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■■■幽霊探偵並木漂白の日常■■■
4人はネットワークゲームで知り合ったメンバーだった。
ピンクのぽんぽん帽子のフォニュエール、サクラ。
体格のいいヒューキャスト、レオ。
腰まで届く長い髪のハニュエール、ミント。
モヒカンヒューマー、ピペピペ。
彼らは時間を合わせて遊ぶようになり、他のプレイヤーの多くがそうであるように、ささやかな「仲良しチーム」を形成していた。
日々数千人が繋ぐオンラインゲームの、たった4人に過ぎなかった。
そんな4人が、とある事件に巻き込まれたとしても、それは必然ではなく偶然のはずだった。
並木漂白は、幽霊である。
ネットの中にのみ現れることから、自縛霊といってもいい。
有機物を伴わずに意思を持つものを幽霊と呼称するのならば、彼は紛れもなく「幽霊」だった。
■■■ 13人 いる ■■■
脳の神経伝達にも例えられるコンピュータ・ネットワークが、電気的な連鎖の末に自意識を持つようになるというのは、古典的なSFでは一般常識である。しかし、並木漂白はそんなリアリティのある存在ではなかった。
科学的な根拠は何もない。ただ存在しているから存在している、という存在。
通常の幽霊が夏と燐とプラズマを触媒としてこの世に具現化しているように、彼はネットとプログラムと電気信号を触媒として存在していた。
サクラたち4人がその事件を知ったのは、いつものようにチームに入ってきたピペピペが、いつものように挨拶をしたからだった。
「てえへんだてえへんだ!ちょっときいてくれ!>みんな」
しばらくお待ちください、というロード時間が終ると共に、シティの空をフキダシが占拠する。
そんな第一声に慣れっこになっている三人は、当然のようにシカトした。
「・・・さようなら>みんな」
ビジュアルロビーに帰っていくピペピペ。
しかしまたすぐにチームへ入ってくる。
「いまさー、12ロビーのサクヤちゃんからメールきたんだけどさー」
結局3人の返事を待たぬまま、ピペピペは語りだした。 ≪12ロビーのサクヤちゃん≫は、4人の共通の知りあいである。
「12ロビーにさ、いつものメンバーが揃ってたんだって。全員」
「・・・それがどうかしたんですの?」
別になんの不思議も無い、と尋ねるサクラ。 あそこはいつだって12人いるのだ。妹達が。
「それがさ、そこにもう一人いたっていうんだよ」
返事がもらえて嬉しいのか、素早いレスポンスで返事を返すピペピペ。
並木漂白は最近、とあるサーバーに興味を持っていた。
そこを流れるプログラムに、他の電気信号にはない妙な「人間くささ」のようなものが感じられるのだ。
それは、ネットゲームのサーバーだった。
紛れ込むのは簡単だった。幽霊が壁をすり抜けるように、並木漂白にとってはサーバーのプロテクトも構成プログラムもなんら障害となるものではなかった。
********************
生きている人間たちが、その分身を操って話をしたりしている。並木漂白は、しばらくその様子をぼんやりと観察していた。
人間たちは、それぞれ連れ立ってロビーから姿を消していく。その先を、彼は少し覗いてみることにした。なかなか興味深い話をしているようだ。
「公共のロビーなんだから、知らない人の一人や二人いるだろう」
ヒューキャストのレオが口を挟む。 チームのロビー、ホームのロビー、などといってもそれは各自が勝手に根城にしているだけであって、何ら権利を持つものでもない。たしかに12ロビーという下の方にわざわざ降りてくる物好きは珍しいかもしれないが。
「いや、そうじゃなくってさ。あそこんちって12人じゃん?」
ピペピペの台詞に、3人の返事のタイミングがぴったり重なった。
「あ」
「?」
「?」
わかっていない二人はレオとミント。
サクラは理解できたようだ。 そして今度はピペピペとサクラの台詞が重なる。
「「ビジュアルロビーに入れるのは、最大12人なんだよ?」」
ですのよ、とサクラは語尾にオマケをつけてはいたが。
「え?つまり・・・どういうこと?」
ミントがまだよくわからない、といった様子で聞き返した。
それに何故か嬉しそうに答えるピペピペ。
「つまりさ、こういうことだよ」
彼は変な事が大好きなのだ。
「12人しか入れないロビーに、13人目がいたんだ」
並木漂白の存在は、誰かが作成したウイルスではないし、ましてやバグでもない。
そこに存在するはずのない存在。科学的な証明など絶対にできない存在。
並木漂白は、ネットを漂う幽霊である。
******************
普段の彼の、幽霊としての生活では触れることのない、リアルタイムの謎がそこにはあった。
並木漂白は、知らず知らずのうちにその話にのめりこんでいた。
きっかけは、サクヤが遅れてきた事だったらしい。 その日、12人のメンバーの中で最後に到着した彼女は、いつもどおり全員に挨拶した。
自分を除く11人、その一人一人に。
「おはよう>アリア」
「おはよう>マモル」
そんな挨拶が11回続いた後、事件は起きた。
「おはよう> 」
ショートカットの対象者名が、挨拶をしたはずの相手のキャラ名が、表示されていない。
「・・・?あれ?」
サクヤは戸惑った。ショートカットの選択欄には最後に一人分の名前があり、彼女は今、よく確認する事もせずにその名前に向けて挨拶を出したのだ。
その結果が、空白だった。
「誰か、いなくなった?」
尋ねるサクヤ。 対象とする人物がいなくなると、そのショートカットは空白として表示される。最初から居ない場合は、そもそも選択ができない。
「え?」
「?」
「みんないるよね?」
思い思いの返事を返してくる妹達。たしかにサクヤを含む12人全員がその場にいた。
「ちゃんとみんなに挨拶したか、ログで確認してみたら?」
一人がそんな提案をする。
「あ、なるほど!」
チャットログを開いて、名前を確認するサクヤ。そして・・・。
「あれ、・・・全員に挨拶してる、よ・・・?」
「え?それじゃ、最後の一人は?・・・え?」
つまりは、そういう事なのだった。
並木漂白自身が意識しての行動ではなかったが、彼はプログラムに干渉することが出来た。否、その行動にプログラム的な制約を受け付けなかった、といってもいい。
定員が四人まで、という制限も、彼には関係なかった。
*****************
彼は、一人のNPC(ノンプレイヤーキャラクター=プレイヤーが動かしていない登場人物を指す)を操ることにした。
一番強そうで、偉そうな感じのコイツがいい。
並木漂白の初プレイにおける使用キャラクターは、「総督」だった。
「これは密室殺人だ!」
ピペピペが叫ぶ。
「・・・殺人じゃないし」
しかたなさそうに突っ込むサクラ。
「でもでも、12人しか入れないロビーで、って考えるとある意味密室と言えるかも?」
興味が湧いてきたのか、そんなことを言うミント。
「どーせただのバグだろ。だからすぐ消えたんだよ」
サクヤが入ったから定員オーバーで追い出される形になったんだろ、とレオは続けた。
「またテキトーにそれっぽい理屈つけて、話、終らせるんだからー。レオ、そゆの、めー」
サクラがダメ出しをする。「No!」というシンボルチャット付きだ。
「うむ、なんでもかんでもバグで済ませたら警察はいらないゾ?」
存在そのものがバグのようなピペピペが言う。
延々と雑談が続きそうなその場をまとめたのは、ミントだった。
「それじゃあ、13人目が居たって、どういう事なんだろう?」
騒々しい4人組に、沈黙が訪れた。
ハンターズギルドに、NPCである「総督」のキャラクターを転送する。ただの器に過ぎないそのグラフィックに、自身の意識を流し込む。
もう少しスマートなキャラがよかったかな。
並木漂白は、すこし後悔した。
*******************
並木漂白には、その謎が解けてしまった。情報を整理し、可能性を消去した結果、推理は簡単だった。
謎が解けてしまったなら、これはもう、発表するしかないではないか。
「結局の所、これは密室殺人だったんだよ」
開口一番、彼は言った。
「結局の所、これは密室殺人だったんだよ」
開口一番、彼は言った。
「事件そのものでなくて、そのスタイルがね。つまりこういうことさ。『犯人はこの中にいる!』ってね」
解決編に入った探偵のように、彼は話しつづけた。
「まず、最初の定義の仕方から間違っているんだ。12人しか入れないロビーに、13人目がいたんじゃあない。12人しか入れないロビーなら、12人しか居なかったんだよ」
そんな身も蓋もない事を軽々と言う。
「遅れてきたサクヤさんが一人一人に挨拶をしている。その時に、もう挨拶された一人が・・・、仮にAさんとしようか」
「∀」というシンボルチャットを出してみせる彼。
「そのAさんが、挨拶をされた後で、ロビーを飛ぶんだ。行き先は同じロビーで」
ふっ、っと消えて見せた彼は、少し離れた場所に現れていた。ロビーに来た人が最初に出現する定位置。
「こんな具合にね。そうするとショートカットの名簿には新規参入者という形で、一番下に加えられることになる。後は簡単だ。サクヤさんの挨拶の人数をこっそりカウントしておいて、全員終って次にまた挨拶されそうになるそのタイミングで飛べばいい。その場にいる適当なメンバーを検索して、『会いに行く』を使えばいいだけだからね」
またも消えてみせる彼。一瞬の間を置いて、その姿が再び形作られる。
「動機は遅れてきたサクヤさんへの他愛の無い悪戯心、そんなとこじゃないかな。これにて事件解決。証明終了、QED」
結局彼は、一人で喋るだけ喋って事件を終らせてしまった。
12人しか入れないロビーには、12人しか居なかった。 13人目など、初めから居なかったのだ。
まさに「解決編」だ。 しかし、謎は全く減っていなかった。
では、この「彼」はいったい何者なのだ?
サクラが、レオが、ミントが、ピペピペが、疑問に思う。
4人しか入れないチームに、『5人目として入ってきて』勝手に事件を終らせてしまった彼は、一体何者だというのか。
つい調子に乗って話してしまった。4人は少し戸惑っているようだ。
「総督」であるこの格好で出て行ったのなら、彼らは驚くだろうか。
名探偵「総督」。それはなんだか面白いような気がした。
並木漂白は、ハンターズギルドの扉に向かって、歩いていった。
4人の目の前でハンターズギルドの扉が開き、「5人目」が姿を現そうとしていた。
『13人 いる』 END
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