ふたつの炎




あるところにふたつの炎があった。







片方は灰を残して消えたが

片方は必死で酸素を 燃料を求め 燃え続けた




―――陽炎の中の記憶が揺れる


ああ、どうしてふたつの炎の結末に違いが生まれたのだろうか。


同じところで生まれ
同じところで育ち
同じセカイで戦ったというのに











どうして  





              なぜ  






                           どうして






        なぜ






      同じ未来を夢見ていたふたつの炎は
          結局、最後まで共に交わることはなかった







これが運命というものなのか
これが宿命というものなのか
これが定めというものなのか





―――ふたつの炎は燃え続けていたかっただけなのに、





これが運命というものなのか
これが宿命というものなのか
これが定めというものなのか






涙がこぼれるように

記憶が色あせていくように

全てを諦めるように





片方の炎は力尽きた。




そう。だから、
燃え続けたもう片方の炎のように

―――酸素を 燃料を 求めるという事

ただ純粋に、純粋な生き残るための術を選べばよかっただけなのに。


―――道を踏み外したな


燃え尽きた方の炎は 酸素を吸収することを知らなかったから。
ただただ 燃料さえあれば 生き残れると信じていたから。

だから最期の最期になって、燃料だけでなく酸素も必要だったのだ
と気づいた時にはもう…。


なのに、“そいつ”は燃え尽きる寸前に、
『正しい方法』で燃え続けたもう片方の炎の目の前で、








満足そうに、笑みを浮かべて





満足そうに、自らの意思でその生涯に幕を降ろした。









…。



…。



それがふたつの炎の、唯一の違い。



―――どちらが悪いのでもなく、どちらが善いわけでもない。


ただ、自分にとって
何が必要で、何が無駄で、何が相応しくて、何が不相応なのかを知っていれば
ふたつの炎の結末は変わっていたのかもしれない。





けれども、ふたつの炎について深く知らない私でも分かる。




ふたつの炎は、生き残るために燃え続けたんじゃない。
お互いがそれぞれを想う故に、お互いがそれぞれを守りたいと思ったから、燃え続けようとしただけのこと。


だから、道を踏み外した片方の炎は、正しい道を歩んで燃え続ける術を知ったもう片方の炎の姿を見て、









安心して
穏やかに


「ありがとよ…」と。


満足そうな
優しい笑みを
浮かべて…








もう片方の炎が泣き叫ぶ中
自らの意思で
自らの手で
自らの燃料を
全て剥ぎ取り


ひとつの炎は 幸せに燃え尽きたのだ。



+コメント+
「またたびの宿木」様に影響され、詩みたいな小説っぽいのを書いてみました。アンジェラと紅蓮くんのらぶすと〜りぃの切なさが伝わればいいなと思っとります。



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