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Prologue


「奴ら」は女を狙って殺す。
 前線の将兵は、その理由に関して、こう説明している。
 ―――奴らは昔、あくどい女に引っかかって痛い目見たのさ。


 当時の詳しい記録は残っていない。
 ある調査は、被害状況の逆算から、「奴ら」の最初の降下地点をアフリカ大陸中央部のどこかとしている。そこからあの、光に近い速度の進撃は始まったのだ、と。
 西暦二〇ニ九年七月九日。
 一応はそれが、公式な数字であるとされている。しかし、地球人類の近代産業文明崩壊をいつと見るかは研究所の数だけ見解が分かれているし、近年では、その種の研究自体が何の役にも立たない道楽とみなされるようになった。ただ、ひとつだけ確かなことは、あの日、二十四時間で全人口の四割が失われ、四十八時間で地上のすべての灯が消えたということ。そして、三十八年を経た今日もまた、「あの日」の続きであるということ。
 今もなお、「奴ら」の正体については、想像する以外にないというのが現状。
 野生動物説―――恒星間移動を可能にする何らかの能力を持った、いわば「野生動物」の集団である、とする者。
 生物兵器説―――地球侵略の意図を持つ異星人の送り込んだ生物兵器である、とする者。
 そして―――怒れる神が罪深き人類に差し向けた裁きである、とする自殺教徒。
 わかっていることといえば、「奴ら」が女を狙うこと。分布が地球に極端に偏っていて、月ではその活動があまり見られないこと。生成晶と呼ばれる卵、あるいは繭のようなものから一、ないし複数の個体が発生すること。せいぜいがそんなものだ。


 組織的と呼べる反撃が始まるまでには、六ヶ月の時間を要した。さらなる犠牲を払いつつも、人類は奴らの活動範囲を各地の局所的なエリアに封じ込めることに成功する。もっとも、これは公平な言い方ではないかもしれない。この時期に何かの理由で、「奴ら」の活動が一定のレベルで安定したらしい、ということが今ではわかっている。
 すでに国家は崩壊していた。情報は乱れ、生活に必要なすべてのサービスは過去のものとなった。略奪と虐殺、衣食足りなくなったとき、人は他の者にどこまで残虐になれるものか―――人類はまた、そのことを自らに対して証明した。このころに失われた人命のうちの半数以上が、凍え、腹を空かせた同胞の手にかかったものだと言われている。
 人類反撃の最初の砦となったのは月であった。火星植民計画の足場として、月は遥か以前から計画的に改造され、かなりの人的、機械的資源を保有していた。
 そして、兵力も。
 なぜ、月にあれほどの兵力が都合よく温存されていたのかを疑問視する声は今なお健在で、「上層部はこの災厄を予め予期していたのだ」とする俗説の論拠となっている。だとすると、その正体不明の「上層部」は、「奴ら」の攻撃目標は地球のみで、月にはその活動はあまり見られないということまでも事前に知っていた、ということになり、ひいては「奴ら」の正体についても、少なくともある程度は知っているのかもしれない―――ということになってしまう。しかし、人々の間で、この話がそこまで語られてしまうことはあまりない。
 怖いのだ。
 知りたいはずの、「奴ら」の正体を知ることが。
 自分たちを率いる者を疑うことが。

 月より降下した兵力、それに地球の残存勢力が合流してできた寄り合い所帯は、自らを「救世軍(サルベージョン・アーミー)」と称し、今なおそう呼ばれている。黎明期の救世軍にまつわるきな臭い話は数多く、とりわけ、「軌道猟兵」―――対立関係にある地球側残存勢力の殲滅を任務とする特務部隊―――が存在したことを、救世軍は未だ公式には認めていない。しかし、救世軍の力が次第に明らかになるにつれて、人類はなし崩し的に己が希望を彼らに託すようになっていった。
 そして、全女性人口月面移送計画―――「ジュリエット計画」が実施され、女性は月への強制的な疎開を余儀なくされた。女しかいない月と、ほぼ男しかいない地球ができ上がった今、その両方を合わせても、人類の総人口は五億にすら手が届かない。


 西暦二〇四一年、救世軍は地球、月の統一を宣言。敵性生物を「プラネリアム」と呼称することを発表。
 絶望的な戦いは、今も続いている。
 今。二〇六七年―――西暦。その言葉は、今では、何かの悪い冗談のように響く。宇宙人というのはもっと話のわかる奴だと、人類がそう思い込んでいたのは確かだ。崖っぷちまで追い込まれ、それでも意地になって西暦を数え続ける人類の、
 それは敵の名であった。