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「ねねね、最近シティに出来たケーキ屋、もういってみた?なかなかよくない?」
「あ、行ったよー。タルトとかなかなか良かったよねー」
どこにでもある、ありふれた会話。
そして、この手の話には、必ず決まったオマケがつくのだ。
「でも、ナウラのケーキには負けるけどねー」
ケーキ屋、ナウラ。
このケーキ屋の名前を知らない女性は、パイオニア2には居ないといわれている。
ナウラ3姉妹が運営するというこのケーキ屋のウリは、とにかくその味のクオリティの高さにある。
曰く、絶品。
曰く、芸術品。
曰く、奇跡。
古代から、人類はこと「食」に関しては、美味しさの追及に余念が無い。
甘いものが制限されているパイオニア2においても、それぞれの店が腕を磨き、工夫を凝らしていた。
それでもなお、ナウラは格が違うと認識されている。
それほどまでに人々の賞賛を買うナウラのケーキだが、しかし、実際にそのケーキを食べたという者は少ないのだった。
ナウラ3姉妹を、パイオニア2で見かけたものはいない。
そもそも、ケーキ屋の店舗がシティにないのだ。
その店は、惑星ラグオル地表より潜る事30メートル、洞窟内で営業しているという。
そんな環境に店が本当にあるのかという疑問は、当然誰もが抱く。
だが、それを証明する者達がいた。
惑星ラグオルへ降りることの出来る、数少ない資格をもつ「ハンターズ」。
そのハンターズの中でもわずか一握りの者達だけが、ナウラを見たに過ぎない。
だが、その一握りのハンターズの中には充分に信頼の置ける者も含まれ、また、嘘というには余りにも突飛なその内容に、「洞窟に素晴らしく美味しいケーキを出す店がある」という話は、あくまで噂ながら、人々の間に公然と広まっていたのだった。
「いってみよっか」
彼女の台詞はいつもどうり唐突だった。
「え?」
私は聞き返した。
いつ、どこへ、だれと、何をしに?
彼女の台詞はいつもそうだ。
主語やら過程やらを省略しすぎる。
理解するにはこちらから聞き返さないとならない。
「どこにいくって?」
「だから、ナウラよ。ケーキ屋ナウラ」
私と彼女が組んで、もう二年近くになる。
私達はハンターズで、ハニュエールとフォマールのコンビで、そしてそれが二年続いているという事は、それなりに優秀な証でもあった。
今回手に入れた情報はこうだ。
《ケーキ屋ナウラが、洞窟のとある場所に店を構えている》
ケーキを作る為の最適な環境をあまりにもストイックに追い求めるナウラ姉妹は、わずかな温度の変化、湿度の違いなどによって、常に場所を移動しているらしい。
私も彼女も料理は全くの不得意分野なので、なぜそこまでこだわるのか全くわからないのだが。
とにかくそれが、ケーキ屋ナウラに会いにくい原因のひとつであり、同時にナウラをよりレアな存在にしている要素でもあった。
こうして、私達はその伝説のケーキ屋に向かう事になった。
「ごー!」
先に立って彼女が走る。
洞窟の探索は何度も行ったとはいえ、エネミーの数は一向に減る気配を見せない。
どこにどんなトラップが潜んでいるかもわからない。
慎重に行くに越した事はないのだが、これが彼女のいつものスタイルだ。
私は彼女にシフタを掛けてやった。
洞窟は広く、エネミーは多かった。
彼女が前衛、私が後衛という隊列で進むものの、目的地はまだ先のようだ。
だが、今日に限ってはそれが苦痛ではない。
例えるなら、お気に入りの喫茶店で、お気に入りのメニューを待っているときの気分。
少しくらい待たされたほうがいい。
その方が、いざ実物が来た時に、より美味しく感じられるものだ。
それに・・・。
(せっかくナウラのケーキ屋に行くのなら、色々食べてみたいし。となると気になるのはやっぱり・・・)
つい最近「痩せたい」という女性の依頼が、ハンターズギルドに届いていた。
男性のハンターズはその依頼を見て苦笑していたが、彼女の気持ちはよく分かる。
非常に良く分かる。
女性の敵は、エネミーよりもカロリーなのだ。
愛用のラコニウムの杖を振るう手にいつもより力が入っていたとしても、一体誰が私を責められよう。
哀れなエネミー達に、安らかな眠りのあらんことを。
そして程よくエネミーを殲滅し、程よくカロリーを消費した頃、私達は目的地に辿り着いた。
伝説のケーキ屋、ナウラ。
「ほんとにこんなとこでやってるんだねー」
彼女の第一印象はそれだった。
私も同じ意見だ。
色とりどりのライトでショーアップされた華やかな店舗。
だが、それは、その華やかさゆえに、周囲の環境から明らかに浮いていた。
なにか悪い夢を見ているようだ。
だが、最初の驚きも長くは続かなかった。
近づくにつれて、なんともいえない甘い匂いが私の鼻腔を刺激してきたのだ。
急に空腹を意識する。
甘いものが食べたくなる。
そしてそれが今、手の届く所にあるという事にどうしようもなく幸せを感じてしまう。
色気より食い気。
そんな言葉がちらりと頭をかすめた。
隣りを見ると、彼女も同じように鼻をひくつかせている。
幸せそうな顔をしている。
「あー、いーにおいがするー」
「いらっしゃいませ。ケーキ屋『ナウラ』へようこそ!」
私達は、ふらふらとその店に吸い寄せられていった。
誘蛾灯に飛び込む昆虫のように。
そこは天国だった。
パラダイスだった。
アダムとイブがその身を追われた楽園があるとすればここに違いないと私は思った。
クリームはきめ細かく、控えめに乗せられたイチゴは瑞々しく、チョコレートはまろやかでどこかほろ苦く、幾層にも重ねられたシフォンの生地は確かな食感をもっていながら、なおかつしっとりとしていて、そのすべてが調和して舌の上で初雪のようになめらかに溶け合っていった。
至福の時。
ヒトというのは不思議なもので、自分と同じような反応をしている他人を見ると、ふと醒めてしまうことがままある。
自分より緊張している人を見て落ち着いたりする。
自分より怒っている人を見て冷静になったりする。
自分より幸せに浸っている人を見て、私は自我を取り戻した。
しばらくの間、あっちの世界にいってしまっていたらしい。
頭の中でお花畑が展開されていた。
蝶々が飛んでいた。
隣りに居る彼女も、今、それと全く同じ状態だとわかる顔をしている。
冷静さを取り戻した頭に、ふと、疑問が浮かんだ。
より良いケーキ作りの為に、洞窟の環境が最適。
たしかにそうなのかもしれない。
これほどまでに美味しいケーキを食べさせられてしまっては、そのこだわりに文句のつけようもない。
だが、なにも販売まで洞窟内でやることはないのではないか。
ここで作って、シティで売ればいいだけではないのか。
いや、そもそも材料の補充はどうしているのだ?
彼女達自身の食事は?ケーキ作り以外の生活は?
なによりも洞窟に徘徊しているエネミーたちにどう対応しているのだ?
『ナウラ姉妹を、パイオニア2でみかけたものはいない』
ふと、そんな言葉を思い出した。
「あの」
顔をあげた私の呼びかけに、だが、答えるものは誰もいなかった。
いつのまにかナウラ3姉妹が消えている。
煌びやかなライトに覆われた、あの店舗がなくなっている。
洞窟の中に暗さと静けさが戻っている。
あれほどまでに周囲に溶け込んでいた甘い香りが全くしなくなっている。
私は、自分が洞窟の地面の上に座り込んでいる事に気がついた。
手に持ったままの皿の上に、改めて目を凝らす。
はじめは、見間違えかと思った。
「あれ?」
目を擦り、もう一度眺める。
緻密な細工が施されていたはずのフォークは赤錆で覆われ、食べきれないほどのクリームは得体の知れない腐汁に変わり、チョコレートとは似ても似つかない焼け焦げた何か、口の中にはごっそりと抜け落ちた髪が絡みつき、最後に残しておいた血のように赤いイチゴはまるでエネミーの、『最適な環境』、目が、
『悪魔の食物』 END

(C) SEGA / SONICTEAM, 2000, 2001.
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