各国の航空隊に供与され、フランス航空隊のシゴーニュ(こうのとり)連隊で活躍したルネ・フォンクやジョルジュ・ギヌメールのほか、のちのエースの多くが本機を愛用した。なお、日本人最初のエースと目される人物が、フランス航空隊に義勇兵として志願従軍した滋野大尉であり、彼の愛機もまた本機であった。

    ○航空機関連機器製造株式会社Societe Anonyme pour L'Aviation et des Derives製、1916.9〜終戦
    ●175馬力イスパノ・スイザ8A列型エンジン1基、最高速度193km/h、実用限界高度5500m、乗員1名、7.7mmビッカース・マクシムMk.I機銃1挺。

     モデルはアリステア・コーンウェルArester Cornwellの乗機。もともとスコットランドの家系である米国有数の資産家一族に生まれ、幼少より機械や発明が趣味だったコーンウェルは、イギリスに遊学中に初めて飛行機を操縦する。帰国後も自作の飛行機をとばすなど相当の才能を持っていたようだが、旧大陸で戦端が開かれると銃後に安穏として暮らすことに疑問をもち、一族の反対を振り切って航空志願兵として渡欧。ベルギー北方で初めて実戦に参加するものの、同日夕刻、格闘戦に夢中になる余り、別の敵機に撃墜されてしまう。敵エースの乗機が機銃故障したのを見て、戦場には無用の騎士道精神を発揮した一瞬の隙をつかれての、実にあっけない戦死だった。
     とまあここまで書けば、彼が何者だか見当つく人もいるとは思うけど。ステアの乗機は僅かに描かれている尾翼形状(三角形)、機銃(前方機銃1挺)、支柱(片側4本、うち内側翼間支柱はH字)、エンジン回り(カウリング、エキゾーストパイプ)等を元に比定してある。ちなみに彼とドッグファイトを演じたハーディ・シュニッツェルの乗機はフォッカーD.VIIと思われるので(エルロンが欠けているのが気にはなるが、尾翼回りの形状は間違いなくフォッカー一族)、時代は1918年春以降のはずなのだが、話の前後関係からは1916年または15年晩春と推定されるので、実はつじつまが合わないことがバレる。興味のある方は「キャンディ・キャンディ」第6巻(文庫版)を参照のこと。

    ●最終階級少尉(推定)。戦果0。1915年または16年ひょっとすると18年の5月戦死。


     キットは老舗エアフィクス。これほどの名機でありながら、スパッドVIIの1/72キットはこれしか入手できないのはどおゆうことか。ドイツ人より味方のほうが殺された人数が多い、とまで揶揄されたソッピース・キャメルばかりが連合国の傑作機ではないぞ。例によって半世紀ほども古いキットなので、いろいろと難儀する。まずだいぶパーツが柔い。モールドはもはやどうでもいいとして、流し込みが足りないんじゃねえかと思うくらいに貧弱なパーツが散見される。コクピットには珍しく座席がついていたので、そのまま使う。インパネはプラ板。やはり珍しく付属している風防もそのまんま使用。分厚いのは許す。機銃の取り付け位置が違うのでオフセットしてやる。
     ステアの乗機は資料だとカウリング正面にめがねが描かれているのだが、本来はもちろんラジエータグリルが露出しているので、ここは資料を優先してプラ板でカバーをかけてしまう。これだとただでさえ悪かった冷却性能は抜群に低下するのだが、まあ構うこたねえやな、実機じゃないんだし。だいたいにおいて利用不能なキットのプロペラも、今回だけはなんとか利用してみる。代わりが見つからなかったせいもある。排気管の形状はまあ悪くない。本体側の取り付け部を若干修正してやればいい。
     支柱の上翼取付部が大きすぎるので8割方削ってやる。それでも上翼の位置が実機より高い。しかしだいぶ気力が失せていたので、湯口の処理ともどもかなりいい加減な処置にとどまる。意外に形状の良くできた上翼を取り付ける前に、翼間支柱を下翼に固定しておくのはセオリー通り。0.5ミリ黄銅線で自作した胴体支柱の補助支柱4本を取り付けた後、上翼を載せる。張線はいつもの0.2ミリ白金線なのだが、張ってみてさすがに再考しなければならんと思った。やはりテグスを使うしかないのか。脚周りはパーツが貧弱なことこの上ないので、左右間にシャフトを通し、その上に補助板をのっける。根気がある人はパテで整形するよろし。そしてラダーの操縦索は省略。
     塗装に関してはVII型のスパッド標準の全面ベージュ。尾翼のトリコロールをフランスと逆にしたのはやはり資料優先のため。しかし主翼のラウンデルは原作の濃淡からすればフランス軍のものだから、結果なんともちぐはぐな格好になってしまうのだが、それはいがらしゆみこに云ってくれ。胴体の根拠不明な機番と文字は、さらのデカールに手書きである。あ、ステップ作るの忘れた。


    パーツの主脚間飛行安定板は貧弱すぎるので、真鍮線を通して補強。この上(写真では下側になる)に安定板をくっつけてやる。

    むりやりつけたカバーにめがね。これがないとステアの乗機にならん。胴体支柱周りもいろいろ工作してやる。

    胴体の番号はどこから拾ってきたものかわからないけれど、とりあえず原作通りに描いてみる。
INDEXへ戻る 写真はすべてExa I + Makro Kilar E 3,5/40による

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