「海へ!!」
第7話
「記憶がない!!」
天災は、忘れたころにやってくる。
「そいつ」は突然襲ってきた。
パイオニア2では『黒い悪魔』と呼ばれ、恐れられている生き物だ。
ラグオルに『そいつ』がいた、との報告はなされていなかったが、その姿、形は『そいつ』に他ならなかった。
赤道近くの気温と、栄養の豊富さで、少々発育はよかったが、黒光りする何物も寄せつけぬその装甲は、まさに『黒い悪魔』と呼ぶに相応しかった。
「きぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁ!!!???」
それを最初に発見したのは、こともあろうにドーラだった。
台所で『そいつ』に襲われて以来、ドーラは『そいつ』がトラウマになっている。
「ゴキブリですゴキブリですゴキブリですっっっっ???」
ドーラは愛用の中華鍋と万能オタマをぶん回し、『黒い悪魔』を追い払おうと必死になる。
しかしいかんせん、戦闘プログラムを積んでいないアンドロイドでは、『黒い悪魔』の機動力に追い付けない。中華鍋とオタマは空しく空を切る。
「おいドーラ、どうしたんだよ」
そこへ、ドーラの叫び声を聞きつけ、フォックスがやってきた。
「イヤァァァァァァアァァァァァァっっぁぁ!!!!!」
すこーん。
スナップをきかせたバックハンドでの中華鍋の一撃が、フォックスのテンプルにクリーンヒットした。
フォックスはそのままどう、と倒れる。
「なぁに、どうしたの!?」
今度は今まで武器の手入れをしていたエルがやってきた。
「こないでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっぇぇぇぇぇっぇ!!!!」
ごす。
天上から振り下ろされた、『名工コテツの万能オタマ』がエルの脳天を直撃する。
エルは一瞬で白目をむくと、倒れてしまった。
「なんだなんだ、どうしたんだ?」
今まで木立に向かって一生懸命素振りをしていたイーノが、一足遅れてやってきた。
ぷい〜ん。
その目の前を、『黒い悪魔』が行き過ぎる。
「墜ちろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
ごわぁん。
ドーラの両手によって限界まで加速された『キコク印の中華鍋』がイーノの顔面に命中した。
イーノは何が起きたかも理解できずに、一瞬で気絶した。
ぷわわ〜ぁん。ぺた。
発狂モードのドーラの弾幕を抜けた『黒い悪魔』は、こともあろうにドーラの頭頂部に張り付いた。
「くたばれぇぇぇぇぇぇぇ!!」
ドーラはオタマを振り上げると、自分の頭に振り下ろした。
ぷわ〜ん、ごす。
「はりゃ?」
オタマは『黒い悪魔』にはかすりもせず、ドーラの頭に命中した。
「らいふ・・・いず・・・わんだほぅ・・・」
そして、ドーラも気絶してしまった。
「どーしたのぉドーラ、大声出して〜」
川の水で顔を洗っていたサヤカが、遅ればせながら現れた。
「うわ、みんなどーしたのよ?」
そこには、4人の仲間全員が倒れていた。
「誰が一体こんなこと・・・」
ぷぃぃ〜ん。ぺた。
その犯人である『黒い悪魔』が、今度はこともあろうにサヤカの顔に張り付いた。
「ひあ。」
サヤカはそのまま、気絶してしまった。
ぷわわぁ〜ん・・・。
勝利を確信したのか、『黒い悪魔』は飛び去ってしまった。
そして、誰もいなくなった。
それからしばらくして。
「う、うう〜ん・・・」
脳天を押さえながら、エルが立ち上がった。
さすがに一流のハンターズである。回復の速さが段違いである。
エルが辺りを見渡すと、惨憺たる状況だった。
自分を除いて4人が全員、気絶している。
まずは、誰を起こすべきか。
エルは迷わず、サヤカを揺り起こした。
「サヤカ、しっかりしてサヤカ」
「う、うぅ〜ん・・・」
物理的なショックを受けていたわけではないサヤカは、すぐに目を覚ました。
「あ、あれ?なんでわたし寝てたんだろ??」
しかし、どうやら精神に受けたショックは相当大きいらしく、事件前後の記憶がないようだ。
次にエルが選んだのは、当然イーノであった。
「イーノ、起きなさい」
「あ・・・う〜」
数回首を振り、起き上がるイーノ。少し鼻血が垂れている。
「ほら、鼻血ふいて」
エルが差し出したハンカチを鼻に当て、上を向くイーノ。
しばらく喋るのは無理そうだ。
次に、フォックスを起こす。
「ほらほら、いつまで寝てんのフォックス」
「お・・・ああ、ひどい目にあったぜ・・・」
軽く首を振り、フォックスも立ち上がる。
どうやらフォックスは事の次第を把握しているようだった。
「どうしたの?なにがあったの?」
エルの質問に、フォックスは仏頂面で応える。
「どうもこうもないぜ。いきなりドーラに襲われてよ・・・」
「ドーラが?どういうこと?」
サヤカが驚いたようにそう言うが、当のドーラは
「・・・むにゃむにゃ、もう食べられませぇん・・・」
とステロな寝言をかましている。
「・・・おきなさいっ、ドーラっ!!」
ごす。
サヤカはドーラを遠慮なく蹴った。
「いたたたた、なにするんですかお嬢様・・・」
「「「事情を説明してもらいましょ(おう)か・・・」」」
三人の視線が容赦なくドーラに突き刺さる。
「は、はにゃ??」
「・・・というわけなんですよぅ」
約1時間にも及ぶ事情を説明し終わったドーラは、申しわけなさそうに小さくなっていた。
「そっかー。ラグオルにもアレは出るんだねー」
感心したようにサヤカは言った。
「そぅね・・・『黒い悪魔』が出たんならしょうがないか」
女性三人はうんうんとうなずきあう。
「ちょっと待て。
タダのゴキブリだろ?なんでそんな騒ぐ・・・」
しかし、フォックスは台詞を最後まで言うことができなかった。
「『タダのゴキブリ』じゃありませんっ!!全長30センチあまりのゴキブリですっ!!」「ゴキブリって存在自体が有害なのよ!?」「あの飛び方!!歩き方!!まさに『黒い悪魔』よねっ!!」「フォックスはそういう細やかな神経ないから」「アレが平気なんて信じらんない!!」「アレ見て正気でいられるなんてどーかしてますよぅ」
女性陣のさんざんな罵倒が、彼の台詞の邪魔をした。
フォックスが軽くへこんでいると、後ろから声をかける人物があった。
「あ、あのぅ・・・」
鼻血の止まったイーノだった。
「おう、治ったかイーノ」
振り向いて、お前もゴキブリであんな騒ぐなんてどーかしてるよな、と言おうとしたフォックスだったが、またも彼の台詞は遮られた。
「あのぅ・・・僕・・・誰なんでしょう??」
「「「「はぁ?」」」」
詳しく話をきくと、どうやらイーノは記憶をなくしているらしかった。
自分の名前、仲間の名前、全てを忘れていた。
それに一番ショックを受けたのは、他でもないサヤカだった。『わたしのこと、わかる?』と言ったサヤカの台詞に応えたイーノの台詞が、『君、誰だっけ?』だった。
それを聞いて、サヤカはひどく落ち込み、一足先にテントで寝てしまっていた。
「どうしよう・・・彼女の事、傷つけちゃったかな・・・」
手ごろな岩に腰をかけ、『イーノが悩んでいると、そこへフォックスがやってきた。
「ようイーノ。なんか思い出したか?」
手には、コーヒーの入ったカップを二つ、持っていた。
フォックスはそれを『イーノ』に手渡すと、隣に腰掛けた。
『イーノ』はすいません、と礼を言うと話しはじめた。
「すいません、まだなにも・・・」
「気にすんなよ、時間はあるんだ。ゆっくり思い出せばいいさ」 言ってフォックスはコーヒーをすする。
「でも、僕は彼女を傷つけてしまった・・・」
コーヒーにできた波紋を見ながら、『イーノ』は言う。
「サヤカか。ま、今回のはちょっと重いが・・・明日になりゃなんとかなんだろ」
「楽天家なんですね・・・フォックスさん」
「はは。気楽にやってかなきゃ、ハンターズなんてつとまんないぜ?」
「僕は・・・不安でしょうがないんです・・・」
「記憶がないのがか?」
「いいえ・・・彼女の好意を失うのが、恐いんです・・・」
「はあ?」
「僕は・・・何も覚えていませんが・・・僕に向けられた、彼女の好意は・・・感じることができました・・・。
錯覚かもしれませんけど、それに応えることが、今の僕にできる事だって、思ったんです・・・。
・・・でも、僕は・・・」
言って、『イーノ』は頭を抱える。
・・・ふーん。こりゃ面白そうだ。
そして、フォックスは言う。
「だったらさ。お前のその気持ち、サヤカに伝えてこいよ」
『イーノ』ははっとしたように、顔を上げる。
「彼女もそれを待ってるぜ・・・多分な」
「で、でも・・・」
「でももストライキもない!!漢だったら一発キメてこい!!」
『イーノ』はしばらくぶつぶつと考え込んでいたが、勢いよく立ち上がると、フォックスに礼をして、言った。
「ありがとうございますフォックスさん!!なんだか吹っ切れました!!」
そして、『イーノ』はテントへ向かった。
『イーノ』に呼び出され、サヤカはテントから少し離れた岩場に来ていた。
「すいませんサヤカさん、呼び出したりして」
「・・・ううん、いいよ。気にしないで。
で、用事ってナニ?」
サヤカは手近な岩に腰掛け、尋ねる。
「あ、えっとですね。
さっきはすいません。『覚えてない』とか言っちゃって」
「・・・仕方ないよ。事実だもん・・・」
サヤカは先ほどの『イーノ』の台詞を思い出し、うつむく。
それを見た『イーノ』は、慌てて取り繕うように言葉を続ける。
「あ、えと、それでですね。実は言いたいことがあって・・・」
そこで言葉を切ると、『イーノ』は意を決して言った。
「僕、好きなんです、サヤカさんのことが」
サヤカははっとしたように顔を上げる。
「え、でも、記憶・・・」
「記憶なんて関係ありません。・・・ひょっとすると、あるのかもしれませんけど・・・。
僕は、あなたの好意を失うのが恐い。あなたに想われないのなら、生きている意味なんてない。
そう、思うんです・・・」
言い切ると、『イーノ』はサヤカの返答を待った。
そして。
「ごめん。わたし、今のイーノは好きじゃない」
「え、でもあなたは・・・」
「そう、わたしはイーノが好き。でもね、あなたはイーノじゃない」
「どうして?僕なら前の『イーノ』より、あなたを愛する自信がある!!世界の誰よりも、あなたを愛してみせる!!」
「・・・どれだけ好きになってくれても、わたしは『イーノ』じゃないと駄目なの。鈍感でニブチンでおっちょこちょいでも、わたしはイーノじゃないと、駄目なの・・・」
そこまで言うと、サヤカは立ち上がった。
「だから・・・ゴメンね」
『イーノ』は愕然として、立ちすくんだ。
そこへ。
『墜ちろぉぉぉぉぉぉぉおぉぉぉ!!!!』
ごい〜ん。
ドーラの投げた中華鍋が、『イーノ』の顔面にヒットした。
『出た出た、また出た!?』『ドーラそっちぃっ!!』『うわ、包丁投げんじゃねー!?』
「い、イーノ!?」
イーノは再び気絶した。
「う、うぅ・・ん」
「い、イーノ大丈夫・・・?」
再び気絶したイーノを、サヤカは自分の膝の上で介抱していた。
「あ、サヤカ・・・?」
ぼーっとする頭を振りながら、イーノは起き上がろうとする。
その拍子に、鼻血が垂れてきた。
「ああ、ほら鼻血!!」
あわててサヤカはハンカチを渡す。
「あ、悪りぃな、サヤカ」
それを、イーノは鼻に当て、再び横になる。
そのイーノの台詞を聞いて、サヤカははっとした。
「あ、あれ?イーノ、記憶が・・・」
「記憶?なんだそりゃ?
・・・いやそれより、なんで俺こんなところにいるんだ?」
どうやら、元の『イーノ』に戻ったらしい。
サヤカは軽くほほえむと、イーノに事情を説明した。
「あのね、ドーラがゴキブリ見つけて大暴れして、そのとばっちり食ったのよ」
「・・・アイツゴキブリ見ると性格変わるからな・・・」
「・・・よかった。元のイーノだ・・・」
「何だよ、その『元の』って」
イーノの質問に、サヤカは笑って答える。
「ナイショ。教えてあーげない」
「んだよ、気になるな・・・」
イーノはそう言って立ち上がろうとしたが、サヤカがそれを止めた。
「駄目。もう少しこうしてて」
「いいよ、もう。立てるって」
「イーノのニブチン。そんなんだから女の子にもてないんだよ?」
「なんだよ、関係ないだろ?」
「いいから、もう少し。ね?」
「記憶がない!!」おわり
*次回予告*
山を越えると、そこに『人』がいた。
ラグオルの先住文明は、滅びたのではなかったのか・・・?
そして、5人はその先住文明の村へ、招待される。
次回「海へ!!」
第8話「Enoと古代の村」
『勇者」と呼ばれし、少年は・・・。
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