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小さい頃からずっと思いつづけていた。誕生日も七夕もクリスマスも、いつも云いつづけていた。周りの大人や両親はその度に呆れた顔で、「ロマンチストなのね」などと笑っていたものだった。それでも私はずっと願っていた。私は、あの月が欲しい。
月を請う人
月。太陽系第三惑星の衛星でクレーターっていう穴がボコボコ空いていて、大気はほとんどなくて、水もない。当然生命体も存在しない。・・・そんな事実は誰でも知っていることだ。私、根本朋音(ねもとともね)だって勿論知っている。だけどそんなことが私の思いを断ち切れる訳もなく、月への思いは募るばかりだった。
「・・・・何の味もしない」
今、私は月を使った面白いおまじないにハマりつつある。今日のおまじないは「新月から満月の晩まで、毎晩月光に晒した水を飲むと願いが叶う」なんていうヤツだ。この間の満月の日は紅茶に満月を映してみたりした。まぁ、結局誰も現れやしなかったけど。(ちなみにアッサムティーを飲んだのだ)
「そう簡単に願いが叶ったりする訳ないか・・・・」
私だってもう18歳なのだ。月に浸した水如きで願いが叶うなら、受験勉強もダイエットも必要ないし、ストレスだって感じないだろう。分かってる。分かっているけれど・・・!叫びだしたい気持ちに駆られて、そっと空を見上げた。今日は満月。まぁるい月が一際輝いていた。キレイ。うっとりと月を見上げた。小さい頃、欲しくて仕方がなかった月という存在。月にはうさぎに似た人たちが住んでいて、きっと毎日宴会で盛り上がっているんだろうなぁとかずっと夢見ていた。そんな妄想を持ちつづけて幾年々。事態は急に変化していたのだった。
ボスン。
私のいるベランダに何かが落ちてきた。「痛てててて・・・」と声を上げながら。私の家は一軒家だし、空には雲ひとつないというのに。それに落ちてきた人には見覚えのある耳があった。そう。まさしくそれは私が夢みていた、うさぎ耳を持つ人間だったのだ。
「あ、こんばんわー。初めまして、僕月から来た・・・」
「イヤー!私とうとう狂ってしまったんだわ〜!!」
大絶叫。人の話を遮って一人煩悶する。月ばかり見ていたせいで狂ったに違いない。月は強い魔力を持っているって何かの本で見た事あるし。それじゃなかったら、この私の目の前で微妙に笑っている人は何?どう説明すればいいの?っていうか・・・・・。
「何しにきたのよ!」
私はビシィとそのうさぎ耳を指差して叫ぶ。この熱量はケーキ一個分あるんじゃないか。後で一つくらい食べても差し支えないと勝手に判断しながら私は相手の言葉を待った。
「えーと、驚かせちゃってすいません。僕、月から来た十(つなし)と云います」
そう言って彼はぺこりと頭を下げた。可愛らしい。耳がぴょこぴょこ動いてる。ああ、これが私の妄想で幻想で有ったとしてもいい。とにかく、触りたい・・・・!私が本当の意味での妄想にハマリかけていると彼が近づいてきてこう云った。
「貴女の夢を叶えに来ました」
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とんでもないことになってしまった。夢を叶えるおまじないをしていたら突然おかしな男の子(美形)が現れて、私の夢を叶えるという。妄想も幻想も、ここまでくれば怖くない。しかし、
「貴女は月が欲しいと願っていた。だから次期女王候補としてお迎えに参りました」
「断る」
私たちの会話は噛みあわないままだ。だってそうだろう。突然女王様になれ、なーんて云われてそうですか、なりましょうでめでたしめでたしになるなんて有るはずがない。何かの陰謀か、はたまた新手の宗教か。私が勘ぐりたくなるのも分かっていただけるだろう。それに私は非凡な一般市民だ。女王様になれる器じゃない。
「貴女の夢が叶うんですよ?」
「じゃあ、私を世界一の美人にして頂戴」
「出来ません」
「じゃあ断る」
堂々めぐり。十は今にも泣きそうだ。そりゃそうだろう。彼は私を迎えに来たのだ。私が月に行かないとなると帰れないのかもしれない。家族や恋人を残してきたのかもしれない。私は十に尋ねてみた。いつも私がしていた妄想のように、月は楽しいところなのか、と。彼は私が月に行くと勘違いでもしたのか、嬉しそうに月の王国の話をしてくれた。緑豊かな自然、澄んだ空気、美味しい食べ物。あるはずのないものが散りばめられた理想郷。
「・・・尚更、行けないわ」
「どうして?貴女の夢が手に入るのに」
「それが夢だからよ」
十の語る世界は私の妄想と同じ世界で、美しくて醜いものは何一つなくて。きっと私はたまらなくなる。壊してしまいたくなる。美しさを踏みにじって、醜く変えようとするかもしれない。そんな女王にはなりたくない。結局、夢は夢でしかなくて、手の届かないところにあるものだから。
「だから私は行かない。でもそうね、夢を一つ叶えてくれるのならば・・・・」
十はしぶしぶ月へ帰っていった。諦めない、と云っていたが私の決心は固い。次に来たときは少しはもてなしてあげよう。夢を叶えてくれたお礼に。
地球からは見えない月の裏側に「朋音大帝国」と刻まれていることは誰も知らない。
END
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2004/8/23
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