「海へ!!」
第6話

「温泉でGO!!」

  はぁ〜 びばのの♪

 密林を抜けるのに、川を遡るというエルのやり方は正解だった。
 常に水源を確保できたし、密林で迷うこともなかったからだ。
 七日もすると、イーノ達一行は密林を抜け、なだらかな山々の連なる山脈のふもとへと出た。
「この山脈を越えれば、赤道収束帯に出るはずだわ」
 パイオニア2では珍しい、紙製の地図を手に、エルは言った。
「え〜、まだ山登るの〜?」
 不満たらたらの口調でサヤカが言う。
 この娘にはどうやら、自分が事の発端であるという自覚がないようだ。
「いいかげん木ばっかりの景色にもあきあきしてたし、丁度いいかな」
 あくまでも前向きに、イーノが言う。
 こういった前向きな所が彼のいいところだと、常々エルは思っていた。
 イーノは体頑丈だからお気楽でいーわね、お前が鍛えてないんだろ、オンナノコはそんなことしなくていーの、などと口論している二人に、エルは言った。
「さ、いいかげん行きましょ。
 少しでも先に進んでおかないと」
 先輩の言い分に、二人ははーい、と従った。

 その山はなだらかなくせに妙に暑かった。
 日差しはそんなにきつくはないのだが、空気が暑い。
 さらに、川を流れる水も妙にぬるかった。
「う〜、汗キモチワルイ〜」
 サヤカが服の衿をだらしなくぱたぱたと動かしながら言った。
 彼女の着ているのはフォース用の簡易スーツだったが、露出がそれほどないために、汗が少しこもっていた。
「・・・たしかに、少し気持ち悪いわね」
 エルも、顔をしかめながら言う。
 普段からそこそこ露出の高い服を着ている彼女でさえ、汗による不快感を訴えていた。
 しかし、イーノ達男性陣は気にしている様子はない。
 確かに彼らも時々手で額から流れ落ちる汗を拭き取ってはいるのだが、彼女たちのようにあからさまに不快を口に出すことはしない。
 我慢強いのではない。彼らの場合、単に慣れているだけである。
 ちなみにドーラは気にした様子はない。アンドロイドの彼女は当然のことながら、汗をかかない。
 その奇妙な暑さの中、一行は進み、結局夕方に河原から少し離れた台地でキャンプを張った。

「シャワーないの、ドーラぁ」
 汗の染み着いた下着と服を代えた後、サヤカはお付きのドーラに愚痴をたれる。
「すいませんお嬢様、シャワーはイーノさんの指定されたカテゴリの中には入ってなかったんです」
 それを聞いたサヤカは、イーノをジト目で睨む。
「イーノぉ〜」
 その視線は、なんでシャワー持ってきちゃ駄目だったの、と言っていた。
「文句言うなよ。シャワーみたいなかさばるもん持ってこれるはずないだろ。
 それに、水ならしこたまあるんだ。それ浴びればいいじゃないか」
 男性陣はすでに川の水で水浴びを済ませている。
 この後、男性陣にのぞかれないようにして、女性陣も水浴びをする予定だった。ちなみに、いつも警戒して水着で水浴びをしているのは言うまでもない。
「ヤなの〜。熱いシャワーがい〜の〜!」
 もう一週間以上もシャワーを浴びていない計算になる。
 サヤカは激しく不満だった。
「・・・」
 エルは黙ってそのやりとりを聞いていたが、実際のところ、彼女もシャワーがあったら浴びたい気分だった。

 そして次の日。
 まず最初に異変に気づいたのはドーラだった。
「なんでしょう?あれ」
 上流に見える山肌を指さし、ドーラは言う。
 望遠機能で捉えたドーラの解説によれば、『階段が湯気を吹いている』そうだ。
 なんの事かさっぱり解らない一行は、とりあえず進んでみた。
 そしてしばらく行くと、確かに『階段が湯気を吹いて』いた。
 具体的に言うと、階段状になった斜面の各段から、湯気が出ていた。
 そして、鼻をつく硫黄の匂い。
「これ、『温泉』ってやつじゃない?」
 期待に満ちた声で、サヤカが言う。
 サヤカは『温泉』をデータでしか知らなかったが、『温泉』が美容と体にいい、天然のお風呂であることは重々承知していた。
「入ろ、入ろ♪」
 サヤカに犬の尻尾がついていたら、彼女は間違いなく全開で振っていただろう。
 エルが念のため、と言ってドーラに水質を調べさせる。
「えっと、極めて弱いアルカリ性を持つお湯です。成分的に、肌あれ・すり傷・かたこり・リウマチなんかに効果がありそうです。お湯の温度は四十度、入り頃ですね☆」
 ドーラの分析結果を聞いて、サヤカが言った。
「入る、絶対入る!!」
「ま、まあ、反対する理由もないわね」
 結局自分も入りたいエルであった。

 そして、男性陣は下段の温泉、女性陣は上段の温泉を使うことになった。

 上段の湯船には、辺りから集まってきたのか、鹿や鳥などが、湯を浴びていた。
「わー、すごーい」
 上機嫌でサヤカも湯に浸かる。
 ちなみに今は水着は着ていない。つまり全裸である。
 男性陣とは高低差にして10メートル以上離れているし、せっかくの温泉に水着ではいるなんて不粋よ、とエルが言ったからだ。
 当のエルは一足先に湯に浸かり、顎だけを岩場にのせてほけーっとしいている。
「はー・・・。しあわせー・・・」
 そのゆるみきった表情からは、普段の彼女の鋭さは感じられなかった。

 一方下段の温泉では。
 久しぶりの風呂を、イーノは堪能していた。
「フォックスさん、たまにはこういうのもいいですね」
 湯気の向こうにいるはずのフォックスに向かって、イーノは語りかける。
 しかし、返事は返ってこない。
「フォックスさん?」
 イーノが辺りを見回すと、湯から上がろうとするフォックスを見つけた。
「フォックスさん、もう上がるんですか?」
 二人が湯につかってから、まだ1分と経っていない。
 フォックスはイーノを振り返ると、ちちち、と指を振って見せた。
「少年。君はまだ男のロマンのなんたるかを理解しとらんよーだ」
 フォックスの言葉に、イーノは首を傾げる。
「少年。女性を美しいとは思うか?」
 唐突なフォックスの質問に、イーノは困惑したが、すぐに首を縦に降る。
「なら迷うことはない。共にゆこうではないか、少年!!」
 言って、フォックスはイーノに向かって手を差し伸べる。
 イーノはだんだん、彼の言いたいことが理解できてきた。
「ひょっとしてフォックスさん、のぞきに行こうって思ってません?」
 フォックスは慌ててイーノの口を抑えると、小声で言った。
「人聞きの悪いこと言うなよ!
 いいか、上にはうら若き女性が二人、おそらく『全裸』で風呂に入ってるんだぞ。
 これをのぞかないのは・・・失礼に値するとは思わんか?」
「・・・思いません」
「わからんやつだなー!!
 いいか、こんなチャンス、人生の中でそうそう巡ってくるもんじゃないんだぞ。うら若き女性の柔肌を!!しかも、標準以上の水準のを同時に二人!!おがめるとゆーのにだな!!
 これで行かなきゃ男がすたるっ!!」
 ・・・言われてみれば・・・。
 イーノの心は、ぐらつき始める。
「確かに、そんな気も・・・」
「だったら!!思い立ったが吉日!!
 いざゆかん、アルカディアへ!!」
 イーノの手をとり、フォックスは斜面の岩肌に手をかけた。

 湯から上がって体を洗いながら、サヤカは軽い劣等感におちいっていた。
 すぐ隣では、エルが体を洗っている。
 腕を洗う動きに合わせ、その豊満な胸が揺れる。
「いーなー・・・」
 思わず口をついてもれる、羨望の言葉。
 自分の胸を見下ろすと、その貧弱さがはっきりわかる。
「どうしたの?」
 不意に、顔をのぞき込まれた。
 下を向いて落ち込んでいたのをエルが心配してくれたのだ。
「あ、ううん。なんでもないんです・・・」
「それにしては、深刻そうだったけど・・・?
 良かったら、お姉さんに話してみなさい」
 サヤカの隣に腰を下ろし、エルが言う。
「え〜っと・・・。
 男の子って、やぱり胸大きい人の方がいいのかな・・・って」
 エルは思わず吹き出した。
「ま、その年頃なら誰でも思うことよね。
 私も昔、同じことで悩んでたわ」
「え、エルさんも?」
「うん。私も昔は、サヤカくらいの胸だったのよ。
 でも、16を過ぎたあたりからどんどん大きくなって・・・今はこの有様よ」
 言って、軽く肩をすくめる。
「心配しなくても、すぐ大きくなるわよ。
 ・・・でも、大きくなりすぎるのも考えものなのよね・・・」
 言うと同時に、エルの目がすぅっ、と細くなる。
「・・・え?」
「こういうバカが、寄ってくるからっ!!」
 言うと同時に、手近にあった小さな岩を掴み、エルは背後に向かって投げた。
『むぎゃ』という声と、何か堅いものどうしがぶつかる音がした。
 その音の発生源は、フォックスだった。
 フォックスは白目をむくとゆっくりと後ろに傾いてゆき、やがて、落ちた。
「フォックスさん!?」
 すぐ上にいたフォックスが下の湯船に着水して派手な水柱を上げるのを見て、イーノは驚いた。
 そのすぐ後ろから、エルのドスの効いた声が降ってきた。
「イーノ、後ろ向いたらアイツと同じ目に合わせるからね」
「・・・は、はい!!」
 そして、追い打ちをかけるように、サヤカの侮蔑の声が降ってきた。
「・・・イーノのスケベ・・・」

 その晩、男性陣の食事の盛りが少なかったのは言うまでもない。


*作者注*「のぞき」は立派な犯罪です☆


「温泉でGO!!」おわり

*次回予告*
 それは、ちょっとしたアクシデントだった。
 少し、いいカンジに入りすぎただけだった。
 それが、こんな結果に・・・。

 次回  「海へ!!」
 第7話  「記憶がない!!」

 天災は、忘れたころにやってくる。

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