「海へ!!」
最終話

「そして、それから」

そして、少年は旅に出る。

 今日も港に朝がやってくる。
 朝の汐風が建物の間を走り抜け、町の住人の目を覚ましてゆく。
 ここは、港町ヴェルソー。
 パイオニア2入植後、最初にできた港町である。

 この町での子供たちの朝は早い。
 パイオニア2の入植によって「学校」ができ、現地人・移植民、貧困・裕福の別なく、通うことができるようになっていた。
「ほら、お兄ちゃん、早く起きないと遅刻しちゃうよ?」
 母親譲りの青い髪を揺らしながら、サキ・ツヴァイは兄の布団を揺らす。
 彼女の兄は今年で12になるが、まだ一人で起きられない。
 ちなみにサキは1つ下の11だ。
「ん〜、もう少しらけ・・・」
 枕に顔を埋め、強固に抵抗を続ける彼の名は、アーリィ・ツヴァイ。
 パイオニア2随一の『冒険家』、イーノ・ツヴァイの息子である。
「も〜、今日はみんなに大事な話があるって張り切ってたの、お兄ちゃんじゃないの〜」
『みんな』とはアーリィの遊び仲間のことであり、その中には上の学校に通っている者もいる。
 始業時間が違うので、朝早くに待ち合わせをしていたのだ。
「い、いっけねー!!」
 アーリィはあわてて飛び起きると、サキを押し退けて時計を見た。
「わ〜〜〜〜〜!?遅刻だ〜〜〜〜!?」
「も〜、だから言ったのに〜」

 アーリィとサキがあわてて待ち合わせ場所に着くと、そこにはすでに仲間が揃っていた。
「遅い。3分遅刻」
 きびしい口調でそう言ったのは、メル・メイヤー。
 今年15になるニューマンの少女で、この町の町長フォックス・メイヤーの一人娘である。
「ご、ごめんメル姉」
 メルはアーリィの姉貴分で、彼は彼女に頭が上がらない。
「大事な話があるんじゃなかったのかよ、アーリィ」
「そうだよ〜」
「なのに遅刻してくるなんて、しんじらんね〜」
 ほかの仲間たちは、口々にアーリィを非難する。
「まあいいわ、みんな。
 アーリィの話、聞いてみましょ」
 メルがそう言うと、仲間たちは静かになった。
 そして、少し緊張しながら語り出すアーリィ。
「あ、あのさ、この前嵐が来ただろ?
 あの時に、オレ、見たんだ」
 そこですこし口ごもるアーリィ。
「ほら、早く言いなさい」
 メルがせかすと、アーリィは続けた。
「沖に、空飛ぶ島があったんだ!!」
 空飛ぶ島。
 この港町ヴェルソーではよく知られた迷信だった。
 その島は海面すれすれを浮かんでおり、常に留まることはない。
 そして、この地で死んだ人間の魂はすべてそこへ行くのだと。
 現地人の伝説がもとになったお伽話の一つだと、言われている。
 ぷっ。
 誰かが吹き出した。
 ・・・わはははははははは!!
 それに釣られるように、皆が大声で笑い出す。
「また始まった、アーリィの大ボラ!!」
「そんなんでわざわざ呼び出したのか!?」
「バカみてー」
「う、嘘じゃない!!」
 必死にアーリィは否定するが、皆は全くとりあわない。
 アーリィは何度も何度も否定したが、だれも聞く者はいなかった。

「くっそー。みんなしてバカにしやがってー」
 アーリィは至極不機嫌に、家路を歩いていた。
「私は信じてるよ。お兄ちゃんのこと」
 その後ろをついて歩くサキが、兄をそうなぐさめる。
「そう言ってくれるのはお前だけだぜ・・・ありがとな、サキ」
 そう言ってアーリィはサキの頭を撫でる。
「えへへ」
 そうして家路を歩いていると、二人の目の前に人影が現れた。
 メルだった。
「あれ?メル姉、どうしたの?」
 アーリィの疑問に、メルは申し訳なさそうに頭を下げる。
「今朝はごめんね。実は、私も見てたのよ、『空飛ぶ島』」
 それは、その嵐の日。
 窓の補強のために外に出たメルは、沖の向こうに稲光の中に浮かぶ島を見つけた。
 その時は、まさかと思った。
 いままで、幻覚か何かだと思っていた。
「そっか!!メル姉も見てたんだ!!」
 興奮した面持ちで、アーリィは喜ぶ。
「それで・・・アーリィはどうしたいの?」
 メルは、そう訪ねた。

「無理だよお兄ちゃん、冒険なんて〜」
『空飛ぶ島』に行く、と言い出したアーリィの話を聞いて、サキは反対した。
「大丈夫、メル姉にリツ兄ちゃんまでついてきてくれるんだぜ?絶対大丈夫だって」
 それは、メルの企てた計画だった。
 ベテランのハンターズである、あくまで自称だが、リツが、この冒険に同道してくれる。
 メルはまだシミュレータしかしたことはなかったが、常にSSランクをたたき出す成績優秀なハンター候補生だった。
 まだ練習ばかりで実施訓練のないアーリィとサキも、いちおうとはいえハンターとフォースの候補生だ。
 今のラグオルは昔と違い安全だ。このメンバーなら大丈夫だろう。
 メルはそう言っていた。
「メル姉も太鼓判押してくれたし、平気だよ、大丈夫」
「もぉ〜」
 上機嫌で冒険の準備をするアーリィを、しぶしぶながらサキは手伝った。

 その頃、メルは町の共同墓地に来ていた。
 一つの墓の前で足を止めると、そこに持っていた花を供えた。
『エル・メイヤーここに眠る』
 そこは、彼女の母の墓だった。
 ニューマンであった彼女の母は、彼女を産んで間もなく、他界した。
 原因は、出産によるものだった。
 本来、ニューマンに生殖機能はほとんどない。
 彼女の母は、己の遺伝子から卵子を人工的に作り、胎内に宿すという方法で彼女を身ごもった。
「・・・どうしてかな。今更なんて思うけど、どうしても気になるの」
 その墓の前で、メルはそうひとりごちる。
「あんなチャランポランな親父のどこに惚れたのかってのも聞いてみたいんだけど・・・。ま、それは半分わかるからいいや。
 やっぱり、どうしてそこまでして私を産んでくれたのか知りたくって。
 ・・・それにさ」
 そして、腰の後ろからヌンチャクを取り出す。
「まあ、アーリィとサキにはいい迷惑だと思うのよ。
 でもさ、まあ、好きなもんはしょうがないよね」
 照れ隠しに、墓の前で軽く振って見せる。
「あそこの両親はそうやってくっついたって話だしね。
 私もあやかってみることにしたってわけ」
 ヌンチャクを仕舞うと、メルは墓に背を向けた。
「何よりライバル不在ってのがポイント高いのよね」

 次の日の朝。
 ライバルが待ち合わせ場所にいた。
「んも〜、どうして教えてくんないのぉ、ダーリぃン♪」
 その現地人の女の子は、無意味にアーリィに抱きついている。
 アーリィはうざいなあ、あっちいけよ、と乱暴に押し退けるが、彼女はあぁん、いじわるぅ、とか言いながら再度抱きついている。
 彼女の名前はフェイ。アーリィと同じハンター科の同級生である。
「な、な、な・・・!!」
 なんでアンタがここにいんのよ、と言おうとしたメルだったが、怒りのあまりロレツが回っていない。
「悪ぃ、メル。口すべらしちまった」
 その横で青年が小声で謝る。
 彼の名はリツ。
 アーリィの父にあこがれてハンターになった青年である。
 ついでに言うとフェイの従兄弟である。
 メルは恨みがましい目でリツを睨む。
「そ、そんな目するなよな・・・」
 おもわずたじろぐリツ。
 そんな二人をよそに、向こうではアーリィたちがわやわやと騒いでいる。
 もー、お兄ちゃんから離れてっ!!いいじゃない、二人は愛し合っているんだから♪いつ愛し合った、いつ!?も〜、ダーリンたら照れちゃって☆だから離れてって言ってるでしょぉ!!もー、うるさいわねこのブラコンサキ〜。ち、違うもん!!ぃいから離れろよ重い!!え〜、重くないわよ〜?・・・
 その騒ぎのせいで、出発が予定より1時間ほど遅れたのは言うまでもない。

 そしてそれから1時間ほどたったツヴァイ邸にて。
「お嬢様ぁぁ〜〜!?」
 相変わらずの大声で、2階からドーラが駆け降りてきた。
「も〜、ドーラうるさい。
 朝くらい静かにできないの〜?」
 キッチンで卵を炒めていたサヤカが、降りてきたドーラをそう叱る。
「ああああのですねこんな置き手紙が坊ちゃんたちの部屋にぃっ!?」
 大きく広げられたその紙には、下手くそな字で大きくこう書かれていた。
『冒険に出ます。探さないでください アーリィ サキ』
「ええええええ!?」
 それを目の当たりにしたサヤカは度肝を抜かれた。
 いつかやらかすだろうとは思っていた。
 だってイーノの子供だし。
 でもよりにもよって2人揃って、学校も出ないうちに?
 は、早すぎ・・・。
 20でアーリィを産んでいるサヤカも、さすがにこれには驚いた。
「なんだよ、朝からうるさいな〜」
 警備の仕事で遅番だったイーノが、ボリボリと頭を掻きながら現れた。
 イーノ・ツヴァイ、当年とって32才、ヴェルソーの警備主任である。
「あ、あなた、これ見て!!」
 サヤカの差し出した手紙を見て、イーノも度肝を抜かれた。
「なんだってぇぇぇ???」
 サヤカの子供だから、いつかやらかすだろうとは思っていたが・・・。
 は、早ええ・・・。
 21の時はすでに「ぱぱ」と呼ばれていた男も、さすがにこれには驚いていた。
 そしてそこに、髭づらの町長がやってきた。
 町長の名はフォックス・メイヤー。本名はアルフレッド・メイヤーだが、通り名の方が好きなので相変わらず通り名の方を名乗っている。
「お、おい、ウチの娘きてないか!?」
 その手にはやっぱり、手紙が握られていた。

「でもさ、よかったのかな?」
 船の甲板の上で空を眺めながら、アーリィが言った。
「なにが?」
 その横で海を見つめていたメルが尋ねる。
「父さんたちに黙って出てきちゃったこと」
「いいんじゃない?」
 こういうことを聞かれるだろうな、と思って用意しておいた台詞を、メルは口にする。
「アーリィのお父さんとお母さんも、すっごく若いころ冒険に出たって話だし、そのころより今のラグオルはずっと安全だしね。
 それに、お父さんとお母さんがその冒険で得た・・・」
「あぁんダーリン、きもちわるぅい、介抱してぇ♪」
 これからいいとこ、というところでフェイが現れ、アーリィにしなだれかかってきた。
 ぷっちん。
 メルの中で何かがキレた。
「ええい黙れ漁師の娘!!」
「なによ、町長の娘だからって大きい顔しないでくれる〜!?」
「やるか!?」
「やらいでか!!」
 そして、船の上は戦場と化した。

「ああもうドーラ、それは置いていきなさい!!」
「え〜?でもこれ必需品ですよ?」
「やっぱお前にまかせとくと軍事演習になるな・・・」
「なんだと!?出られる車がない?出なきゃ出すんだよ!!」
 親+メイドの一行が彼らを追うためにヴェルソーを出たのは、夕方のことであった。
 こともあろうに、内陸に向かって。

 こうして、親対子の、壮絶な追いかけっこが始まった。
 でも、それは、また別の物語。



   『海へ!!』おしまい。









              でも、冒険はつづく☆


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