フォッカーD.VII(フォッカー製初期型)

    Fokker D.VII



     第1次大戦中のすべての軍用機の中で傑出した性能を誇るフォッカーD.VIIも、最初は多くのトラブルに悩まされた。1918年1月の戦闘機試験で本機のテスト飛行を行い、貴重な助言を与えたリヒトホーフェンは結局、実戦配備後もDr.Iを愛用したまま戦死してしまった。とはいうものの、実戦に参加した本機は優先的に歴戦の部隊へ配備されたこともあって、瞬く間にその高性能ぶりを発揮した。なにより本機の優れた点は、平均的技量のパイロットでも容易に扱えて、しかも非常に強靱な構造を持っていたことだ。フォッカー社はDr.Iの時点ですでに張線を必要としない機体設計に成功していたが、本機は2,3の支柱が折れても飛行可能なくらいだった。その後も数々の改良を重ねて戦闘力と信頼性を増していったD.VIIではあったが、スパッドXIIIやソッピース・スナイプに比肩もしくは凌駕する機体もまた、時局を転回させるにはその投入があまりに遅かった。連合国が休戦条約の一条をさいてまで本機の引き渡しを要求したことは有名な挿話で、移送時にわざと着陸に失敗して大破させた部隊もあったという逸話が残っている。
     フォッカー工場のほか、アルバトロス工場やOAW(Ostdeutsche Albatros Werke)製の機体もあり、エンジンや外装などでいくつかのバリエーションが存在する。

    ○フォッカー飛行機製造会社Fokker Flugzeug Werke GmbH製ほか、1918.4〜終戦
    ●185馬力BMW IIIa列型液冷エンジン1基、最高速度186km/h、実用限界高度6900m、乗員1名、7,92mm LMG08/15シュパンダウ機銃2挺。

     モデルはフーゴ・シェーファー少尉Ltn. Hugo Schaeferの1918年夏頃の乗機。彼についてはあまり詳しいことは判っていない。1915年に陸軍に入隊し、飛行隊には17年に転籍した。戦闘機乗りとしてはJasta15でアルバトロスD.Vに搭乗して活動し、中隊長のベルトホルトとともにJasta18に異動した。18年春にベルトホルトがJG.IIの司令に昇格してからは、一時期その傘下に入ったJasta15の指揮を執ってもいる。シェーファーはその機体で有名であり、アルバトロス時代から恐らく一貫して、羽のついた蛇の個人マーキングを使用したものと思われる。赤い機首にブルーの胴体は、Jasta15の部隊マーキングでもあった。

    ●休戦時階級少尉。公認戦果11機。1920年2月3日死去。


     キットはローデンのもの。フォッカー製初期型。今回が2機目のローデンだ(一族を含めれば3機目)。しかし相変わらずバリの海にパーツが埋もれている上に、意外とパーツのかみ合いが悪くて難儀する。下翼取付部の隙間が少なくて、左右1ミリ近く削り取らなければならない。非常に良くできているエンジンの組み込みも一筋縄では行かず、あちこち補強と修正を加えてある。ほとんど見えなくなっちまうんだけどね。
     コクピット内はごらんの通り、キット自体がかなり再現しているので、基本的に追加してやることはない。余力があれば内壁の補強ワイヤや、床を走りまくってる操縦索を自作すればよい。シートベルトはお好みで(最近作ってないな)。水平安定板には写真や図面を参考にエレベータ操縦索用の通し穴を開けておく。胴体の組みが終わったら塗装。翼面はバフで下塗りしておく。サーフェイサよりはこのほうがいい。とゆうのも5色ローゼンジパターンのデカールを貼るときに、どうしても破れたり穴があいたりしてしまうからだ。なに、それは下手だからってか。
     このローゼンジデカール、むっちゃ貼りにくい。だいたい翼の形に切り抜かれていないから自分で裁断することになるのだが、テキは立体なもんでそううまくいかない。グンゼのマークソフターを塗りたくってもなじまないので、翼端部分は大雑把に仕上げてポインティングする方がいいだろう。マスキングシートを作って自分で塗るのも吉。すっげえめんどうだけどね。デカールを使用するなら支柱を取り付ける前に上翼下面と下翼上面のローゼンジを貼り、主翼取付後に上翼上面と下翼下面を貼る。ほんとうはリブテープを貼らなければならないのだが、本機はライトブルーの羽布でなくローゼンジの羽布を裂いて作ったテープなので、省略してしまう。ブルーテープの場合は1本1本貼るよりは描いてしまったほうがラクだろう。
     翼間支柱はこれが結構長さが合っていなくて難儀した。角度も調整しなければならない。キットのままだと傾きすぎるのだ。真上から見て排気管が上翼前縁から半分ほど見えているくらいが望ましい。今回は翼間支柱取り付け、上翼乗せ、胴体支柱取り付けの順番で組んでいる。事前に長さあわせをやっておかなかったので、胴体支柱の長さが足りないことが判明、0.5ミリ黄銅線で自作した。なお、胴体支柱のうち左右各1本が主脚支柱と同じ場所に取り付けられているので、先に主脚を組んでおくと固定しやすい。
     張線は主脚に2本、安定板補強に2本張るだけで済む。ブリスフィットを作ったあとだとなんとなくスカスカな気分だ。エルロン操舵索4本をコクピット近くに張ってやるとよりリアリティが増すが、割愛。同様にエルロンのクランクも作っていない。ほかにはフォッカー一族恒例の方向舵と昇降舵の操縦索を張る。いずれも0.2ミリ洋白線を使用。手かけも同様。ステップはキットのパーツを使わず、0.3ミリピアノ線。
     小物類を装着後、胴体と尾翼のバルカンクロイツを貼り、塗装の修正をする。特に本機は胴体の国籍標識がブルーで上塗りされているので、それを再現してやる。最後に主翼の十字とパーソナルマーキングの羽蛇デカールを貼り、例によってバフ塗りにクリアーオレンジ仕上げのアクシャル製プロペラを取り付けておしまい。5色ローゼンジの羽布さえなければ割と作りやすい機体だろう。


    BMWエンジン、コクピット、インパネのパーツ。

    機体後方からの外観。主翼端の白いステンシルは手をかける場所を示すもの。

    張線がないので少しスカスカに見える。
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