翌日――
同じ時間にディムは酒場を訪ねた。
きっと居る、そんな予感があった。
理由はない。ただ、そう思ったのだ。

そして―――

闇珠はいた。
昨晩と同じようにグラスを傾け、一人ひっそりとカウンターに座っていた。
何をするでもなく、ただじっと液体の中の氷を見つめる。
徐にそのコップを口に持ってくると、一気に飲み干した。
コトン…
グラスを置く音が響く。それを合図に、ディムは闇珠に近付いた。

「隣、良い?」
人好きのする笑顔で話し掛ける。
闇珠はディムを見上げると言った。
「30センチ以上離れて座るならね」
「………冷たいなぁ」
苦笑と共に、きっちり30センチ離れてディムは座った。
それに、闇珠の瞳が見開かれる。
「? 何?」
驚きの理由が分からず、ディムが問う。
「……貴方みたいな人、初めて」
「ん?」
「本当に離れて座るなんて、思わなかった」
「………冗談だったわけ?」
ディムが頬を膨らませ、拗ねたように問いかける。
それに、闇珠がにっこり笑って応えた。
「もし……」
「もし?」
「すぐ隣に腰掛けたら、そのまま椅子を蹴飛ばしていたわ」
「………」
さもありなん。
ディムは昨晩の事を思い出し、苦笑いである。

「まだ飲めるだろ? ご馳走するよ」
とりあえず話題転換……と、ディムが話を振る。
闇珠が首を振った。
「実は飲めないのよ」
「はぁ?」
今飲んでいたのは何? と言いたげなディムに、
闇珠が悪戯っぽくグラスを傾けて微笑んだ。
「レモンスカッシュ」
「…………」
言葉を失い、カウンターに懐くディム。クスクスと笑う、闇珠の声が心地好い。

「マスター!」
「おう」
今まで見ぬ振りをしていた店の主が二人に近付いた。
「レスカ 2つ」
「……お前もか?」
「いいじゃん」
「……お前がねぇ………」
言いながら、グラスを用意する。
二人の遣り取りを、黙ってみていた闇珠が呟いた。
「仲、良いんだ」
「妬ける?」
ディムがすかさず返す。
思いもしなかった言葉に、闇珠の瞳が見開かれる。
「さっきもそうだけど、ビックリすると目が大きくなるんだな」
嬉しそうに言うディムを前にして、闇珠は照明が暗いことを、心から感謝した。
もし日の光の下に居たならば、真っ赤な顔を見られただろう。
それは恥ずかしい。絶対に避けたいと思う。
動揺を悟られまいと、闇珠はディムから視線を外す。
ひとつ深呼吸をすると、主に向かって話し掛けた。
「この人、何時もこうなの?」
「否定はしないよ」
「ふ〜〜ん」
今度は珍しいものを見るような瞳で、ディムをみつめる。
「……何だよ?」
照れからだろうか、ディムの言葉が尖っているようである。
「別に…」
何だか可笑しくて、闇珠が笑う。
口元に笑みが浮かんだだけなのに、ディムは嬉しくなった。

「どうぞ」
主が二人の前にグラスを置く。
「え?」
目の前のグラスに闇珠が首を傾げた。
「レモネードだよ、体は冷やさないほうがいい」
「あ……ありがとう」
嬉しそうに微笑む。
「闇珠にだけ?」
自分を無視して、話しが進む。面白いわけがない。
ディムがむっとして、話しに加わった。
主と闇珠が顔を見合わせる。

「プッ…クックック……」

耐えきれず、主が笑い出す。闇珠も、肩を震わせているようにみえる。
ディムの機嫌がますます悪くなった。
「俺だけ仲間外れにするんだ」
言いながらそっぽを向く。
闇珠がその顔を覗き込むようにして話しかけた。
「拗ねても可愛くないなぁ」
笑いを含む声音に、ディムが振りかえる。
『男が可愛くて如何する』
そんな顔である。
闇珠の笑みがますます深くなった。

「どうして?」
「え?」
唐突な問いに、ディムが戸惑う。
「言葉が足りないわね、ごめんなさい。どうして私の名をご存知なの?」
本当に不思議そうに尋ねてくる。
そんな闇珠に、ディムは昨晩この店にいたことを明かす。

モンスター退治をしていること。
仲間を探しに来たこと。
闇珠の立回りをみて、その素性を主に尋ねたこと。

「あれを見てたの……?」
「うん、おもしろかった」
「……助けてくれたら良かったのに」
「必要だった?」
ディムの問いに、闇珠が苦笑を浮かべる。
あのくらいなら……そんな言葉が聞こえそうである。
「…でさ」
「なぁに?」
言葉を濁すディムに、闇珠が首を傾げて尋ねる。
「俺とパーティ組まない?」
予想していたのだろう。
闇珠はゆっくりと首を振った。
「どうして!? 仲間を探してるって……」
「探してるのは、もっと体力のありそうな人」
闇珠の応えに、ディムは言葉に詰まる。
「それに……」
「それに?」
「……あなたが必要なのは、白魔術の使える人でしょ?」
「闇珠!?」
「思い出したの、あなたがいたこと。あなたとマスターの会話も少しだけ聞こえたわ」
離れて座っていたわけではない。
聞こえていても不思議のない距離だったのだ。
否定する気も、取り消す気もないけれど………
「それはもちろん探す。けど、闇珠と一緒がいい!」
ディムの叫びに、闇珠は応えを返さなかった。
「マスター」
「ん?」
「帰ります、おいくら?」
闇珠の問いに、2つの声が重なった。
「ディムの奢りだろ?」
「オレが奢るよ」
「坊やに借りは作りたくないの」
にこやかに闇珠は言うと、小銭をカウンターに置き店を後にした。
聞きなれぬ言葉に一瞬意識が飛ぶ。
「坊やじゃない!!」
そんなディムの声が空しく響いた。
主はただ、声をかみ殺して笑っていた。

 

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