第一話 「月曜の朝」




「今日も雨……か」
 朝食を片付けていた美汐はテレビの天気予報を見ると、形の良い眉をひそめて小さくため息をついた。
「ん?美汐、今日何か用事でもあるのか?」
 広げていた新聞を下ろして祐一が尋ねた。
「あ、いえ、ただここの所ずっと雨が続いているでしょう?」
 確かに、と祐一も頷く。断続的にではあるが、もう一週間ぐらいは降り続いている。おかげでこの週末はどこにも行けなかったし、これから仕事に出かけることを思うと少し憂鬱になる。窓から差す日の光が弱いせいか部屋の中も幾分暗く感じるのだ。
 今度は祐一が小さなため息をついた。
「あ、ごめんなさい、朝からこんな話で」
 こういうときこそ元気をつけるのが妻の役目だ、と美汐はすぐに思い直してニコッと微笑み、
「でも、ほら、『明日からは天気も回復に向かうでしょう』ですって」
とテレビを指さした。
 その笑顔に照らされ、パッと部屋が明るくなる。
「ん、そうだな……」
 祐一もすぐにいつもの笑顔に戻った。何より美汐の気持ちがありがたかった。彼女のために働くなら雨でも槍でも苦にならない……。
 ひそかに幸せを噛みしめながら、祐一は美汐の淹れたコーヒーをゆっくり口に運んだ。

 テレビは天気予報も終わり、今日の運勢を三択式で占うコーナーが始まっている。
 他愛ない企画だな、と思いながらもどれにしようか悩んでしまう祐一だったが、ふと、そんな自分に違和感を覚えた。
 こんなに今日の運勢が気になるのは初めてだ。いつもは気にならない……のではない、こんなコーナーは見てもいない。天気予報の頃にはもう家を出る時間のはずなのだから!
 画面の時刻表示に今更ながら祐一は気がついた。
 慌ててコーヒーの残りを飲み干し、美汐に呆れられながらドタバタと騒々しく支度を整えるが早いか、
「じゃ、行ってくる」
 と言い残して祐一は玄関を飛び出した。
「あ、行ってらっ……」
 美汐が慌てて祐一を見送ろうと台所から出てきたときにはすでに、
バタンッ
 とドアが閉められた後だった。
 と思いきや、閉められたそのままの勢いで、
ガチャッ
 とまたドアが開いて、祐一がひょこっと顔を出した。どうやら外の曇り空を見て思い出したらしく、玄関脇でまだ湿り気の取れない傘に手を伸ばす。
 と、廊下の向こうで呆気に取られている美汐に気づいた。
「お、美汐、ただいま」
 そして間髪を入れず、
「行ってきます」
 と顔を引っ込めた。
「あ、行ってらっ……もうっ」
 またしても言いそびれてしまった美汐はすっかりむくれて、ぶつくさ文句を言いながら玄関の鍵を掛けに行くのだった。

 ふうっとため息が出る。 美汐にとっても月曜の朝は憂鬱だった。 学校に通っていた頃の感じとはまた違う。平日の朝はいつも忙しくて、ろくに会話もできなくて、夜が遅いときもあって、夫を会社に取られるようで嫌なのだ。

「まったく、だから祐一さんは……」
 となぜか祐一に責任転嫁したところで、
ガチャッ
 とまたまたドアが開き、祐一が顔を出した。
「……今度はなんですか?」
 むくれ顔を見せつけて美汐は皮肉を込めてみた。
「ああ、ちょっと忘れ物」
 祐一はまるで意に介してないふうにそう言うと、美汐の尖らせた唇に、

「!」

 キスをした。

「これを忘れてたよ」
 目が点になっている美汐の髪をクシャッとなでて祐一が笑う。
「もうっ、遅刻するんじゃなかったんですか?」
 やっと我に返って嬉しそうに悪態をつく美汐。
「おっといかん、そうだった」
 わざとらしく慌ててみせる祐一。
美汐はただ無邪気に嬉しかった。そして、深い感謝を込めて今度こそ、
「行ってらっしゃい」
と微笑むのだ……