ブリストルF2b

    Bristol F2b



     1次大戦でもっとも成功した戦闘機と云われるブリストル戦闘機はフランク・バーンウェルの設計になり、複座の大柄な機体で一見爆撃機か偵察機といった風情がある。投入当初は高度な機動は危険であり、戦闘は複座偵察機として(つまり後方機銃を主火器として)行うよう訓練されたために、加えてリヒトホーフェン・サーカスのパトロール空域内に出撃してしまったために、中隊長機を含む2機が捕獲、4機撃墜という不名誉な実戦デビューを喫してしまう。一時は同型機の撤収も考えられたが、細部に改良を加え(これがF2b)、やがて強力なエンジンと頑丈な構造のお陰で、速度、機動性とも単座機に見劣りするものでないことが判ると、搭乗者はF2.bを普通の単座戦闘機と同じように(前方機銃を主火器として)扱うことを覚えた。かくて全方位に攻撃可能な戦闘機となったブリストルF2bは、偵察・爆撃もこなす万能戦闘機として高名を馳せることになった。しかし本機の成功は、のちのメッサーシュミットMe110を生み出す、航空兵器思想の硬直をももたらすことにもなったのである。

    ○大英帝国飛行機会社The British and Colonial Aeroplane Company製、1917.4〜終戦
    ●270馬力ロールスロイス・ファルコンIII列型液冷エンジン1基、最高速度198km/h、実用限界高度6553m、乗員2名、7,7mmビッカースマクシムMk.I機銃1挺、7,7mmルイス旋回機銃1〜2挺、爆弾積載量240ポンド。

     モデルはアンドリュー・エドワード・マッキーバー大尉Capt. Andrew Edward McKeeverの1917年末頃の乗機。銃手はパウエル軍曹Sgt. L.F.Powell。
     マッキーバーはカナダの生まれで、多くのエースたちと同様、最初は地上の塹壕戦を経験した。はじめは単座機パイロットを希望していた彼が陸軍航空隊Royal Flying Corpsへ転籍したのはわりと遅く、1917年に入ろうとする頃であり、5月に訓練課程を終えて配属された第11飛行中隊11Sqn.は、旧式のB.E.2型偵察機から新型機、つまりブリストル戦闘機への転換を済ませたばかりだった。彼はこの複座戦闘機で、同年末までに同型機最多の31機のスコアをマーク。これは銃手としてコンビを組んだパウエル軍曹による8機のスコアを含んでおり(英軍は複座機銃手の戦果を操縦者にも加算する)、同軍曹は偵察兵のエーススコア保持者となる。翌年1月、前線を退いたアンドリューは英本土でカナダ空軍の創設と指揮に参画し、戦後は母国に戻っている。
     1919年9月に遭遇した自動車事故の怪我が元で、その年のクリスマスに死去。

    ●最終階級中佐。公認戦果31機。1919年12月25日死去。


     モデラー復帰第1号として製作を始め、完成までに7ヶ月かかったという超大作。なわけもない。操縦索に怖じ気づいてずうっとほったらかしだったんだよ。なにしろ基礎塗装を終えて優に半年は埃被ってたんだから、いい加減なもんだ。キットはご存じエアフィクス。
     最初期の頃だったのでコクピット周りの加工はさっさと挫折、おざなりにシートを乗っけたあげく、結局フィギュアを使ってごまかすことにする。そのフィギュアも塗装、かなりめちゃくちゃなんだけど・・・。ルイス旋回機銃の旋回座は、キットのそれが折れてしまったので0.5ミリ黄銅線で自作してある。
     最初の関門は支柱。一本一本がばらばらなので、微妙に前傾角をつけて固定、上翼を乗っけるとゆう作業がむっちゃ煩わしい。瞬間接着剤でなんとかやっつけたが、若干捻った支柱が散見される。エキゾーストパイプは前半部がモールドなので、気になる向きは後半部との接点をパテで整形する方がいい。ここまでは基本塗装を終えてから作業。このあと張線を張る。これが厭で半年もほうっておいたはずなのに、その間6機も張線張ってたんだから、もはやなにがなんだか判らない。今回も張線は0.3ミリピアノ線。なんだかんだ云ってもこれが一番ラク。テグスでチャレンジする方は、飛行張線がダブルなので注意されたい。本体の大きさに比べて小柄な主脚周りは、各部との接点が多いので意外に固定作業も難しくない。
     エレベータとラダーには、最初からクランク用にと黄銅線をぶっ刺しておく。これも本来ならプラ板か真鍮板で作るのがベターだろう。胴体脇のエレベータ操舵用クランクロッドは爪楊枝の切れ端で工作。翼間張線を張る前、できれば上翼を取り付ける前に準備した方がいい。作例では主翼固定後に取り付けたからかなりめんどくさかった。翼間張線を張ったあとにはみ出した接着剤の汚れを修正し、主翼ラウンデル以外のデカールを貼る。キット付きのデカールを使用したが、機番がちょっと大きめだ。80%くらいに縮小するのがベター(どうやって?)。ちなみに塗装は説明図の記載のままで、例によってHUMBROLの番号指定のみだから色は推定。上面と胴体は実機ではPC10という塗料を使っているが、よくわかんないのでカーキドラブを使用。下面はおなじみバフ。機首のグレーはダークシーグレイで、プロペラブレードの先端もこの色を使った。尾翼のトリコロールはデカールを使わず、手描きのほうが仕上げやすい。
     操縦索と尾翼の張線はデカールを貼ったあとに張る。この操縦索はニューポールやフォッカーのように尾翼を貫いていないから、実はそんなに面倒ではない。翼端下の緩衝ワイヤは0.5ミリ黄銅線で、主翼ラウンデルを貼ったあとに取り付ける。デカールを貼る前にピンバイスで穴をあけておくとラク。今回はしょったワイヤ類はエルロン操縦索やらなんやらでなお10本余りあるのだが、それでも残り50本張ったことになる。二度と作りたくない機種だ。


    接着剤が固まるまでメンディングテープで主翼を固定する。

    機体後部。座席等作るのを忘れたのでフィギュアを乗っけてある。機銃はわざとずらした。

    ほかの機種に比べると主脚の長さが結構短い。そのため翼端下には緩衝用のワイヤが取り付けられている。
INDEXへ戻る 写真は一部を除きPraktika mat + Flektogon 2,8/35による

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