物がごみとなる時.......


物がごみとなる時はどのような時なのだろう



あるところに、

消しゴムがある。。。

使ったとする。。

片方は消しカスというごみとされ、

もう片方は消しゴムと呼ばれる。

消しカスがごみと化す時はいつなのだろうか。。。

消しカスが一塊ある。

これは単なるほこり同然のごみかもしれない。

消しカスの塊がたくさんあったとき、

それは消しカスと呼ばれるのかもしれない。。。

だがどちらにしても

消しカス=ごみ

という結論に達してしまう。

たまに、

「練り消し。」

とか言い始めるあほな奴もいるが

文字をろくに消すことのできない、

あえて言うなら

仕事の出来ない物体と化している。

だが、それは・・・





また、

紙が一枚あるとしよう

その端っこをちょこっと切ってみた。

その切られた端っこはごみと化し、

残った大きいほうは

まだ

紙として扱われるのだろう...

それは・・・






また、

そこにニンジンがあるとしよう

オレンジ色をしていて

あえて「おいしそう。」とは言わないが、

食べることができそうだ。

皮むき機を使って周りを削った。

削られたひらひらは

ニンジンの皮

と呼ばれ

残った大きいほうの物体は

ニンジン

と呼ばれるようになる。

はじめは同じニンジンだったのに、

削られると別々の名で呼ばれる。

それは・・・





また、

そこにギターがあるとしよう。

弦もしっかり6本ある

しかし、

あるときその1本が

ブチッ !!

と切れたとしよう

そうなった時

その弦はごみと化すのだろう。

残りの5本は

まだ弦と呼ばれているのにもかかわらず......

それは・・・






今まで話してきたが

最後は必ず

『それは・・・』

で、終わっている

『終わっている』のでない

『終わらせている』のだ。

何故そこできるか

そして何故

新しい話題がはじまり

また『それは・・・』で終わるか.....

それは、

『すべての場合において言える。』

ということが

あるからではある

そして、

『それは・・・』

の続きを

これから書こうと思う。

ここから先は

冗談抜きで

呼んでもらいたい。






それでは続きを書くとしよう

それは・・・

『人間が必要としていないから

人間はその必要としないものを

ごみと呼ぶから。。。』


だが、

中にはそれをごみと呼ばない人もいる

そう。

それを必要としている人だ。

それはどういうことか。

人によって

『ごみ』

とは違うものを指す

ということだ。

中には人をごみだという者もいるだろう

当然だ。

その者が人を必要としていないと思っているのだから

ごみ同然なのだ。

ごみ同然とは、『ごみとほとんど同じ』

と、いうことである。

じゃあ

本当のごみって?

答えは

ないと言えるのではないのかな。

個人で

ごみという存在があったとしても。

それは

他人にとってはごみではないかもしれない。




これらのことから、

先ほど話したことが

間違いだったということがわかるだろうか?

私は

『人間が必要としていないから

人間はその必要としないものを

ごみと呼ぶから。。。』

と言った。

だが、

実際は

『個人が必要としていないから

その個人はその必要としないものを

ごみと呼ぶから。。。』

と言うべきだからである。

本当のごみ....

それを知っているのは・・・


知っているのは・・・