「海へ!!」
第10話

「彼女が水着に着替えたら」

  う〜み〜は〜ひろい〜なおおき〜い〜な♪

 イーノ達一行が『猿神』を倒したその夜、ラバンの村では盛大な宴が催された。
 村一番の大きな建物である寺院の広間では、村娘たちが喜びの舞を踊り、村中の酒が集められ、宴に花をそえていた。
 百数十年の間、村を苦しめてきた『猿神』を倒したイーノ達を、村人は『真の勇者』としてもてなした。
 特に『炎の剣』を持ち帰り、『猿神』に止めを刺したイーノは、村人に囲まれ、途切れることのないもてなしを受けていた。
 主に若い村娘中心に。
 当然サヤカは面白くない。
 イーノのバカ、あんなにデレデレしてぇ・・・。
 怒りの勢いで、いつもより数段鋭いナイフさばきで肉を切り分けるサヤカ。
 村の若衆も、サヤカの放つ殺気におびえてか、彼女には近づこうとしていなかった。
 当のイーノはそんなサヤカの視線には気づかず、しなだれかかる村娘の処理に手間取っている。
 ぶっちん。
 サヤカの中で何かがキレた。
 サヤカは盛り上がる酒宴の席をずんずんと押し進むと、村娘の囲みを乱暴に押し退けてイーノの隣に立った。
「あれ?どうしたんだサヤカ?」
 あくまで上機嫌でイーノはサヤカに尋ねる。
 こ、この究極のニブチン男・・・!!
「・・・ちょといいかしら、イーノ?」
 あくまで笑顔でそう言うサヤカだが、いつもより声が1オクターブばかり低い。
「・・・な、なにかな?」
 イーノは笑顔を崩さなかったが、さすがにこのニブチン男も、今のサヤカがひどく怒っていることくらいは理解できた。
 その証拠に笑顔がひきつっている。
「少し顔貸してもらいましょうか・・・」

 宴の主賓がいなくなっても、寺院からは途切れることのない宴の音が聞こえてきた。
 イーノとサヤカは宴の席を抜け、村の外れに来ていた。
「・・・ひょっとして、怒ってる・・・?」
 いまだにこちらを向いてくれないサヤカに、イーノはおそるおそる尋ねた。
「・・・怒ってるに決まってるじゃない!!」
 振り向いたサヤカは泣いていた。
 ビンタか拳くらいは覚悟していたイーノだったが、まさか泣かれるとは思っていなかった。
 イーノは申し訳なさそうに頭を下げる。
「・・・ごめん・・・」
 とりあえずそう謝るが、それだけで収まるはずもなかった。
「ごめんじゃないわよ!!あんなにデレデレして!!目の前にあたしがいるって思わなかったワケ!?」
 まくしたてるサヤカに、イーノは再び頭を下げる。
「ごめん」
「謝って済むってコトじゃないでしょ!!あたしがどれだけいやな思いしたか分かってるの!?」
 まだ、サヤカの怒りは収まらないらしい。
 だったら。
「分かってるよ・・・多分」
 イーノはそう言うやいなや、サヤカを抱き締めた。
 サヤカはイーノの突然の行動に、呆気にとられてしまう。
「ごめんな、サヤカ」
 サヤカの耳もとでイーノは優しくそう言う。
 サヤカの中で、怒りが急速に静まっていくのが分かった。
「・・・ズルい・・・こんな時だけ・・・」
 イーノの腕の中でサヤカは抗議するが、その声には怒りは含まれていなかった。
「まあ、戦略ってやつかな。
『たった一つの冴えたやりかた』ってやつさ」
 イーノはサヤカの涙を指でぬぐいながら言う。
「・・・もう、バカ・・・。
 ・・・じゃあ、こういう時どうすればいいか、分かってるわよね・・・?」
 サヤカはそう言ってイーノを見上げ、目を閉じる。
 この意味が分からないほどイーノも鈍くはない。
 が、しかし。
「兄ちゃ〜ん、姉ちゃ〜ん!!やっと見つけた〜!!」
 宴の席から抜け出した二人を探していたリツの大声が、雰囲気を台無しにした。
 二人はあわてて離れた。
「も〜、途中でいなくなるからみんな探してたんだぜ?
 ほら、行こうよ」
 リツはそう言ってサヤカの服の裾をひっぱる。
「わ、わかったわよリツ君。
 もお、しょうがないなぁ〜」
「姉ちゃん、なんかコワい・・・」
「目が笑ってないぞサヤカ・・・」

 一方その頃、村長が何か礼はできないかと、エルとフォックスに話を持ちかけていた。
「そうねえ。日持ちする食料なんかあったら、分けて欲しいかもね」
 エルはそう言って地酒の入ったジョッキをあおる。
 ちなみにもう5杯目だ。
「あと移動手段も欲しいかな。あったらでいいが」
 フォックスは手にした酒瓶からジョッキに地酒を注いで、言う。
 ちなみにこっちは7杯目。
 酒に強いと自負していた村長だったが、この2人のハイペースぶりに少々自信をなくしていた。
 ちなみにまだ3杯しか飲んでいない。
「・・・ふむ。そういえば旅の途中でしたな。
 皆様はどちらへ向かわれるので?」
「ああ、村長さん、ジョッキが空いてますよぉ〜♪」
 ようやく3杯目を空けてそう言った村長のところへ、給仕としてあっちこっち酒を注ぎまくって回っているドーラがやってきた。
 空いたジョッキに酒を注ぐのが楽しくてしょうがないらしい。
 ちなみにもうすでに23人の村人をその毒牙にかけている。
「ああ、すいませんのぉ・・・」
 村長はそう言ってドーラの酌を受けるが、さすがに限界が近い。
「私たちは『海』へ向かってるのよ」
 ドーラ、こっちもちょーだい、と続けて、エルはそう言った。
 はーい、しつれーしましたー、と上機嫌に酒を注ぎにいくドーラの声を聞きながら、村長は答えた。
「でしたら、うちの村の者を案内につけましょう。海へは馬車で最短距離を取れば丸一日で着きますぞ」
 言い終わってジョッキを少しあおる。
 そろそろ止めた方がよさそうだ。
「へえ。意外と近いんだな?」
 言ってからドーラ、あと2、3本持ってこい、とフォックスは続けた。
 はーいただいまー、とドーラが酒瓶を取りにいくのを見ながら、村長は答えた。
「ええ。海の近くには他の村もありますし、今の時期なら海水浴に出かける者もおりますのでな」
 言い終わって酒を飲む。ようやくジョッキは空になった。
「ああん村長さんいい飲みっぷり〜☆」
 その隙を見逃さず、ドーラはさっと酒を注ぐ。
「い、いえ、私はもう・・・」
 村長は遠慮するが、それを聞くドーラではない。
「じゃ、これでラスってことで〜♪」
 仕方無しに村長はジョッキをあおる。
 ジョッキが空になると、村長の視界はずいぶんとぼやけていた。
 そのまま、村長は床に倒れこむ。
 ・・・くす。24人目・・・★
 さりげなくキルマークを付けているドーラであった。

 次の日、リツの家族がイーノ達を海まで送っていくことになり、昼近くに馬車を仕立ててくれた。
 昼近くまでかかったのは、村人が32人も二日酔いで寝込んでいたためだ。
 ちなみにエルとフォックスはけろりとしている。
 地酒は結構強かったのだが、この2人は正真正銘のザルであった。
「わ〜い、海だ海だ〜」
 馬車に乗り込んだメンツで一番盛り上がっていたのはリツであった。
 どうも秘境に行くという雰囲気ではない馬車の雰囲気に、サヤカはリツの母に質問をしてみた。
「あの、『海』ってよく行かれるんですか・・・?」
 サヤカの質問に、リツの母は笑顔で答える。
「ええ、この時期になると『海開き』っていうのがあって、それがあった後は海水浴ができるようになるんですよ♪」
 どうやら、サヤカが考えているほど『海』は秘境ではないらしい。
 少々あてが外れたが、もともとこの旅はイーノと親しくなるのが根本的な目的だ。その目的が達成された今、『海』は余録に過ぎない。まあ、依頼という建て前がある以上、海へ行っておく必要はあるだろう。
 そうして一行が準備を整えていると、村長代理のリツの叔父がやってきた。
 ちなみに村長は二日酔いで寝込んでいる。
「これを、みなさんに渡しておけと、村長が」
 言った彼の手のひらには、5つの小さな金属板があった。
 それは、軍隊のドッグタグのように小さな穴に皮紐が通されており、首から下げられるようになっていた。
 村人たちが付けている物より随分と小さかったが、それは紛れもなく『口伝の板』だった。
「この大きさだとすぐ近くの者としか使えませんが、これから先必要になるだろうということで」
 たしかに、ラバンの村のような所は例外だろう。
 サヤカはそれをありがたく受け取った。
「それでは、いってらっしゃいませ」
 32人の村人を除いた村人たちに見送られ、馬車は海へ向かった。

 丸一日かかってやってきた海には。
 人がたくさんいた。
 浜の一番手前には露店が立ち並び、香ばしい匂いを放っている。
 浜のそこかしこには敷布を敷いて日光浴を楽しんでいる現地人の姿も見える。
「・・・確かに・・・『海』・・・だけど・・・」
 その光景を見てエルは呆気にとられた。
「・・・なんか、イメージ違うんじゃない・・・?」
 そんなエルにかまわず、サヤカはてきぱきと準備をしている。
 荷物の底を漁り、まだ梱包も解いていない『とっておき』の水着を取り出す。
 サヤカの頭の中ではすでに、夕暮れの海での自分とイーノのラブシーンが展開していた。
「えへ」
 頬を赤らめてにへらと笑う。
 ちなみにこの水着を買った時も同じ妄想をしていたのは言うまでもない。
「ちょっとサヤカ・・・?」
 話を聞いている雰囲気のまったくないサヤカに、エルは突っ込みを入れる。
「浮かれるのもいーけど、あんたはこれ見てなんとも思わないの・・・?」
 そんなエルに、サヤカは言った。
「気にしたら負けですよ、エルさん♪」
 まあ、そんな気もするのは確かだが。
「でもねえ・・・」
「せっかくの海だもの、楽しまないと☆」
 確かにそんな気もするのだが。
「な〜んか、間違ってる気がするのよねぇ・・・」
「気のせいですってば」
 
 全員が浜に行く準備が整うと、浜にいく前に注意がある、とリツの父親が全員を集めた。
 しかし、フォックスはいなかった。
「あれ、フォックスさんは?」
 水着のイーノが水着の上にパーカーを羽織った格好のエルに尋ねる。
「・・・あのバカ、水着のおねーちゃん見たら理性なくして浜にすっとんで行ったわよ・・・」
 呆れたようにエルは言う。
 どうやらフォックスは一足先に浜に行っているようだ。
「まあ、一人いませんがいいでしょう」
 リツの父親はそう言って話しはじめる。
「この浜には決まりがあって、真ん中は普通の浜なんですが、東の端と西の端は特別な浜なんです」
 そう言って、リツの父は東の端を指す。
「東は『男浜』と言って、女性が入ってはいけない浜です」
 たしかに、そこから見える東の端には、男しかいない。
「そして、西は『女浜』。逆に、男性が入ってはいけない浜です」
 そちら側には、確かに女性しかいなかった。
「あの〜、もし入っちゃったらどうなるんですか?」
 イーノが当然の反応を示した。
 リツの父親は渋い顔をして答えた。
「・・・それはですねえ。
 どんなイタズラをされても文句は言えないんです・・・」

 一方その頃フォックスは。
「うをおおおおおおおおおお!!
 こっちはおねーちゃんばっかじゃねーか!!」
 この世の天国を見つけてハッスルしていた。

 ドーラが確保していた場所に敷布を敷くと、一行は海へ入る準備を始めた。
 いきなり準備運動をはじめるイーノとリツの前で、サヤカは今まで羽織っていたパーカーをするりと脱いだ。
 それは、今まで水浴びの時に使っていたものとは全く違う、布地の極端に少ない赤いワンピースだった。ワンピースとは言っても、大胆にカッティングされた布地が腰の横で小さなリングで連結されているだけで、背中と腹は大きく開いていた。
 サヤカは後ろのイーノの反応を盗み見た。
 案の定、イーノは動きを止めている。
「イーノ、あたし、似合ってる・・・?」
 少しはにかんでサヤカはそう尋ねるが、イーノの視線が別の場所にあるのに気づいた。
 その視線の先には、エルがいた。
 その身を包んでいたのは、いつもの水浴び用の水着ではなく、大胆なカットの黒いビキニだった。ブロンドのショートボブに、アクセントのサングラスを乗せている。
 サヤカとははっきり言って物量が違う。
「ば、化け物・・・!!」
 はっきりと『負け』を悟ったサヤカであった。

 一方その頃フォックスは。
「なに?ここに寝るの?
 へー、砂で布団か〜。考えたね〜。
 ・・・こ、このアングルもなかなか・・・。」
 この世の天国を満喫していた。

 イーノが海に入ってしまうと、サヤカはいきなり暇を持て余してしまった。
 実はサヤカ、泳ぎが余り得意ではない。
「う〜、ヒマ〜」
 波打ち際からハイスピードで泳ぐイーノを眺めながら、サヤカは海水を蹴っていた。
「お嬢さん、今暇?」
 するとそこに、声をかけてきた男がいた。
 浅黒く日に焼けた健康的な現地人だ。
「見たことない顔だけど、遠くから来たの?」
 明らかにナンパ目的だ。サヤカは露骨にイヤな顔をした。
「ごめんね、連れがいるの」
 つい、とサヤカは男から視線を外す。
 しかし、それで諦める男ではなかった。
「君みたいな娘ヒマにするよ〜なつれないヤツはほっとけばいーよ。
 それより、オレと楽しいことしない?」
 ・・・しつこい。
 サヤカは無視を決め込むことにした。
「ほら、いこーよ」
 無言を肯定と勘違いしたのか、男はサヤカの腕を掴んだ。
「あ、やだ、離してよ!!」
 サヤカは振りほどこうとするが、男の力は案外強く、男の手は離れない。
「ほら、いい場所知ってるからさ」
 そう言って歩きだそうとした男の前に、人影が立ちはだかった。
「よお、待たせたなサヤカ」
 イーノだった。
 イーノはサヤカの逆の腕を取ると、自分の方へ引き寄せた。
 男はおとなしく手を離した。
「そ、それじゃあ」
 そそくさとそのまま男は立ち去った。
「もー、遅いイーノぉ」
 サヤカはそう言ってイーノを非難する。
「悪い、泳ぐの久しぶりだからつい・・・」
 申し訳なさそうにイーノは謝る。
「その代わりといっちゃなんだけど、泳ぎ教えてやるよ。
 サヤカ、泳ぎ苦手だっただろ?」
「・・・へ・・・?」
 サヤカは思い出した。
 昔、イーノが同じように『泳ぎを教えてやる』と言って、いきなり自分を足のつかないプールに蹴落としたことを。
「い、いーよもう泳げるし!!波打ち際でぱちゃぱちゃやてるから!!」
「はっはっは。遠慮するなよ、オレとお前の仲だろ?」
「そういう意味で言ってるんじゃな〜い!!」

 そして、夕刻。
「し、死ぬかと思った・・・」
 いきなり背負われ、沖合いに連れ出されてえんえん泳ぎをレクチャーされたサヤカは、半分虫の息だった。
 膝を立てて敷布の上に座り、その膝の上に両腕と顎をのせている。
「わ、悪ぃ。調子にのりすぎた・・・」
 さすがにそのサヤカの様子を見てイーノはすまなさそうに謝る。
 そして、サヤカの背中にパーカーをかけ、自分もその隣に座り込む。
「本当に〜。もー、頑張るのはいいけど、こっちの都合も考えてよね」
 言ってサヤカは海を見つめる。
 夕日が沈みはじめ、海は茜色に燃えていた。
「きれい・・・」
「え?」
 サヤカの言葉に横を向いたイーノははっとした。
 夕日の茜に照らされて、紅く染まった頬と、唇。
 その瞳はまるで黒い宝石のように、辺りの景色を写していた。
 そこにいたのは、いつものおてんば娘ではなかった。
「どうしたの?イーノ。あたしの顔になんかついてる?」
 自分の顔をじっと見つめるイーノに、サヤカはそう尋ねる。
 突然振り向いたサヤカに、イーノは思わずうろたえた。
「い、いや!!別に、お前にみとれてたわけじゃ・・・!!」
 慌てて言い訳するが、全くフォローになっていない。
 サヤカは思わず吹き出す。
「それじゃ、何にみとれてたのかなー?」
 わざと意地悪く、サヤカは尋ねる。
「え、えーと・・・」
 困ったようにイーノは辺りを見渡すが、いい言い訳が思い付くわけでもなかった。
「・・・ね、一昨日の続き、しよっか」
 不意に、サヤカがそう言った。
「へ?続きって・・・」
「こういうコト・・・」
 そう言って、サヤカは目を閉じる。
 そして・・・。
「お嬢様〜。ご飯の準備ができましたぁ〜」
 ドーラののーてんきな大声が全てを台無しにした。
 駆け寄ってくるドーラを迎えるようにサヤカは立ち上がり、やってきたドーラの肩をつかんだ。
「はにゃ?なんでしょうお嬢様?」
「いいからドーラ。こっちいらっしゃい」
「はにゃぁ?どこいくですかお嬢様?そっちは岩陰・・・」
「ふっふっふ。同じ女のよしみで、顔はカンベンしてあげる・・・!!」
 そして二人は岩陰に消える。
 女は恐い、そう思ったイーノだった。

 一方その頃、フォックスは。
「ねえ、彼女たち〜?
 なんか耳に海水入ってくるんですけど〜?指も動かせないし?
 ねえ、彼女たち〜?」


「彼女が水着に着替えたら」おわり



*次回予告*

 遠い旅路の果てに、彼は何を見たのか。
 彼女は彼と、何を手に入れたのか。
 海辺の町で、すべては始まる・・・。

 次回「海へ!!」
 最終話「そして、それから」

 そして少年は、旅に出る。


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