「言えない想い」
…言わなくても 届く 想い。
言えなくて 届かない 想い…。

「言えない想い」

 私の名前は相原里美。コンピュータソフトを扱う会社で働くOL。
 私は今、オンラインRPG「ファンタシースターオンライン」にハマっている。
 でも最近、少しマンネリ気味だった。
 私のプレイヤーキャラであるフォマールの「misato」は
もうすでにレベル150を越え、ULTでも余程のことがない限り死ぬことはなくなった
 武装も高属性のものばかりが揃い、遺跡の敵にすら遅れをとることはない。
 ありていに言うと、緊張感がなくなってきたのだ。
 そろそろ、潮時かな…。
 オンライン上にそんなに親しい友人もいなかったし、
それに、こんなに長い間同じゲームを続けられた事に私は満足していた。

 そんなある日。

 会社に出勤すると、隣の席の前原宏くんがやけに上機嫌で仕事をしていた。
 彼とは、入社の時のオリエンテーションの時からの仲で、
異性の同僚の中でも比較的私と仲がいい。
 ただ、彼は週末近くになると誰が誘ってもまっすぐ家に帰る。
 カノジョがいるなんて話は、聞いたことないんだけど…。
 その前原くんの上機嫌っぷりがとても気になった。
 …何かあったのかな?
 私は、そのまま彼に疑問をぶつける。
「うれしそうだね、前原クン?」
 彼はそのまま仕事を続けながら答えた。
「まぁね。ちょっといいことがあって」
「ふぅ〜ん。知りたいなー?」
 ここまで彼を上機嫌にした出来事の内容を聞いてみたかった。
 彼は少し考え込むと、答えてくれた。
「ま、例えるなら「初心に還った」ってトコかな」
 …なんじゃそりゃ。
「何ソレ。よくわかんない〜」
 私は更なる説明を求めるつもりでそう言ったが、
彼は仕事に集中してしまった。

 その日は定時に上がり、私はいつものように家路についた。
 半ば習慣化したようにスーツを脱ぎ、普段着に替えると、
メイクを落としドリームキャストの前に座る。
 そして、「PSO」を起動する。
 いつものタイトル画面。
 しかし、その日はいつもと違って見えた。
 コンティニューの文字の上にある、「ニューゲーム」の文字。
 今日会社で聞いた前原くんの台詞が頭をよぎる。
「ま、例えるなら「初心に還った」ってトコかな」
 あ、コレだ!!
 私は閃いた。
 レベルが上がってつまらなくなったのなら、最初からやればいい。
 高属性の武器が強すぎるのなら、捨てればいい。
 名案だと思った。ビジュアルメモリは一個しかないけど、
この飽きたカンジをどうにかできるなら惜しくはなかった。
 私は早速フォマールの「misato」のファイルを消し、
新しくキャラを作った。
 キャラの名前は「THE BIG」。身長最大のヒューキャストだ。
 前から一度、前線で戦うハンターをやってみたかったのだ。
 それに、テクニックが使えない不便さ、というのにも興味があった。
 早速、でき上がったヒューキャストの「THE BIG」でオンラインに繋ぐ。
OFFは二の次だ。
 ロビーに行くと、知り合いがいた。
「あれ、misatoキャラかえたんだ」
 知り合いのヒューマーは驚いたようにそう言った。
「うん。なかなかカッコイイだろ?」
 思わず口調まで男っぽくなってしまう私。
「へえ〜。そうだ、せっかくだからレベル上げつきあおうか?」
 その知り合いの申し出を、私は1も2もなく受けた。

「…つまんない」
 私はDFを倒した後、TVの前でそうつぶやいていた。
 知り合いのヒューマーはレベル182。
 当然オフのノーマルくらいならクリアしていて、
私の「THE BIG」を遺跡に連れていってくれた。
 おかげで、「THE BIG」のレベルは一気に10まで上がり、
装備もそこそこいいものが揃った。
 でも、私が求めていたのはこういうものじゃない。
 その不満をそのヒューマーにぶつけると、
「だったらさ、移動なし・配布なしでやってみたら?」
 と教えてくれた。
 最近、オンラインではそういったプレイが流行っているらしい。
 何か面白そうなカンジがした。
 どうりでノーマルの部屋が多いと思ったら…。
 私はそのヒューマーにお礼を言うと、早速同志を求めてロビーに出た。

「移動なし・配布なしで冒険しませんか〜?」
 そう言ってロビーで募集をかけたが、誰も声をかけてこない。
 みんなちまちまと動きまわり、なにかをするのに忙しそうだ。
 仕方ない、乱入しよう。
 私はカウンターに寄ると、ノーマルの部屋を探した。
 その中にひとつ、気になる名前の部屋があった。
 部屋の名は「ただ 純粋に」。
 メンバーはレイマーの「joker」1人。
 …同志のニオイだ。
 ひょっとすると別の意味で「純粋」かもしれなかったが、
その場合にはとっとと出て行けばいいだけの話だ。

「こんばんは。入っていいかな?」
 開口一番、私はそう言った。
 私のその台詞に、彼はここは移動なし・配布なしの部屋で、
そういった武器なんかをつかいたいのなら他所へいって欲しい、
とやんわりと説明してくれた。
 やた。同志だ!!
「奇遇ですね。私も同じ事してるんですw」
 私は即答した。
「おお、同志w」
 私達は、その場でギルドカードを交換した。

 その日、私達は4時間かけて坑道エリアまでを制覇した。
 jokerさんの援護は的確で、何度も私はピンチを救われた。
 洞窟で「レスタ3」を見つけた時は、私達は小躍りして喜んだ。
 これよ、私の求めていたのはこれ!!
 私はとても興奮していた。
 そして、別れ際。
 私は、ダメモトでjokerさんに聞いてみた。
「明日も来る?来るんだったらまた遊ぼうw」
 せっかく会えた気の合う同志と、また冒険をしたかった。
 彼はすぐに了承してくれ、部屋にパスをかけて待ち合わせをしよう、
と約束してくれた。
 部屋の名は「ただ 純粋に」。
 彼はその名前を使うことに少し照れていたが、
私はその名前がいたく気に入っていたので、無理やりその名前を使うことを押し通した。

 次の日の朝は、とても気持ちのいい目覚めだった。
 例えるなら、旅行の初日、目的地についた興奮のそのままベッドに入り、
ぐっすり眠って目覚めた時のようなカンジ。
 私はとても上機嫌で、会社に向かった。

 会社につくと、前方10メートルほどのところを前原くんが歩いているのが見えた。
 私は大股で彼に近寄ると、思いきりその背中を叩いた。
「おっはよ、前原クン!!」
 彼は振り向くと、特に怒ることもせず、言った。
「おはよ、相原さん。元気いいねえ」
「うん。ちょっち、いい事あってねえ〜♪」
 私は笑顔でそう答える。
 彼は、私の上機嫌さが気になったのか、尋ねてきた。
「いい事ってナニ?」
 私は少し考えると、彼の声真似をして、答えた。
「ま、例えるなら「初心に還った」ってトコかな」
 彼は少し不思議そうな顔をして、言った。
「昨日の仕返し…?」
「ま、そんなトコかなっ♪」
 私はそう言うとやってきたエレベーターに彼より一足先に乗りこんだ。

 その日も家に帰ると、まず「PSO」をした。
 約束どおりjokerさんが部屋を作って待っていてくれた。
 ちょっぴりうれしかった。
 そして、同じ趣旨の仲間をロビーで探し、一緒に冒険をした。
 その日、私達は初めてノーマルをクリアーした。

 それから毎日、私達は一緒に冒険するようになった。
 メンバーが揃わない時は2人きりで。
 メンバーが多いときは別のチームで、メールをやりとりしながら。
 そして、毎日会うたびに、彼と私はとても気が合う事がわかっていった。
 趣味もよく似ていたし、同じ職種なのか、
職場の話題もしっかりついてきてくれる。
 何時の間にか、私の心の中に「joker」さんに対する恋心が芽生えていた。

 ある日、jokerさんが用事で先に落ちる、と言い出した。
「そっか、つまんなくなるなあ」
 私の「THE BIG」は画面の中でそう漏らす。
「まあ、また明日会えるさ」
 jokerさんはそう言ってくれた。
「んじゃ、また明日な」
「おう。またな」
 いつもの挨拶。
 …ハァ…。
 私は画面の前でため息をもらす。
 私はまだ、彼に自分が女であることを言っていない。
 ヒューキャストの演技をする必要上から、男言葉ばかりを使っていて、
jokerさんも私のことを男だと思っている。
 それをいつ、どんなキッカケで言うか。
 それが問題だった。
 そうしていると、部屋に来客が現れた。
 あ、そういや今日はパスかけてなかったっけ…。

 milliaさんが参加します。
 しばらくお待ちください。

 見覚えのある名前だった。
 そういえば、この人は前「misato」で遊んでいたときに、
ちょくちょく高属性の武器をくれた人だった。
「どうも。おひさしぶりです。
 キャラかえたんですね〜」
 milliaさんはそう言って部屋に入ってくる。
 milliaさんのレベルは200。一緒に冒険するには少し離れすぎだ。
 私が今の趣旨を話そうとキーボードに一生懸命打ちこんでいる間に、
milliaさんは青いアイテムボックスを床に置いた。
「これ、いらないのであげます。
 何度でも取れるし♪」
 それは、ダウンロードクエストで入手できるマグだった。
 いらないよ、と言おうとしたその矢先、milliaさんは
「それじゃ、今日はこれだけなんで〜。
 まったね〜」
 そう言って一方的に落ちてしまった。
 仕方ないなあ、と思いながらそのマグを見てみる。
 そのマグはフォトンブラストは覚えていたものの、
そんなに育てていないのかパラメータはいまいちだった。
 それでも、今私が持っているマグよりはレベルが上だったが。
 しかしなんと、そのマグを装備すると、今まで装備できなかった
「クレイモア」が装備できるようになった。
 私はその魅力に勝てなかった。
 それが、あの悲劇を招くとも知らずに…。

 その日、いつものようにオンラインに繋ぎ、jokerさんを検索すると、
珍しくひっかからなかった。
 今日はせっかく、マグ見せて驚かせて告白しようって思ってたのに…。
 なにか出鼻をくじかれたかんじだった。
 仕方なく、いつもの部屋で彼を待つ。
 部屋の名は「ただ 純粋に」。
 しばらく森で遊んでいると、メールが届いた。
 開いてみると、jokerさんからだった。
「ごめん、残業で送れた(汗)パスお願いw」
 変換ミスってるよ、この人。
「心配したゾ☆なんつってな!!>「送れた」てなんやねんw
 パスは1234だぜぃ」
 ツッコミ付きのメールを送ると、すぐに彼がやってきた。
「ばんわ〜」
「よ〜す。今森2〜」
 いつもの挨拶。私はドキドキしながら、テレパイプの前で彼を待った。
 そして、「joker」が姿を現す。
「やっほ。遅かったな」
 私の「THE BIG」は少し体をずらし、彼にマグがよく見える位置に立った。
「あれ、そのマグ、クエスト?」
 やった、気付いてくれた!!
 私は少し有頂天になり、せっかくたまりかけている
フォトンブラストを撃ってみよう、と思った。
 そして、少し進むと、PBゲージが満タンになった。
 よーし、きたきたきたぁ!!
 画面が暗転し、フォトンミラージュが姿を現す。
 しかし、次の瞬間、jokerさんの言った台詞は驚くべきものだった。

「…お前それ、チートじゃねえか」

 私は最初、彼の言っていることが理解できなかった。
 私はとりあえずこれはもらいものだ、と言い訳する。
 彼は、ダウンロードクエストで入手できるマグに
フォトンブラストを撃てるものは存在しない、と指摘してきた。
 え、そんな!!私そんなこと知らない…。
 そこから先は、よく覚えていない。
 彼と私は、しばらく口論した後、彼は一方的に回線を切ってしまった。
 私は愕然とした。
 知らなかった。このマグがチートなんて。
 ほんの少し彼を驚かせて、それをきっかけにしようと思っていたのに。
 目の前の小さな享楽にとりつかれ、約束を破った報酬としては、
これはあまりに大きかった。
 私はひどく落胆したまま、DCの電源を切った。

 次の日、私の気分はかなり悪かった。
 とりあえず会社には出たものの、仕事が手につかない。
 ただひたすら時間がたつのを待つだけの一日。最悪だった。
 定時になり、ふと隣を見ると、前原くんが帰り支度を始めていた。
 私は彼に相談にのってもらおう、と思った。
「前原くん?」
 私は彼を呼んだ。
 彼は不思議そうな顔をして、振り向いた。
「…あのさ…ちょっといいかな」
 たぶん、私の声がひどく落ち込んでいたせいだと思う。

 私はよく行く会社近くのラーメン屋に彼を誘うと、事の顛末を話した。
 ただ、きっと彼は「PSO」のことを知らないと思ったので、
そのへんは伏せていた。
「私さ、好きな人に酷いことしちゃったんだ」
 私は水をあおって、続ける。
「信じてくれてたのに…裏切って、傷付けちゃったの」
 水に映る私の顔は、ひどく落ち込んでいた。
 …ひどい顔…。
「ふうん。で、その人って恋人?」
 彼のなにげない一言が、私の心をえぐった。
「…ううん…私の片思い…。
 向こうは、そうね、大切な友達くらいには思っててくれてたのかな?
 酷いことしちゃって…別れたっきりで…やっぱり、嫌われてるよね、私」
 最後の方は声にならず、涙があふれる。
「ラーメン、お待ちぃ」
 店の親父の大声も、今の私には小さく聞こえた。

 彼が親身になってなぐさめてくれたおかげで、
私は少し立ち直ることができた。
「ありがと、いろいろ聞いてくれて」
「これくらいなら、お安いご用」
 ありがと。前原くん…。
「へへ、じゃあまた愚痴きいてもらおうかな」
 そう言って私は彼に背を向けた。
 また、泣きそうになっていたから…。
「それじゃあね。おやすみ」
 それだけ言って、私はそこから立ち去った。

 その日、少し元気の出た私は、jokerさんに謝ろう、と思った。
 しかし、何度検索をかけても、彼は見つからなかった…。
 私はその日、シティにあのマグを置くと、そのままゲームを終了した。

 次の日の朝。
 いつもの時間に出社すると、前原くんが前を歩いていた。
 少しは元気になったことを伝えようと、私は彼に声をかける。
「おはよ。前原くん」
「おはよう。相原さん」
 彼は、いつものように答えてくれた。

 その日の昼休み、私は隣の席から声をかけられた。
「あのさ。昨日ラーメンおごってもらっただろ?
 それで、そのお返しに今日のお昼でもご馳走しようかな、
 なんて思ったんだけど」
 彼なりに気を使ってくれているらしい。
 まだ元気ないの、バレちゃったかな…。
「え、いいの?丁度金欠で困ってたの」
 金欠なんてウソだ。ただ、理由が欲しかった。
「じゃあさ、すきなものおごってあげるよ。何がいい?」

「よりにもよって吉牛ですかアイハラ殿…」
 元気の出る食べ物にしよう、と思って吉牛をチョイスしたら、
彼は凹んでいた。
 牛丼、嫌いだったかな?
 でも彼の凹み方が面白いので、ついつい私はからかってしまう。
「そうだよマエハラ二等兵。私達はね、戦争をしてるんだよ?」
「戦争ってなんですか…」
 彼のツッコミに、私は笑って答える。
「冗談よ冗談。ありがとうね、おごってくれて」
 彼の凹む姿がおもしろく、おかげでお昼はおいしく食べることができた。

 その日の帰り、私はまた前原くんをあのラーメン屋に誘った。
 迷惑だったかもしれないが、もう一回グチを聞いてもらって、
全部吐き出してしまおうと思っていた。
「でね、結局繋がらなくって、連絡がとれないのよ」
 グチは、昨夜の話だった。
「それじゃあ、謝り様もないね」
 彼は、チャーシューを横にどかしながら言った。
 どうやら好きなものは最後までとっておくタイプらしい。
「そうなんだよねえ…」
 言って私はため息をついた。
 ため息といっしょに、このモヤモヤが消えてしまえばいいのに。
 そう思っていた。

 そして、その日もほんのわずかなの希望を胸に、オンラインに繋いだ。
 検索をかけると、画面中央に緑色の虫眼鏡のアイコンが現れた。
 いた!!
 急いで検索結果を見る。
 部屋の名が以前と違う。おそらく、パスもかけてあるだろう。
 私は、とりあえずメールを送ることにした。
「この前はごめん」
 返事を待つ。
 しかし、返ってこない。
 もう一度検索をかけ、彼がいることを確認すると、もう一度メールを送る。
「怒ってるなら謝るよ」
 もう一度、待つ。
 返事は、ない。
 さらに検索をかけ、もう一度メールを送る。
「会って謝りたいんだ」
 待つ。
 返事は来ない。
 検索をかけると、彼はいなくなっていた。

 その夜、私はずっと泣きつづけた。

 次の日、私は会社を休んだ。
 課長に電話をし、その後、前原くんにも電話をかけた。
 最悪の気分だった。
 何をする気力もなく、ベッドでただ寝転んでいると、
突然チャイムが鳴った。
 あわててベッドを下り、インターフォンの受話器を取ると、応対する。
「はい」
「前原だけど。大丈夫?」
 前原くんだった。
 私は彼に気を使わせたことを謝った。
「それより、平気なの?」
 彼は私のことが余程心配なのか、そう尋ねてきた。
 私は彼を安心させるために、こう言った。
「うん、体は平気」
 体は。そう、体は平気だった。
「またなんか言われたのか。「アイツ」に」
「アイツ」。jokerさんのことだ。
 昨晩のことが思い出される。
 膝ががくがくと笑い出し、涙があふれてくる。
「違うの…無視…されたの…」
 私は必死に、昨夜のことを説明した。
 言えば楽になると思った。
 でも、自分で言ったその言葉は、容赦なく私自身の心を切り裂いた。
「嫌われてるんだよね…あはは」
 そう言った瞬間、涙が止まらなくなった。
 床に座り込み、頬を押さえる。
 しかし、涙は堰を切ったように溢れ出し、止まらなかった。
 そして。次の瞬間。
 私は、信じられない言葉を耳にする。
「そんなヤツ、忘れちゃえよ」
 前原くんははっきりとそう言った。
「え?」
「嫌なやつじゃないか。少しくらい約束破ったからって無視までするなんて。
 そんなヤツ、相原さんに想われる資格なんかない!!」
 彼の強い台詞が、私の心に響いた。
「僕がいる。僕なら相原さんにそんな想いはさせない。
 …いまは…ただの友達かもしれないけど…。
 僕は世界で一番君が好きだ」
 まるで、世界が止まったような沈黙があたりを包んだ。
 彼の言葉が少しずつ、
切り裂かれた私の心に染み込んでいくような気がした。
 私は、応えた。
「うれしい。…ありがとう…。
 でも、気持ちの整理がつくまで待って。
 卑怯かもしれないけど、私まだ、彼のこと信じてみたいの…」
 ほんとに卑怯な女だな、私って…。
「いつまでも待ってるよ…。それじゃ」
 彼の声が、私を勇気付けてくれた。

 それから二日、私は何度もオンラインにつなぎ、彼を探した。
 公式BBSにも初めて訪れ、彼の行方を探してみた。
 しかしいっこうに、「joker」さんは見つからなかった…。
 
 そして三日目。
 私は、会社に出勤した。
 欠勤したことを課長に詫びると、自分の席についた。
 隣の前原くんが目に入る。
「返事…。するから。仕事終わったら、待ってて」
 彼なら、私を受けとめてくれる。
 彼なら、忘れさせてくれる…。
 そう、思った。

 仕事を終わらせ、会社の玄関に行くと、前原くんは待っていてくれた。
「聞かせてくれ。どんな結果でも、後悔しないから」
 優しいね、前原くん…。
 私は、言った。
「私、嫌いじゃないよ。前原くんのこと。
 ううん。きっと好きなんだと思う。
 前原くん、いいの、こんな女で?」
 そう言った私を、彼は優しく抱きしめてくれた。
「君だから好きなんだ。君じゃないと、ダメなんだ…」
「ありがとう、前原くん。ほんとに、ありがとう…」
 さようなら、jokerさん…。
 さようなら…。
 そして、私達は唇を重ねた。

 そして、私達の新しい日々が始まった。
 仕事の後は彼とデートするために、PSOはしなくなった。
 それに、もしつないでjokerさんがいたら…。
 それを考えると、怖くて繋げなかった。

 そうして、1ヶ月が過ぎようとしていた。

 ある日、私は宏の家にご飯を作りにいくことにした。
 どーせロクなもの食べてないのはバレバレだった。
 そして、その時がやってきた。
 彼は私より先に部屋に入ると、部屋を片付けていた。
 どーせエロ本かなんか隠してるんでしょうけど、
そんなのいまさら無駄なのに。
 そして、彼に誘われるまま部屋に入る。
 居間に入ると、TVの下に見慣れた白いゲーム機があった。
 私の動きが止まる。
 それに気付いたのか、彼は私に言った。
「ああ、ドリームキャスト?今はほとんどやってないなあ。
 PSOって知ってる?ネットワークRPGの最高峰って言われてたんだぜ」
 知っているも何も、私はそのソフトを持っている。
「いっぺん、見てみる?」
 彼はそう言う。
 少し抵抗があったが、自慢たらたら自分のキャラの自慢をする
彼をからかうのも面白そうだ。
 私はうなずいた。
 久しぶりに見るPSOのタイトル画面。
 そして選ばれる「コンティニュー」。
 そしてそこに現れたのは…。
 レイマーの「joker」。
「…うそ!!」
 私は思わず叫んでいた。
 そしてあふれ出る、涙。
「どうした?里美?」
 彼は私の肩をつかみ、私を呼ぶ。
「あなたが…jokerさんだったの…!?」
「え??」
「…私…このゲーム持ってるの…。キャラの名前はTHE BIGっていうの…」
 私の告白に、彼は私の肩を離し、驚く。
「…ええ!?」
「じゃあ、じゃあ、里美の言ってた「好きな人」って」
「そう、「joker」さん。
 あの日、私「joker」さん驚かせたついでに、女だって言って、
 告白するつもりだったの。それが、あんなことになっちゃて…」
 彼は、私の告白を呆然と聞いていた。
「忘れてたのに…やっと忘れられたのに…」
 好きだった人。ずっと、好きだった人…。
「じゃあ、僕はずっと君を騙していたのか」
 今、目の前にいるのは、ずっと、好きだった人。
 そして今、好きな人。
 これからもずっと、大好きなひと…。
「騙していたんじゃないよ。知らなかっただけ。
 届かなかった、だけだよ…」
 私は彼を、優しく抱きしめた。
 そして、私は彼にこう言った。
「ごめんね、本当に…約束、破って…」
 ずっと、言えなかった、言葉。
「いや、僕も言いすぎだった。悪かった…」
 やっと、言えた、言葉。
 彼は、優しく口づけてくれた。
「また、一緒に冒険しようね…」
 私は言う。
「うん。約束だ」
 彼が、答える。

 そして、私の「PSO」はまた幕を開けた。
 デートの場所は、いつもの場所。
 部屋の名は「ただ 純粋に」。

「あなたを好きになって、本当に、よかった」


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