| 第一章 〜ネット将棋との出会い〜
●ビビが将棋を本格的に始めたのは、高校1年の冬頃(注1)だろう。念願のパソコン(注2)を買ってもらい、インターネットができるようにはなったものの、みたいページをほとんど見つくし(注3)、yahooゲームでオセロを楽しむ日々が何日か続いた。そんなある日、ふと「僕はオセロより将棋のほうが好きじゃないか?」と思い、yahooで将棋と検索したところ、将棋倶楽部24(注4)(以下24)を発見。無料ということで、すぐさま会員登録。あまり自信がなかったので当時の最下級(注5)であった10級(R600)で登録。 さっそく指し始めるが・・・余裕で負ける(爆)。その後もずっと負けつづけ、ようやく落ち着いたのが、R250前後(注6)。入場者のなかで一番下に自分の名前が表示されたこともあった。このころ僕はまちがいなく『最弱の棋士』であっただろう。ここから僕の将棋人生は始まるのである。
●将棋の上達への一番の近道は、感想戦(注7)だ。少なくとも当時はそう思っていた(爆)。感想戦をしているうちに、チャットの面白さに気づいてきた。そうしているうちに、takuya.tさんとyukinyaさん(注8)と仲良くなり、3人で師匠を決めることになった。これがのちの師匠戦(注9)の原型だ。ちなみにそのときの優勝者は僕である(爆)。しばらくして、第二期師匠戦が開催されることとなった。今回は3人だけでなく、24の掲示板を使って参加者をよびかけ、盛大なトーナメントをすることとなった。この時期、24の掲示板でちょっとした大会ブームが起こっていた。そんな中、師匠戦スレッドを見るために毎日のように24の掲示板をチェックしていると、僕たちと同じように大会を行っているグループを発見した。ハイアガローズ(注10)というグループがラグ杯という大会を行っていたのだ。僕はいつしか、師匠戦のスレを見るときにはラグ杯もいっしょに読むようになっていた。ある日、普通にR対局していると、ハイアガローズの一員であるcaptainさんとの対局となり、対局終了後、いつも掲示板みてると言ってみたところ、キャプさんたちも師匠戦のスレを読んでてくれてたということで、僕もハイアガにいれてもらうこととなった(謎)。ここにハイアガビビが誕生したのである。
●ある程度棋力がついてくると、大会に出て、腕試しをしたくなってくるものだ。僕はソフトテニス部所属だったが、将棋の大会に出るため、囲碁将棋部と掛け持ち(注11)をすることとなった(クラブにはほとんど顔を出さなかったが)。そうして初めての大会(注12)。高校2年の春のことである。当時24での棋力は6級前後。そのときは、1回勝てたらいいなくらいの謙虚な気持ちで臨んだ。ところがなんと予選通過!決勝トーナメントでも1回勝つことができ、ベスト16(注13)と大健闘だった。次の大会(注14)でも同じくベスト16と、もはや県大会で決勝トーナメントの常連となったのである。しかし、次の大会(注15)で予選落ちという無残な結果を残すのであった。当時24での棋力は5級前後であった。試合形式は、4〜5人の予選リーグで、上位1人が決勝トーナメントに進出するという具合だ。このときの気持ちとしては、余裕で近畿大会出場を決める(注16)と思っていた。いままでの経験から、予選リーグでは定跡知らない人がほとんどだったからだ。予選リーグは各校ランク1どうしがあたらないように組まれるのだが、顧問の先生(注17)がより多く決勝リーグにあがれるようにと、わざわざ下級生をランク上に持ってきてくれた。そのおかげで僕はかなり下のランクでの登録となったのである。予選リーグ。相手が考えてる間に横目で同じリーグの対局を観察していると(余裕?!)、四間飛車穴熊(注18)をしている人がいた(以下T君)。見ていると結構強そうだった。でもその時は、相手が四間飛車なら得意の右四間飛車で撃破すればすむことだ程度にしか思っていなかった。そしてT君との対局(注19)が始まった。ここまでお互いに全勝。勝ったほうが決勝トーナメントに進出することができる。序盤は予想通りの展開。▲T君四間飛車穴熊VS△ビビ右四間飛車となった。T君が先手ということと、98香を省略(注20)してきたということもあり、こちらがまだ米長玉(注21)に組みかえてる途中で攻められる展開に。おまけに銀の割りうちまで喰らってしまい、防戦いっぽうの展開となった。それでもあきらめず最後まで指したが、結局負けて予選落ちとなった。投了のとき、あまりの悔しさから、あいさつをせずに即ざりしてしまったことを、この場を借りてお詫びしたい。そしてこの大会でT君は、初参加にして準優勝という偉業を成し遂げ、みんなを驚かせたのだった。
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注釈解説
注1:この頃が学力全盛期 |