「空へ!!」
第6話
「愛・おぼえていますか」
ずっとずっと、忘れないよ・・・。
「う・・・う〜〜ん・・・」
最初に目を覚ましたのは、メルだった。
ハンターズスクール中等科での訓練の成果であった。
辺りを見渡すと、そこは見知らぬ砂浜だった。
自分たちの乗ってきた船は・・・?
そう思ってもう一度周りを見ると、少し離れた所に自分たちの乗ってきた高速艇が横倒しになっていた。
アーリィは?サキは?
一緒にいた仲間たちのことを思い出し、メルは慌てて船に駆け寄る。
「アーリィ!!サキ!!返事して!!」
メルの呼びかけに、意外な場所から返事が返ってきた。
「メル姉、ここだよ!!」
アーリィは、船をはさんでちょうどメルと反対側にいた。
その背中には、サキがおぶわれている。
「サキ、どうしたの!?」
メルが駆け寄る。
「何度呼んでも起きないんだ・・・どうしよう」
アーリィはサキをそっと砂浜に横たえる。
横たえられたサキを、メルはハンターズスクールで習った手順どおりに、応急診断した。
「大丈夫、どこも折れてないし呼吸も脈も正常よ。
気絶してるだけだわ。
大丈夫、少しすれば目を覚ますわよ」
メルのその言葉に、アーリィはほっと胸を撫で下ろす。
「おーい、アーリィ、みんなー!!」
そこへ、フェイの元気そうな声が聞こえてきた。
どうやら、アーリィ達は嵐に巻き込まれた後、この砂浜に打ち上げられたらしい。
砂浜がクッションの役目を果たし、ショックを吸収してくれたおかげで、大した怪我もせずにすんだようだ。
「どうしようか、これから」
横向きになった高速艇を眺めながら、フェイは言った。
高速艇にあった非常食は、とりあえず全員が1週間は生存できるほどの量があったが、
それまでにこの島を脱出できるという保証はない。
高速艇を海へ出そうにも、舟は横向きになったまま砂浜に埋もれていて、機材なしでは動かすこともできない。
「とりあえず、サキが起きるのを待ってこの島になにがあるのか、調べてみましょう」
まず、自分たちの置かれている状況を把握する。サバイバルの基本だった。
サキが目を覚ますと、一行はサバイバルキットを持ち、島の探索を開始した。
とりあえず、海岸線を歩いてみる。しかし、何かがおかしい。港町育ちのアーリィ達には、その奇妙さがよくわかった。
「生き物がいない・・・?」
その砂浜には、生き物の姿がなかった。
砂浜の切れるあたりには、雑木林があり、生き物のにおいがするのだが、そこまでの砂浜に、生き物の気配がないのだ。
「この島、おかしいよ、お兄ちゃん・・・!!」
アーリィにおぶわれていたサキが、不安げにアーリィにきつくしがみつく。
「大丈夫、すぐ出られるからな」
アーリィの言葉に根拠はなかったが、その時、サキにはとても心強く感じられた。
数十分後。
「なにかしら、これ・・・」
サキを背負い続けていたアーリィを少し休ませ、分かれて島を探索していた一行は、奇妙な建造物を発見していた。
それは、今までラグオルで発見されていた『遺跡』とは別系統の文化形態のものらしかった。
「こんな文様、みたことない・・・」
「危険かもしれないから」、とアーリィ達を遠ざけ、メルは遺跡の入り口を調べていた。
その入り口には、複雑な木目のような文様が刻まれていた。
しかし、罠のようなものもなく、材質の劣化もほとんどない。外は、一行が巻き込まれた嵐による、黒い雲が立ち込めている。今にも雨が降りそうだ。
「大丈夫、だと、思うけど・・・」
すでに時は夕刻前。疲れた子供たちには、休息が必要だ。
メルは、入り口のあたりは大丈夫だと皆に告げ、今晩はここで休むことを提案した。
残りの3人は、疲れもあって、諸手を挙げて賛同した。
その夜。
皆が寝付いた中、メルだけは妙に気分が落ち着かず、寝付けずにいた。
『何か』が、ここにはある。
彼女の中の予感が、警鐘を鳴らしていた。
「やっぱり、何かある・・・」
メルは、皆を起こさないようにそっと寝床を抜け出すと、遺跡の奥へと歩き出した。
遺跡の奥は、一直線の緩い坂になっていた。
しばらく進むと、壁に突き当たった。継ぎ目も見当たらない。しゃがんで床も調べてみるが、仕掛けのようなものもなさそうだ。どうやら行き止まりのようだった。
「思い過ごしだったのかな・・・」
しかし、メルの胸の中に渦を巻く妙な違和感は、未だ消えていなかった。
とりあえず、アーリィたちのところへ戻ろう。
そう思い、メルは立ち上がった。
そして、次の瞬間。
突然、遺跡が光を放ち始めた。
「な、なにこれ!?アーリィ!!サキ!!起きて!!」
しかし、メルの叫びは、彼女の意識とともに光に飲み込まれていった。
気が付くと、メルは光の中に横たわっていた。
身体を動かそうとするが、指一本すら動かない。かろうじて首から上だけが動き、周囲を見渡すことができた。
そこは、白で満たされた空間だった。目に映るのは、ただ「白」だけ。
背中に触れる感覚はなにもない。どうやら、宙に浮いているらしかった。
「ここ、どこ?」
メルが声を発すると、それに応じるように周囲の空間に銀色の波紋が生じた。
(半人の娘よ)
そして、声がした。直接メルの頭の中に、声が響いた。いや、それは『声』というよりイメージが直接送り込まれているような感じだった。
「誰!?」
しかし、彼女の誰何の声に、その『声』は応えなかった。
(半人の娘よ。お前には資質がある。お前には『力』を与えよう)
『声』が一方的にそう告げると、突然周囲の空間が、激しく明滅し始めた。
それは、黒と白の奔流となり、メルを包み込む。
「きゃあ、いやぁーーーーーーっ!!」
そして、光はメルを中心とした渦となり、彼女の中に吸い込まれていった。
気が付くと、サキは光の中に立っていた。
身体は動く。どこにも異常はない。だが、周囲が異常だった。
そこは、白で満たされた空間だった。目に映るのは、ただ「白」だけ。
足元に触れる感覚はなにもない。どうやら、宙に浮いているらしかった。
そして何より彼女に恐怖を感じさせたのが・・・無音。
周囲からの音も、服の衣擦れの音も、彼女自身の呼気も、彼女の心臓の鼓動すらも、聞こえてこない。
耳鳴りすら打ち消される異常な静寂に、彼女は恐怖を感じた。
「怖いよ、お兄ちゃん・・・」
声が出た。自分の声は聞こえる。彼女は、自分の声で、その静寂を打ち消した。
声を出せば、兄に聞こえる気がした。
「助けて・・・お兄ちゃん!!」
今度は先ほどより大きく。しかし、何も反応はない。
もう一度声を出そうと口を開けた瞬間。
サキの口から、別人の声が生まれた。
「あなた、逢いたい人がいるのね」
それは、鈴を転がすような美しい女性の声。
驚いてサキは口をつぐもうとするが、彼女の口は勝手に声を発し続ける。
「声を届けたい・・・そう思っているのね」
自分の意思でどうにもならない自分の声に、サキは恐怖を感じたが、この声に悪意はない。サキは直感的にそう思った。
「わかったわ。あなたには私の『声』をあげる。もう一つの『声』を・・・」
そして、サキの口は元に戻った。
自分の意思で、動かせるようになったのだ。
サキは、声の限りに叫んだ。
「お兄ちゃーーーーーーーーん!!」
気が付くと、フェイは堕ちていた。
あわててジタバタしてみたが、堕ちる速度は落ちない。
耳元をゴウゴウと風が吹きぬけていく。
下を見ると、そこに地面はなかった。
ただ、白い雲が、どんどんと流れていくだけ。考えようによっては、ものすごいスピードで前に飛んでいるといえなくもなかった。
だが、彼女は確実に、堕ちていた。
「アーリィ、どこ!?サキ!?返事して!!」
周囲に仲間の姿は見えない。どうやら堕ちているのは彼女だけらしい。
なんとかしないと。フェイがそう考えた瞬間。
(仲間が心配か?)
どこからか声がした。それは、はっきりと、フェイの頭の中に響いてきた。
「誰?」
フェイの誰何の言葉に、声は応えない。淡々と続ける。
(己が心配か?)
その質問に、フェイはカチンときた。
「どっちも心配なの!!アーリィ達もだけど、まず自分をなんとかしなきゃね!!」
そう強く応えると、再びジタバタともがきだした。
水の中で泳ぐように、空を掻いてみる。もちろん無駄である。
(仲間のもとに行きたいか?)
声は飽きもせず、質問を続ける。
「当たり前!!行けるなら飛んでいきたいわよ!!」
そして、声が応える。
(ならば与えよう。汝の望む『翼』を)
その言葉と同時に、雲が途切れる。足元には、小さな島が見えた。
「ちょ、ちょい待ち!!この高さシャレんなってないってぇぇぇ!!」
フェイが叫んだ次の瞬間、彼女の落下速度が、ガクンと落ちた。
気が付くと、アーリィは闇の中に横たわっていた。
身体を動かそうとするが、指一本すら動かない。かろうじて首から上だけが動き、周囲を見渡すことができた。
そこは、闇で満たされた空間だった。目に映るのは、ただ「黒」だけ。
背中に触れる感覚はなにもない。どうやら、宙に浮いているらしかった。
「なんだよここ・・・メル姉!?サキ!!フェイ!!」
アーリィは仲間の名を呼ぶが、応えるものはいない。
しかし、次の瞬間、目の前に、白い点が現れた。
それは次第に数を増し、だんだん、見慣れた形にまとまっていった。
それは、文字だった。
その文字は、こう読めた。
(知りたいか?愛しき者が、大切な者が、今どうしているか)
「当たり前だ!!」
文字に応える形で、アーリィは叫ぶ。
それに応えるように、白い点もまた、並びを変えて文字を象る。
(しかし、お前には資質はない)
「勝手に決めるな!!なんなんだよお前!!」
アーリィは激昂し、立ち上がる。何もない空間の上に。
(訂正しよう。今はない。これから手に入れればよい)
「どういう意味だ!?」
アーリィの質問には応えず、白い点は淡々と文字を綴る。
(お前には『目』を与えよう。全てを見通す『目』で、未来を見るがいい)
そして、「白い点」は、消えていった。
「なんだったんだ、一体・・・」
しかし、次の瞬間、アーリィは違和感を覚えた。
彼の周囲の闇は一向に晴れない。
だが、彼には見えていた。
横たわるメルが。
さまようサキが。
そして、メルの周りを覆う、異常なまでの『力』が。
そして、サキから発せられた、すさまじい『声』が。
「メル姉!!サキ!!」
サキの『声』が闇を吹き散らし、サキがこちらに駆け寄ってくる。
「お兄ちゃん!!」
サキはアーリィに駆け寄り、彼の腕の中に飛び込んだ。
「大丈夫か?サキ?」
サキは応えず、ただアーリィにしがみつくばかりだった。
アーリィはそんなサキの頭を優しく撫でると、メルの方をもう一度、確認した。
そして、彼は見た。
メルを覆っている力の塊が、彼女に吸い込まれていくのを。
力が全てメルに吸い込まれると、メルの身体は、まるでバネ仕掛けのオモチャのように、ビクンと跳ねた。
アーリィには分かった。メルに注ぎ込まれた力に、彼女自身が耐えられていないのだ。
「メル姉!!」
アーリィは、必死にメルに近寄ろうとする。
しかし、次の瞬間。
すさまじい光がメルから発せられた。熱すら伴う、とてつもなく強い光。
それは、メルの中に流れ込んだ力を彼女自身が制御しきれず、溢れさせてしまったものだった。
「うわぁ!?」
思わずアーリィはひるんだが、このままメルを放っておくわけにはいかない。
光の中心にいるメルを見据えたまま、一歩ずつメルに近づいてゆく。
そして、アーリィはメルの横に辿り着いた。
「メル姉!!しっかり!!」
メルの手を取り、アーリィはメルに呼びかける。
「アーリィ・・・?」
涙目で、メルはアーリィを見つめる。
「しっかりしてよ、メル姉!!」
アーリィの言葉に、メルの意識がだんだんとはっきりしてくる。
そうだ。力を・・・止めないと。
「大丈夫。・・・もう、平気だから・・・ゴメンね」
メルは立ち上がり、ゆっくりと気を落ち着けていく。
メルから発せられていた光は、徐々に収まっていった。
それとほぼ同時に、まるで古びた塗料が剥げ落ちるように、白い空間が崩れ落ちていった。
「お兄ちゃん!!」
サキがアーリィに走りより、しがみつく。
そうしている間にも、どんどんと白い空間は崩れ落ちていく。
その隙間から、もといた遺跡の壁が覗き始めた。
「メル姉、サキ!!あれ!!」
アーリィの指差した方向には、遺跡の出口が、崩れ落ちる白い空間の隙間から見えていた。
「行くわよ、サキ、アーリィ!!」
メルはそう言ったが、サキが当然の疑問を口にした。
「ねえ、フェイはどうしたの?」
サキはアーリィに尋ねたが、アーリィがその行方を知るはずもない。
「大丈夫、どこかにいるさ・・・たぶん」
気休めにしかならなかったが、アーリィはそう思うことにした。
今は、彼女を探している暇はない。
メルは二人を先導し、空間の出口から外へと出た。
そこは、確かに元の遺跡の出口だった。しかし、その遺跡は、まるで地震のように、大きく揺れていた。天井から剥がれた石がパラパラと落ちてきている。ここにいつまでも留まるわけにはいかない。
揺れ続ける島の雑木林の中を、三人は走り続ける。
やがて、林を抜けると、視界が開けた。
そこには、砂浜はなかった。
まるで削り取られたような切り立った岩肌と、眼下に広がる濃紺の海があった。
島は、宙高くに浮いていた。
立ち止まり、呆然とメルは呟く。
「まさか・・・ここ、『空飛ぶ島』だったの?」
知らずに目的地にたどり着いていたことに、メルは驚いていた。
ただ、自分の知っている『言い伝え』とは、ずいぶん違っていた。
『空飛ぶ島』を「死者の魂の集う場所」と考えていたメルは、今は亡き母エルの魂に逢い、どうして命を賭してまで自分を産んでくれたのか、尋ねたかったのだ。
しかし、ここにあったのは、謎の遺跡。そしてどうやら、自分たちがその遺跡を起動させてしまったようだ。
「『空飛ぶ島』がこんなものだったなんて・・・」
想像すらしていなかった。
ただ、自分は伝承にあるとおりのものを想像し、亡き母に逢うことしか考えていなかった。
メルが呆然としていると、一際大きな揺れが島を襲った。
「うわぁ!?」
「きゃぁ!!」
サキとアーリィの叫び声に、メルは正気に返る。
なんとかしなきゃ。
メルは絶壁と化している林の切れ目から身を乗り出し、下を確認する。
・・・高い。
この高さから海面に叩きつけられたら、訓練されている自分はともかく、アーリィやサキは無事では済まない。
どうしようと悩んでいると、
「おーい、みんなぁー!!」
不意に、聞き慣れた声が、不自然な方角から聞こえた。
フェイの声が、上から降ってきたのだ。
三人が思わず上を見上げると、そこにフェイがいた。
しかし、彼女の姿は、普段見慣れている姿ではなかった。
フェイの背中には、虹色の大きな翼が生えていた。
しかしそれは、翼と呼んでいいものか。まるで枯れ枝のように細く筋張って、幾つにも枝分かれしていた。それが7枚ほど、フェイの背中にくっついていた。その一つ一つがフェイの身長の2倍以上ある。止まっていれば「翼」だとは思わないだろうが、それは確かに羽ばたいていた。
フェイはゆらゆらと揺れながら島の表面に近づく。
「早くつかまって!!この島、崩れてってるよ!!」
フェイは、3人に手を伸ばす。
「で、でも、3人も大丈夫なの?」
メルはそうフェイに尋ねる。
なんでフェイに羽が生えているのかはこの際気にしないことにする。
「大丈夫!結構余裕あるっぽいし」
にっこり笑ってフェイは手を差し伸べる。
実際、羽に慣れるまでは少し手間取った。最初はビビったあの高度も、羽の扱いに慣れるにはちょうど良い高さだった。
・・・まあ、降りていく途中で島がいきなり崩れだしたのにはぶっちゃけ驚いたが。
「じゃあ、お願い!!」
まずは、アーリィにサキを抱かせ、フェイにしがみつかせる。その後で、メルもフェイにしがみついた。
フェイはそのまま少し高度を上げると、島から少しずつ離れていった。
『空飛ぶ島』は、高度を上げながらどんどん小さくなっていく。
「力が・・・消えていく」
アーリィがぼそりと呟く。
彼には見えていた。『空飛ぶ島』が、力によって繋ぎとめられた物であることが。
その力が失われたことで、島はその形を保っていられなくなったのだ。
やがて、島はひとかけの岩の塊となり、空へ消えていった。
「消えちゃった・・・」
サキが、空を見上げたまま言った。
その台詞と同時に、ガクンと高度が落ちた。
「ごめん、やっぱ3人は・・・キッツイわ・・・」
見ると、フェイの羽の羽ばたきが、先刻よりも弱々しくなっていた。
「ダメ、限界っぽ・・・」
そして、不意にフェイの羽が消えた。
「え」
「あ」
「う」
「「「わぁぁあああーーー!!」」」
そして4人は、随分近くなった海面に落っこちた。
流木につかまって漂流している4人を、衛星を使って発見した親たちが保護したのは、それから半日ほど後のことである。
これが、『空飛ぶ島事件』の顛末である。
つづく
*次回予告*
ハンターズになったアーリィたち
幸か不幸か、全員一緒にギルド直轄になることに
おまけにルーラまで一緒ってのはどういうワケだ?
次回 「空へ!!」
第7話 「夢はどこへいった」
運がないのは生まれつき・・・
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