「ず〜〜〜っと
いつまでも!」
夢を見た。
たぶん、この一年を振り返った夢なんだろう。
食い逃げ専門の女の子と、超寝ぼすけな従妹(いとこ)と……ヂャムのお母さんと、衝撃的なまでの絵を描く少女と過保護なその姉と、肉まんとマンガ大好きな少女とおばさんくさいその親友と、口数すくないけど優しい女の子とずっと笑っている女の子と。
本当に、いろんな人と出会ったもんだ。そのすべてが印象深くて、とても一言では言い表せない。
しかも、彼女たちは今も俺の近くにいる。来年――いや今年も、彼女たちといっしょにいることができるのだろう。
ムリなことかもしれないけれど、できればずっと、この時が続いてくれれば嬉しいのに――。
……近くで聞こえる声で意識が戻った。
まったく、せっかく人がいい気分で寝てたってのに……。
ヤツラは俺が起きたことに気づかないで、まだ何かを言っている。
「うぐぅ! 祐一くんはボクが起こすんだよ!」
「何を言ってるんですか! 祐一さんは私が起こしますっ!」
「あう〜〜! 真琴が一発で起こしてやるのよ! ね、ピロ?」
「うなぁ〜〜」
「真琴もみなさんも、相沢さんが自然に目覚めるのを待てばいいのでは?」
「そんなこといって……どうして、美汐ちゃんも、ここにいるのか……なぁ。ふわぁ……」
「名雪、眠いんだったら無理しないで寝ないさいよ」
「祐一の寝顔……はじめて見た」
「あははー。舞、ず〜〜っと見たがってたもんね?」
ポクッ
「佐祐理、そんなこと、ない」
「相沢さんの安眠を妨げるわけにはいかないと思うのですが……」
「だって、そろそろ起こさないと間に合わないですよ?」
「だから、ボクが起こすの!」
「い〜のよ、祐一なんかどついちゃえば」
「うなぁ〜〜」
「それは酷というものでしょう……」
「祐一は……私が……起こすんだお〜……」
「ちょっと、ここで寝るつもり?」
「祐一、かわいい」
「あははー。舞もそう思いますか〜〜」
……どうでもいいが、もう起きてるぞ。だいたい、なんでみんなの声が俺の枕元でするんだ? 鍵はかけて寝たと思うんだが。
と、ガチャリとドアの開く音がして、またひとり気配が増える。
「祐一さんは起きましたか?」
「あ、それがですね……」
「あら、まだなんですね? そうじゃないかと思って、こんなものを持ってきてみました」
ズザザッ
一斉に身を引く音。……あ、なんかすっげーやな予感。
「お、お母さん……。そのビンの中身って……」
「名雪、言わないで」
「お、お姉ちゃん……」
「うぐぅ」
「あうー」
「うなぁ……」
「こ、酷ですよ……」
「佐祐理……、さがって」
「あはは……」
かなりびびっている声。予感的中……って、おい!
「ふ、ふあぁぁぁぁ。い、いやー、ヨクネタナ」
至極自然に、俺は目を覚ましたフリをした。このままでは新年そうそうあっち側へ旅立つことになる……。
「あら、祐一さん。おはようございます。よく眠れましたか?」
「ア、アレ。秋子サン、オハヨウゴザイマス」
妙に口が回りづらいが、たぶん大丈夫。
伸びをして、ゆっくりと部屋を見回し――、さっきまでの声の主たちを視界に入れた。
「……で? なんでここにいるんだ? あゆ、名雪、栞、香里、真琴、天野、舞、佐祐理さん……ついでにピロ」
「うなぁ」
反応したのはピロだけか。
「……うぐぅ! 祐一くん起きちゃった」
かなりの間を置いて、あゆが落胆の声を上げる。と、同時に他の全員も肩を落とす――いや、名雪だけは寝てるけど。
「祐一さん、覚えてないんですか? 昨日電話したじゃないですか。元旦にここにお邪魔させてもらいますって」
そういえば。昨日の夜、美坂姉妹、天野、佐祐理さん+舞からたて続けに電話がかかってきたんだった。
「そうですよ。ですから、いっしょに初詣に行くんです」
と、天野。いつのまにそういう話になったのかは覚えがないけど。
「祐一が寝てる、今朝にだよ〜」
「……起きたのか、名雪。っていうか、また声に出てたのか?」
「うにゅ」
まぁ……そうなったのなら別に文句はない。それじゃあさっそく起きて――。
「………着替えるからでてってくれ」
『あ』
ボソリとそういうと、秋子さん以外の全員が顔をボッと赤くして慌てて部屋から出て行く。それでも秋子さんはゆっくりと、
「それでは、私たちも用意がありますから。呼ぶまでは部屋にいてくださいね?」
そんなことを言って、ドアを閉めた。
……用意? オセチは昨日のうちにほとんど終わってたし……ということは、雑煮かな?
別段俺は雑煮が好きでも嫌いでもないが――ま、正月に食べるものといえばそれしかないだろう。
さっさと着替えて、俺は静かに呼ばれるのを待つことにした。
俺が呼ばれて一階に下りたとき、そこには別世界が広がっていた。
「……………………………………」
「……祐一、どうかした?」
あまりにも長く呆然としていたからだろう。舞が不思議そうに訊ねてきた。
「いや……だって、なぁ?」
誰も予想はしていなかっただろう。いや、もちろん期待はしていたが――それは可能性としてはあまりにも低いことだし、実際のところそれが実現されるなんて思うヤツはそうはいない。俺もそうだし。
だからこそ――、それが目の前に現実として広がったとき、俺はその光景を別世界として認識してしまった けだ。
「どうしたんですか、祐一さん。……顔がちょっと赤いですよ」
トテテッと走り寄って、栞が俺の顔を覗き込む。
うぅ……こ、これは……まさに桃源郷って言葉がふさわしいかも。
その場にいた俺以外の全員が、着物――振袖姿なのだ。……あ、さすがに秋子さんは違うか。
「あうーっ! 祐一がボケた……」
バシッ
すべてを言い終える前に真琴の頭を軽くはたく。誰がボケたんだ、誰が。
「はい。それじゃあ朝ごはん食べたら、初詣にいきましょうね」
秋子さんのその一言で俺は正気を取り戻し、朝食の席についた。ちなみに、今日に限ってはいつものテーブルではなく、いつの間にやら出現していたコタツで食べることになった。
……秋子さん、あるならもっと早くに出しといてください。
案の定、初詣はすごい人だった。まさに黒山の人だかりだ。まぁ、最近は黒山じゃなくて、赤とか茶色とかがけっこう混ざってるけどな。
「……どうしてそこで私を見るのですか」
む、天野に目線を向けていたのがばれた。
天野ははぁ、と少し大げさにため息をつき、
「確かに私の髪はかなり赤みがかっていますが……染めいるわけではありません。地毛ですよ。そんな髪が痛むようなことをするはずがないじゃないですか。」
「いや、別にわかってる。天野が髪を染めるなんて考えられないし」
ぽふっと頭に手を置いてやる。天野はちょっと顔を赤くし、沈黙。
……俺の勝ち。
「うぐぅ! あそこにタイヤキが売ってる〜〜!」
「あうーっ! どうして肉まんは売ってないの〜〜!?」
「やかましい。あゆ、タイヤキなあとで買ってやる。真琴、正月に肉まんを屋台で売るわけないだろーが」
まったく……こいつらは年が明けたってのに進歩の「し」の字もないな。
「……………」
その脇でなにか残念そうにあたりを見回す栞。
「栞。言っとくが、アイスもないぞ」
「えぅ〜〜〜〜〜」
しかし……本当に人が多いな……。もう少しで本堂なんだが、この分だとゆっくりさい銭を投げる余裕もないような――。
「あいてっ」
くっそ。誰かが押しやがった。この人ごみじゃあしょうがないが……。
「う〜〜。痛いよ、祐一……」
「あ?」
「だから……私と名雪を押すのをやめてって言ってるのよ」
「……しょうがないだろ。俺だって好きで押してるわけじゃない」
「う〜〜。言い訳なんて男らしくないよ」
「そうね」
ぐ……。名雪だけならいざ知らず、香里にまで非難されると自分がすごく悪いやつに思えてくるのはなぜだ。
「お詫びにイチゴサンデー新年スペシャルだよ〜〜」
「それじゃあ私は……」
「おいおいおいおいおい……勘弁してくれ」
せっかくの貴重な収入、お年玉だが今日だけでかなりの被害を被るのは明白だった。
「……暑い。大丈夫、佐祐理?」
「あははー。がんばろうね、舞」
俺のすぐ脇で舞と佐祐理さんが励ましあっている。あまり人の多いところに行かない舞と、行くとしても人ごみとは疎遠の家庭である佐祐理さんにとってはこれはつらいだろう。
「舞、佐祐理さん。もう少し俺のほうに寄ったら? そうすれば多分少しは楽になるかも」
「………こう?」
ススッと舞は移動する。この変の動きはさすがというか。
「あははー。それじゃあ佐祐理もお言葉に甘えさせていただきますー」
といって佐祐理さんも寄ってくる。
「どう? 少しは違うんじゃないか?」
「そうですねー。ホントに楽になってますよ」
「………同じ暑くても、私はこっちのほうがいい……」
ボソリとつぶやく舞。こっちのほうがいいって……別に暑いのは変わらないような?
「あ! ボクも祐一くんとくっつく!」
なんか場違いな発言をして俺にくっついてくるあゆ。と、それを皮切りに――。
「真琴も楽なほうがいいの! ほら、美汐もそのほうがいいでしょ?」
「あ、ちょ、ちょっと真琴!?」
「祐一さん。私も楽なほうがいいです」
「祐一の周りって楽なの? それじゃあ私も!」
「そうね、楽なほうがいいものね」
「では、私も」
と、真琴、美汐、栞、名雪、香里、そしてなぜか秋子さんまで俺にくっつくように寄ってきた。前後左右、完全に囲まれることになる俺。
………すっげーーーーー周りの視線が痛い……。多分、全員野郎から。
端から見ると簡易ハーレムとなった状態のまま、俺たちは本堂まで流されていった……。
「ねぇねぇ。祐一くんは何をお祈りしたの?」
帰り道、いきなりあゆがそんなことを訊いてきた。
「ん。あゆの背がもう少し大きくなるようにってな」
「うぐぅ……。こ、これからだもん! 祐一くんの意地悪……」
「でも、祐一さんのお願い事、私も知りたいです」
と、栞も話に入ってくる。そうなると当然……。
「私も興味あるわね。教えてくれない? 相沢くん」
保護者の香里ものってくるわけで、
「……私も」
「あ、私も〜」
「佐祐理も気になります〜」
といった調子で、全員が聞いてくるわけだ。
「ね? 教えてよ」
……んなこと言われてもな……。実際恥ずかしいし。まさか本人達の目の前で『これからも、できればずっと彼女たちといっしょにいられる時間が続きますように』なーんて言えるわけがないし……ん?
「「「「「「「「………………」」」」」」」」
「ど、どうしたんだよ。みんな黙って――って、あ!」
も、もしかして………。
「はい。しっかりと声に出てましたよ、祐一さん」
にこやかな顔で微笑む秋子さん。
「だああああああああああああああああああああああああああああああっ!!?」
い、言い訳不可能! 完全なまでの不覚をっ!? ど、どうすれば――。
「あ、相沢さんも、ですか」
気まずい雰囲気の中、天野の声がするりと耳に入った。
……「も」?
「私も、真琴も同じお願いでした」
「えぅ? 私とお姉ちゃんも……」
「うぐぅ? ぼ、ボクもだよ」
「わ、私もだよ〜〜」
「あははー。佐祐理と舞もですー」
え? もしかして、みんな同じ?
「あら、偶然ですね。私も同じようなお願いですよ」
と、秋子さんも同意する。
「………………みんな、同じか」
そのことがわかると――自然と恥ずかしい、なんて考えがなくなっていった。
「そっか。それなら、話は早いかもな」
タタタッと俺は少し走って彼女たちと距離をとり、向き合う。
――よし、言うぞ。
俺はすぅっと息を吸い、自分の心を言葉にした。
「みんな。……今までありがとう。そして――これからもよろしく」
ウソ偽りのない。俺の本当の気持ち。今の幸せがいつまで続くかわからないけれど――できれば、ずっと、いつまでも――……。