宇宙世紀0105年6月10日。
ガン・ホルンの戦力がサイド6の一部のコロニーを占拠したとはいえ、まだ地球圏の大半は平和そのものだった。
地球や他の多くのサイドでは、未だ事件を対岸の火事としか考えていない。
旧世紀時代の局地紛争も、直接戦火の及ばない人々にとっては、どこかまったく別世界のニュースのように感じられたものだ。
それと同じだった。
地球圏の人口を激減させた、忌まわしきジオン独立戦争から既に30年近くが経つのだ。
それは、自分たちのコロニーがやられるかもしれない、という恐怖を忘却するのに充分な時間である。
いまこの瞬間にも、どこかのコロニーでは戦争で人が殺されているのだろうか、とは想像する。
それでも、今朝も人々は職場に出社するし、子供たちは学校へ出かける。
サイド1の「ストロベリーフィールズ」というコロニーにある、のどかな住宅街の風景だ。
アレクス・ブルックリンは玄関の扉にカギをかけると、重たそうなリュックをかついで駆け出した。
始業時間まであと15分。間に合うだろうか。
こういうときに限って、弟のシアンは自分を残してさっさと出発してしまうのだ。
アレクスが先に起きて朝食を用意し、遅刻しないようにシアンを起こしてやったにも関わらず、だ。
軍勤めの父と母は、昨夜は仕事で帰ってこなかった。珍しいことではない。
シアンは炊事や洗濯はやってくれないから、仕方なくアレクスがすることになる。シアンは食事の仕度を担当することで公平を期しているつもりらしいが、余裕をもって朝食を食べられる時間に彼が目覚めていることは稀だった。
しかし、
アレクスがお兄さんなんだから弟の面倒を見るのは当然じゃないか、という指摘はこの場合正しくない。
彼らの父の名はアルフレッド・ブルックリン。
彼らの母の名はリンダ・ブルックリン。旧姓をカニンガムという。
そして、
アレクス・ブルックリンは14歳。
シアン・ブルックリンも14歳。旧姓をカニンガムといった。
アレクスが生まれて間もなくして実の母は死去し、しばらくして父はリンダ・カニンガムと再婚したらしい。
リンダもまた二度目の結婚で、前夫との間に一児があり、それがシアンだった。
したがって、この二人の兄弟の間に血のつながりは無い。
だとしても、物心がつくかつかないかの頃から一緒に暮らしてきたアレクスとシアンにとって、むしろそれは実感の湧かない昔話だった。
5分ほど走っただろうか。まだ、シアンの姿は見えない。
中学校までの距離も、まだあと1kmほどある。
コロニーは円筒形の内壁を大地としているから、学校までの(本当の意味での)直線距離はもっと近いはずだ。
しかもコロニーの回転を止めれば、慣性力で学校まで一気に飛んでいけるかもしれない。
などと空想してみる。
アレクスが今走っているのは学校への一本道で、その正面には太陽光をコロニーに入れるための「川」が見えていた。
コロニーの内壁は「川」と陸地が交互に組合わさって出来ている。陸地に対応して丁度真天上に「川」があり、全部で3対。
「川」の外側の宇宙空間には、コロニーの基部から巨大なミラーがアームのようにせり出しており、その角度を調節することでコロニーの昼夜や気候を調節しているのだ。
この種の仕組みについては、シアンの方が詳しい。
仲間うちで流行っているスポーツや遊びはどれもそつなくこなせるアレクスだったが、彼にはこれといった趣味が無く、メカ好きで機械類の知識が豊富なシアンが少し羨ましいときもある。
「川」の数十メートル手前の交差点を右に入って、公園を抜ける。
人口の風が、木々のこずえをそよがせてアレクスの頬を撫でた。
気持ちが、良い。
走るのを止めて、アレクスは朝の公園の空気をめいいっぱい吸い込んだ。
シアンは地球で生まれたそうだが、地球の風とコロニーの風、地球の空気とコロニーの空気・・・一体どう違うのだろう。
「ちょっと、ちょっと!? あぶない、どいてぇっ!!」
アレクスの爽やかなひとときをぶちこわしたのは、そんな一陣の甲高い叫び声だった。
舗装された道なので砂ぼこりこそ上がらないが、1台の自転車がまるで砂塵のように彼を追い越していった。
アレクスやシアンの同級生、ユリ・ステュワルトである。
ぎりぎり肩まで伸びたやや癖のある彼女の黒髪が綺麗に風にたなびくのを目で追いながら、アレクスは
「こらぁ! 自転車通学は禁止だぞー!」
そんな彼の声が届く間もなく、ユリの自転車は小さくなっていった。
ユリの焦りが伝染したのか、アレクスもまた走り出した。
「まったく、ずるいんだから!女ってやつは!」
アルフレッド・ブルックリン准将はコロニーの宇宙港に来ていた。
昨夜は仕事で家に帰れなかったばかりか、結局一睡もすることが出来なかったのだ。
かと言って、ブルックリン准将に不機嫌になっている余裕はなかった。
間もなく連邦軍の軍艦が「ストロベリーフィールズ」に入港してくるのである。
予定の時刻は過ぎているのだが、その艦はまだ到着しない。
近くまでは来ていると判っていたので、どうにもそこを動くことが出来ず、ブルックリンは妻のリンダと二人で「招かれざる客」の到着を待つしかなかった。
「遅いですわね。スレイプニルでしたっけ?」
「ペガサス級の最新鋭艦、対ガン・ホルンの切り札だそうだが・・・あてになるとも思えないね。」
「アルとシアンは、ちゃんと当校したのかしら。」
「電話は?」
「したけど・・・誰も出なかったわ。」
「だったら、大丈夫だろう?」
「まだ、寝てるのかもしれませんよ。あの子たちったら。」
そんな会話が出来るのも、そこが港内のドックが見渡せるVIPルームで、ブルックリン夫婦以外には誰もいなかったからだ。
アルフレッド・ブルックリン准将は「ストロベリー・フィールズ」に駐留する連邦軍の総責任者である。
リンダ・ブルックリン大尉はもともと技術将校であったが、今は夫の秘書官を努めていた。
身内を秘書として採用するなどという人事が許されているのも、このコロニーがそれだけ中央の情勢から外れた処にあるからだろう。政治的にも、軍事的にも。
そんな田舎コロニーに、対ガン・ホルン部隊の旗艦クラスが寄港するともなれば、奇妙に思うのが当然といえる。
ここには、戦艦1隻分を補給できるかどうか程度の設備と備蓄しかないのだ。
だからブルックリン准将も、突然のスレイプニルの来航に少なからず戸惑っていた。なぜ?と。
スレイプニルのクルーの中に、レオナルド・ディアスという名を見つけるまでは・・・。
10分後、管制センターがスレイプニルの艦影をキャッチし、港内への誘導が開始された。
まもなく、ペガサス級特有の白い美しい船体が、徐々に、だが着実とコロニー内へ進入してきたのである。
その白い巨体を見て、リンダが不安そうに夫を見上げた。
「あなた・・・大丈夫かしら?」
「心配ない。ここの連中や部下たちはもう身内みたいなものだし、あの子たちの存在を知る人間は外にはいないんだから。」
「でも、なんで今更・・・もう10年以上も経つのよ?」
「大丈夫だ。何か他に目的があるのだろう。案外、昔話の一つもしに来たのかもしれん。」
そんな楽観的な気休め文句など、ブルックリン自身信じる気になれなかった。
警戒は、出来る限りしておいた方が良いだろう。決意は言葉になって顕れた。
「少なくともこの12年間、あの子らを連邦やグリンリーヴの手から守ってきたのだ。これからだって、守ってみせるさ。」
VIPルームのモニタに、スレイプニルの艦橋から通信が入った。
モニタの向こうで姿勢良く起立する銀髪の青年士官が、画面の中で敬礼をした。
『直々のお出迎え、痛み入ります、ブルックリン閣下。自分はスレイプニル艦長、リヒャルト・ミューゼル大佐であります。』
始業ベルとともに教室に滑り込んだアレクスは、クラスメート達に軽くからかわれながら、教室内にシアンとユリの姿を見つけていた。
二人は窓側の隣り合うそれぞれの席で談笑していた。彼らも、アレクスに気付く。アレクスから声をかけた。
「ユリ、自転車、どこに隠したのサ?」
「え? 何の話? わたしには、わからないなぁーっと。」
「良かったじゃない? 間に合って。アル?」
席に座って兄を見上げるシアンのとぼけた笑みに、アレクスは憮然とするしかない。
「知ってるか? お前が出たあと、母さん帰ってきてさ、もうカンカンなんだから!」
「残念でしたっ!僕ちゃんと知ってるよ。今日は軍艦が入港するから、だから父さんたち帰れないんだからね。」
得意満面といったシアンのスカイブルーの瞳が、意地悪そうに光った。
そんな瞬間にも、シアンは思春期の少年特有の可愛らしさを見せる。
陽光に輝く金髪の下の端整な素顔は、繊細そのもので、髪を伸ばせば男か女か判らないかもしれない。
シアンにはそんな中性的な美貌があったから、一つ間違えば「メカおたく」と呼称されそうな趣味を持っていても、女子たちの密かな人気の的になってしまうのだ。
もっとも、女子の中にも例外組はいたし、ボーイッシュ系の筆頭ともいえるユリなどはその例外組に属しているとアレクスは考えている。
とにかくも、ジュニアハイスクールの生徒にしては卓越したコンピュータやメカの知識を備えるシアンにとって、自宅の両親のパーソナルコンピュータから駐留軍の情報を入手することなど、文字通り朝飯前だった。
「おまえさぁ、また父さんのパソコン勝手に使ったのか?」
「シアンもそんなことばかりしてるから、こんな真っ白い身体になっちゃうのよ?!」
ユリがシアンの腕を掴んで、自分の腕とならべて見比べた。実際問題、シアンの皮膚の色が必要以上に白く見えるのは、アレクスやユリが東洋系の血を濃くひいているからであって、純粋な白人の血を持つシアンにしてみれば何も異常なことでもない。
シアンの、インドア系でひ弱というイメージは、彼の友人達が勝手に作り上げたものでしかないのだ。
そんなとき、だれかが教室の扉の向こうで担任の到来を予告した。
「アレクス、その話は後でゆっくり。実はもっとスゴイ情報があるんだ。ガンダムが見られるかもしれない!」
「冗談じゃないぜ!宇宙に上がってから、やっと上陸できると思ったらこんな田舎コロニーかよ?」
「街並みは静かで落ち着けそうだ。兵達も良い休養が出来よう。シモン中尉?」
港ブロックからコロニーの地表面へと下るエレベータの中には、ミューゼル大佐、ズー少佐、エイム大尉、シモン中尉の4名が乗っていた。
「お言葉ですが大佐、自分はガン・ホルンの一味を根絶やしにするために閣下の指揮下に入ったのです。こんなところでピクニックをするためではありません。」
「貴官の活躍する舞台は早々に用意してやる。ディアスのやつが何やら穏やかならぬことを企んでいるみたいだからな。」
艦を降りて以来、ズー少佐がはじめて口を開いた。
「レオナルド・ディアス。彼一人に任せておいてよろしいのでしょうか?」
おっとりとした口調だが、上官であり親友でもあるミューゼルへの、それははっきりとした警鐘であった。
「キエロも心配性だな。やつ一人の裁量でどれほどのことができると言うのだ?」
「あの者は明らかにグリンリーヴの息のかかった者です。今度の戦いの各所には、グリンリーヴ財団の思惑が見え隠れしていますが、その実際の意図は不明瞭です。あるいは大佐を陥れる策謀の一つも、用意されているかもしれません。」
「しゃらくさいっ!そんなときのために、少佐や小官がいるわけではありませんか! どのみちこんなモビルスーツ一つ無いようなコロニーで、何が出来ると言うのか?!」
グラーブ・シモン中尉の言い様は、上官に対して不適切なものだったが、リヒャルトもキエロもそんなことは気にもとめない。
「シモン中尉の言うとおりだ。ただ、警戒はしておこう。上陸中とはいえ、それぞれに責務を怠るべからず。エイム大尉も、頼んだぞ。」
ここで一同の視線がはじめてレーン・エイムに集まった。
「?・・・・・・はいっ。ご命令とあらば。」
それだけ言ったが、相変わらず、レーン・エイムは何もしゃべらなかった。
その日の授業は何ごともなく終わり、放課後となった。
真っ直ぐ帰宅する者、クラブに出席する者、街へ遊びに出る者。
それぞれがそれぞれの場所へと慌ただしく飛び出していく教室の一隅で、アレクスらのグループが集まっていた。
アレクス・ブルックリン、シアン・ブルックリンにユリ・ステュワルトと、そしてもう一人、ベンジャミン・ポーンである。
ベンジャミンだけがクラスが違うが、この4名が、仲間内の間でも特に気の合う者同士なのだ。
彼ら自身にしてみれば、なぜこの4人なのか、改めて意識したり考えてみることはなかった。しかし、気が付けば大抵この4人で行動していることが多い。
紅一点のユリはさすがに、自分が女の子の友達よりも男どもとつるんでいるという状況を、おかしいだろうかと自問することがある。しかし、その方が楽しいのだから仕方がない。無意識の内にシアンに惹かれているのかもしれないという憶測は、あまり認めたくなかったが。
「で? スゴイ情報って何なんだよ、シアン?」
「え? 何それ、何それ!?」
ベンジャミンは初めて耳にする話であった。
シアンは自分の趣味の範囲に留まらず、好奇心旺盛で遊びたい盛りの少年少女たちにとって、かなり刺激的な情報を集めてくれる。
そういう意味でも、生徒たちにとってシアンはある種カリスマ的な存在であった。もっともシアンの一見社交的な性格にも関わらず、彼の親しい友人といえばアレクスを含めたこの3人だけだったので、彼の集める情報はいつも密かな噂となって学級に広まるのである。
アレクス、
「おまえ、ガンダムって言ったよな?」
ベンジャミン、
「なーんだ。そっち系の情報かぁ・・・。」
ユリ、
「なーに?『がんだむ』って?」
「連邦軍の伝説的なモビルスーツのコードネームさ。めちゃくちゃ強くて、そのパイロットはニュータイプって呼ばれるんだ。」
アレクスがユリに解説を入れた、が
「『にゅーたいぷ』?」
聞いたことのない単語が続けて出てきたので、ユリはきょとんとしてしまった。
「正確には、ニュータイプとガンダムってのは関係はなくて、ニュータイプってのは、宇宙に進出した人類が新たな・・・」
得意気に語りだしたシアンを、ベンジャミンが制した。
「はいはい、ストップ! シアンくんお得意のうんちくはとりあえず置いておいて、それより続きを聞かせてくれよ?」
シアンは、今朝目覚めてから当校するまでの間のいきさつと、盗み見た軍の情報について3人に話した。
今朝、ストロベリーフィールズに軍艦が入港している。
書面上の寄港目的は、補給とあった。
「・・・で、どうもその『スレイプニル』って軍艦に、ガンダムがあるらしいんだよ。」
シアンが事の始終を熱っぽく語り終えたころには、教室の中には彼ら4人だけになっていた。
「よし!それは見に行ってみるしかないっ!」
ベンジャミンが開口一番で宣言した。彼の性格の表層部を端的に表現するなら、「お祭り男」が相応しい。
「そうだなー。今日はヒマだし。」
「え〜? 大丈夫なの?」
走り出したら止まらない、疾走猛進系の男3人の歯止め役を自任するユリは、ただ一人難色を示してみせた。
「問題ないよ。軍の司令官はアレクスとシアンの親父さんなんだろ? この間だって、もう顔パスだって、言ってたじゃないか?」
ベンジャミンが意味のない身振り手振りを添えて、力説する。
「平時ならね。でも軍艦が来てるっていうんじゃ、ちょっちキビシイんじゃない?」
その時シアンが唐突に右手を頭上にかかげて
「はいっ、賛成の人は?」
アレクスとベンジャミンの手が上がり、シアンを合わせて3人分の手があがった。
・・・・・・。
「しょーがないなー、もうっ。」
諦めたようにユリも手を上げる。優しく誘うようなシアンの無邪気な笑顔につられてしまった自分が、少し腹立たしかった。
一度帰宅して着替えた後、リニアレールのステーションに再集合ということになった。
「それにしても本当にひさしぶりだな、アルフレッド。リンダも元気そうじゃないか?10年・・・いや、12年ぶりか。」
そこは駐留基地港ブロックにある、中央司令所の応接室だった。
ブルックリン司令とその秘書と、低めのテーブルを挟んだ向こう側に、60歳前後と思われる男が座っていた。
ブルックリン夫妻はまだ30代半と若いので、年齢的には親子に見えなくもない。しかしながら親子では、ない。
「それにしても驚いたよ。君たち二人が結婚していたなんてね。遅ればせながら、おめでとう。」
祝いの台詞を口にしながら、ゆっくりと穏やかに語るその男の眼光はするどく、ブルックリンは睨みつけられているように感じた。
「ありがとうございます。ディアス先生も、お元気そうで何よりです。」
この事態を想定して何度も心を落ち着けるシミュレーションをしたつもりだったが、ブルックリンはそれだけを言うのがやっとだった。
レオナルド・ディアスとの会談を始めて、どのくらい経っただろうか。
昔話を繰り返すディアスは、こちらの様子を伺っているようにも見えた。それはブルックリンも同じことをしていたわけであるが、緊張感に耐えられなくなったリンダがついに訊いてしまった。
「今回、先生は・・・スレイプニルはなぜ、このストロベリーフィールズへ寄港したのですか?」
ディアスの視線がリンダに向けられた。為す術もなく彼女は硬直してしまう。ブルックリンが妻を助けようと発言した。
「補給は、責任を持ってやらせていただきます。この宙域は、至って平和ですが、ガン・ホルン・・・ひどいのですか?」
質問を変えようとしたのだ。しかし、ディアスはブルックリンの思惑を無視した。
「補給はありがたい・・・が、それを言うのは艦長の仕事だ。わたしは、軍の特命を受けてスレイプニルに乗艦している。」
「特命・・・ですか?」
ディアスの視線がひとしきり二人を舐め回すようにしたあと、
「ここだけの話にしてくれ。このコロニーで反連邦活動を画策している者があるとの情報があってな。ガン・ホルンの例もある。これ以上の混乱と暴発は極力未然に防ごうということだ。」
ブルックリンには、ディアスの言葉の真偽は図りかねた。楽観的な思考と、どこまでも事態を疑おうとする思考の葛藤が、大量の汗を流させた。
アレクスたちの家や学校のある地区から、コロニーの基部にあたる港ブロックまでは、リニアレールで20分ほどかかる。
リニアの車輌の中でアレクスは、コロニーの外側、すなわち宇宙空間をながめていた。
コロニーの回転の効果で、きらめく星々は天球上を高速で回転しているように見える。
実際に回転しているのは自分たちであるのにまったくそのように感じさせない、人間の感覚器の限界を思い知らされる。
それと同時に、こうも思う。
本当に、何が動いていて、何が止まっているかなんて、意味のないことだ。
すべては相対的な比較論にすぎない。
自分がこの宇宙の中心であり、自分は一切動かずに静止しており、宇宙の方が自分の周囲を動いているのだ。
そう感じる。それは錯覚ではない。
宇宙空間に出ると、想像が実感へと転化するのだ。それがたとえ、リニアレールの中といえども。
だから、アレクスはもともと宇宙が好きだった。
しかし今日はどうしたことだろう。星の海を見上げると、これまでにないほど宇宙を身近に感じるのだ。
それはとてもぼんやりとした感覚で、とうてい言葉に変換できるものではない。
それでもアレクスには、宇宙という空間の持つ自由や恐怖といったものを、はっきりと感じていた。
それは、どこか未来を予測するような、「宇宙に出たら、きっとこのように感じるのだろうな。」という確信かもしれない。
アレクスは宇宙を眺めるのに夢中だったので、港ブロックに到着するまでの間に他の3人が何をしていたかは覚えていなかった。
港ブロックの軍に関係するエリアについては、ユリの危惧が的中した。
「あー、ダメダメ。今日はそっちの見学は出来ないんだよ。民間の輸送船ドックだったら、大丈夫だけど?」
シアンは退き下がらなかった。
「戦艦、入港してるんですよね? どうしても見たいんです。お願いしますっ!」
「それはちょっと、出来ない相談だなぁ。」
アレクスが作戦を変えて、ブルックリン准将が父であると告げてIDカードを見せると、チェックカウンタの仕官は奥へ電話を掛けにいった。
二言三言のやりとりの末、受話器が置かれ、子供たちは「事成れり」と思った。が、
「ブルックリン司令と話ましたが、今日は絶対ダメだそうです。 おとなしく家に帰りなさい、って。」
「えーっ!!」
「あてが外れたな。」
子供たち4人は宇宙港のロビーに来ていた。
「どうするの? 出直す?」
シアンはずっと考えている様子で何もしゃべらない。
アレクスは窓越しに宇宙を見ていた。
「でも、ほら?ガンダムが載ってるとは限らないんだし。またチャンスはあるって。」
ユリは内心諦めて、シアンの励ましモードに入った。
「そうだよ。ほら、とりあえず帰ろう? だろ?」
中途で頓挫してしらけてしまった計画なんかに、ベンジャミンはいつまでもつき合う気はなかった。
「うん・・・そう、そう・・・だよね。」
シアンも理性の中では既に諦めていた。
しかし、
4人全員が帰った方がいいと考えながらも、どういうわけか、誰もその場を動こうとしなかった。
男子3人は、それを期待が外れたことによる喪失感のせいだと感じた。
しかし、もともとガンダムなんかに大した期待を抱いていなかったユリだけが、その違和感を知覚することができた。
誰かに、呼ばれている・・・?
ユリは辺りを見回した。
そこには、閑散とした宇宙港それなりの、ささやかな喧騒があった。
その喧騒も無意識の内にうち消して、呼び声だけに集中してみる。
無論、そんな声など聞こえない。
しかし、このままこの場を立ち去ってしまっては、何か大切なものを裏切ってしまうような、そんな脅迫観念を感じるのだ。
助けを呼ぶものを見捨てるような後ろめたさを、感じるのだ。
「ねぇ?だれか、あたしたちのこと、呼んでない?」
ユリの問いかけに、3人とも不思議な表情であたりを見回した。
不思議だったのはユリの言葉ではなく、彼らもその「声」を感じていたのである。
「・・・・・・!? ガンダムだ。 きっとガンダムが僕らを呼んでるんだ。」
アレクスはそのシアンの言葉を、まったくの冗談だと解釈していた。
グラーブ・シモンは一人宇宙港に戻っていた。
レオナルド・ディアスの部下から直接手渡された彼のメッセージは、スレイプニルの格納庫のモビルスーツをコロニー内の閉鎖された整備ブロックに移動させろ、という内容だった。誰にも気付かれないように、ともあった。
シモンにしてみればディアスの命令をきく義務も義理もない。
しかし、「いちご畑」などと気の萎えるような名のコロニーを散策するより、面白いというものだ。
ディアスのやろうとしていることが、何らかの悪巧みであるだろうことを、シモンは野生の勘でかぎ分けていた。
そのメッセージの最後は、こう結ばれていた。
『おもしろいことになるぞ。』
ディアスは、シモンの気性を知った上で自分のコマにしようとしている。
メッセージと共に渡されたモビルスーツの機動キーは、見たことのないタイプのものだった。
キーに刻印されたコードナンバーを、スレイプニルのデッキのコンピュータで照会してゆく。
「該当しない・・・?」
おかしいな、と思いかけたとき、シモンは後部MSデッキにあるはずの、もう1機のモビルスーツを思いだした。
後部デッキには誰もいなかった。
シモンはライトを点灯した。
天井にちりばめられた照明の下、整備用MSベッドの上に、「それ」は鎮座していた。
「おいおい、まさか、こいつじゃあ、ねぇーだろーな?」
シモンは、着古したよれよれの仕官服の下で鳥肌が立つのを快く感じ、かつ奮えた。
ディアスが意味もなく話を長引かせているように思えて、ブルックリン准将はいら立っていた。
「思えば、今もあのころも少しも変わらんよ。連邦政府も、スペースノイドも。どちらも、どっちさ・・・?」
どこからか、かすかな振動音が聞こえて、ディアスが上着のポケットからモバイルフォンを取り出した。
「ん? ああ、君か・・・。そうか・・・終わったか。よし、そこで待て。」
ディアスは通話を切って立ち上がった。
「では、そろそろ・・・。」
その唐突すぎるディアスの仕草は、ブルックリン夫妻に事態の異変を予感させるに充分だったハズだ。
ディアスが応接室の入り口の扉を3回ノックするのと、ブルックリン准将が立ち上がっていたのは同時だった。
扉が勢い良く開かれ、武装した兵士が10名近く飛び込んできた。
「っ・・・・・・?!」
それは予感していたこととはいえ、あまりにも突然すぎた。
兵士達がアルフレッド、リンダの2人を瞬時に包囲する。
「これはっ、どういうことです、先生!?」
ディアスは上着のポケットから1枚の紙辺を取り出して、アルフレッドの前に広げた。
顎を上げて2人を見下ろす姿勢のディアスは、嘲笑をこらえながらゆっくりと発音した。
「残念だよ。ひじょーうに、残念だよ!アルフレッドくん、リンダくん。君たちが、反乱軍の首謀者だったなんてね。先生は、ひっじょーうに、残念だ・・・。」
言いながら、ディアスの嘲笑はよりはっきりとしたものになっていた。
「アルフレッド・ブルックリンならびにリンダ・ブルックリン。両名を、反政府闘争およびテロの容疑で逮捕する!」
兵士達が2人の身体を拘束した。
リンダが弾かれたように叫んだ。
「そんな! 一体、何の証拠があるというのっ!」
「この数週間、地球上で正体不明のガンダムタイプのモビルスーツがテロ行為を働いていた。我々はそのモビルスーツの追討が任務だったのだ、が・・・?」
「だからなに!? 地球のことなんて、知らないわよ!」
リンダの感情は爆発していた。だが、アルフレッドは努めて冷静になろうとしているようだった。
「では、お二人にも見ていただこうか。連れてこいっ!!」
ディアスは兵士らに命ずると、自分が先頭に立って応接室を後にした。
通気口は、想像以上に狭かった。
なによりも、立ち入れないエリアへ通気口から進入を試みる、というドラマのような展開にアレクスは半ば信じられない思いだった。
言い出したのがシアンだったとしても、全員がその作戦に同意したのは、「呼ばれている」という皆に共通の認識があったからだが・・・。
しかし、今はなにも聞こえない。
明らかに違法な、もしかしたら異常な行為をしているという緊張感でいっぱいになってしまったからだろうか。
通気口の冷たい壁に触れる手は、汗ばんでいた。
シャツの袖で汗を拭いながら、進む。
這ってやっと通れるトンネル状の路を、シアン、ベンジャミン、ユリ、アレクスの順に続く。
アレクスの前方にはユリの小さめのお尻が揺れていて、なんだか前を向いていてはいけないように思ってしまう。
それよりもアレクスの目を捉えるのは、アレクスの目前へと伸びるユリの引き締まった大腿とふくらはぎだ。
それは健康的で肉感にあふれている。
ユリはショートパンツを愛用して、スカートはまったくはかない。
分岐点で進む方向を、先頭を行くシアンは一見無作為に選んでいるようだったが、宇宙港からはむしろ離れていった。
アレクスは、もちろんシアンも、こんな方向へは一度だって来たことがない。
不安と心細さが、後悔にら化けないように努力した、が・・・
「なあ、シアン。引き替えさないか? どこまで行くんだよ?」
自分の声が通路内で想像以上に反響したので、アレクスはあわてた。
「大丈夫。もう、すぐそこ。」
「そうじゃなくて・・・なんか、こう、来るなって、聞こえない?」
アレクスの言葉に、3人も歩み(?)を止めた。
「おいおい、今日のお前ら、どうかしてるぜぇ?」
ベンジャミンは鼻で笑ってみせた。
それでも、4人は聞こえざる声に耳を傾ける。
『・・・・・・ダメっ! 来ては、ダメ!』
「あ・・・!?」
そのとき、アレクスははっきりと、その声を聴いたと思った。
「ほらっ! 聞こえたぞ! 戻れって。」
ユリ、
「えっ? あたしは、なにも・・・?」
ベンジャミン、
「病院行ったほうがいいぜ、アル?」
シアン、
「戻れって言ったって、もう着いちゃったよ?」
「え?」
T字に分岐するところの通気口の蓋を、既にシアンは外していた。
その向こうは暗い。明かりは灯いていないようだ。
「・・・!!」
セラミック製の蓋を床に降ろしたときの、おそろしく巨大な反響音にアレクスは飛び上がってしまった。
4人は慎重に、そのまっ暗な空間へ這い出る。
シアンがペンライトを灯す。
かなり広い部屋のようだ。天井も高い。そして、とても寒かった。
もうずっと使われていない部屋のようだ。
物音の全くない静寂の中、唾を飲み込むにも勇気が必要だった。
「なにも・・・ないみたい。」
3人がそれぞれにため込んでいた息を吐き出すなか、シアンだけが黙々とライトの灯りを走らせていた。
「・・・っ!! あったよ!!」
ペンライトの細い明かりの中に、モビルスーツの頭部がうかび上がった。
そのシャープな独特のフォルムに、アレクスは思い当たる呼称があった。
「ガンダム・・・?!」
それはガンダムと言えば、ガンダムと言えないこともなかった。見たことのない機体だった。
軍がガンダムタイプの新型を造っていたなんて、聞いたことはない。
しかもどうして、こんな忘れられたコロニーの、廃屋と化したように場所に、うち捨てられて置いてあるのだろう?
おかしい。そのモビルスーツからは、ついさっきまで動いていたかのような「生気」を感じてしまう。
「あれ? このガンダム、さっきまで灯が入ってたんじゃないかな?」
シアンもどうやら感じているようだ。
アレクスは意識下で、もう引き返せない確かな一線を、踏み越えてしまったかもしれないと怖れた。
『・・・・・・・・・。』
それは、聞こえない誰かからの、声にならない声。
「言ったとおりだったでしょ?」
シアンは満足げに、ペンライトの明かりで一人一人を照らして回った。
「シアンには負けたよ・・・。ほら、まぶしいからライト向けるな!」
ベンジャミンが、ライトを持つシアンの手を逸らして、灯りが偶然に部屋の一隅を照らし出した。
「・・・・・・えっ!?」
そこに、何者かが、立っていた。
第1話「苺畑を踏み荒らして」、終。
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