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ポール・アンダーサン・リッカーという人物について 1)第一の事件 20世紀の終わり頃、S県A町の公民館から世界に向けて発 信された電波放送は、市民から「低俗で悪質かつ卑猥」と罵ら れ、当時の公民館館長であり放送責任者だったポール・アンダ ーサン・リッカー(Pole・Under-son・Licker)は退陣を余儀なくさ された。追い詰められたリッカーは公民館を爆破し、自身も姿を くらませた。この事件を死なばもろとも事件という。公民館の跡 地には「また春に会いましょう」というメッセージが残されており、こ れは次の事件を予告していたものと思われる。 恐らく偽名。偶然思いついたにしては非常に危険な意味を 持っていることから彼の変態性が垣間見えるよう気がする。 |
2)第二の事件 死なばもろとも事件の翌春、P・U・リッカーはインターネット上 に姿を現した。そこに「白 メロ 」というサイトを開き、かつて公
民館に展示されていた絵画の複製品や、国産の白鳥情報の 取引を中心に細々と活動を進め、東京都内に誕生した魔女の 情報をリークし、潜入取材を成功させた。しかし、これら一連の 行動を自身の姉に全て監視されていたことに気づいたリッカーは 予告無くサイトの更新を停滞させる。その為、理由を知らない 同業者から批判の声が高まり、サイトは閉鎖に追いやられ、同 時に彼もインターネット上から姿を消した。その後、音楽で有名 なタ・カーボや、白い風が吹くといわれる蒼天などの都市を転々 とし、現地の者から白い目で見られる毎日を過ごしている。 |
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