人が”老い”を克服してから、歴史の流れは澱んだ。
俺は今、そんな国で生きている。
−西暦4999年9月12日14時15分−
「これで間違いはありませんね?」
芸術というものがさっぱり理解できぬ俺には、いびつな石の塊にでしかない彫像を依頼人に差し出した。
「少し調べさせてくれるかね?君のように優秀な”探し屋”でも、
ミスというものをしないわけではないからね。
それに報酬も払う立場としては偽物をつかまされてはたまらんからな。」
「・・・どうぞご自由に。納得のいくまで調べてもらって結構です。」
依頼人は、そのただでさえ細い目をさらに糸のようにして彫像を凝視している。
趣味や道楽で美術品を集める輩の鑑定眼ってのは、ほとんど節穴ってのが定番だからな。
偽物だったとしても、おまえにわかるまいよ。
「・・・・・・間違いない。確かに調査を依頼した品だ。」
当たり前だ。俺の”仕事”だからな。
・・・しかし、どうにも今回の依頼人は好きになれない。
この依頼人・・・この”セタガヤ”では、指折りの”貴族”であるのだが
どうにもその小太りな体格と、少し薄い髪の毛が”貴族”という
小説だかにでてくるような高貴な言葉のイメージをぶち壊してくれる。
政治家や企業のトップ・・・いわゆる金持ちを”貴族”と呼ぶのは、どうにも俺は生理的に受け付けられない。
なによりこの男、口元こそ笑ってるが目は明らかに俺を見下している目をしている。
まぁそれが無かったとしても、俺はそもそも”貴族”という人種が嫌いなのだが。
「では報酬の話に移りましょう。今回はその彫像の所在調査のほかに、
そちらのご要望で今回は入手及び運搬までやってもらいたいとの事でしたので、その分の追加料金が・・・」
「あー確認など面倒なことはいい。わかっているよ。最初にこちらが提示した金額の50%だろう?
合計1500万だったな。おい!」
部屋の外に控えていたらしい執事にアタッシュケースを持ってこさせると、テーブルの上でそれを開けて見せた。
普通に働けば稼ぐのに5年以上はかかるであろう現金がそこにあった。
俺が貴族を嫌いながらも、それを顧客としている理由がこれだ。
人間的には無駄にプライドが高く傲慢な連中だが、金に関して嘘は言わない。
いや、絶対に言えまい。
金に関しては絶対的に信用されているからこそ、貴族は貴族でいられる。
それが無くなれば、この国で生きてはいけない。
「君の希望どおり現金で用意した。小切手は好きではないようだからね。」
「では、失礼ですがこちらも金額の確認をさせていただきます。1円でも間違いがあると、お互いの信用に関わりますので。」
「構わないよ。金というのはデリケートな代物だからね。
大事に、そして慎重に扱わねばならない。君は庶民と違ってわかっているな、肝心な所が。」
そう言って、依頼人はもっちゃりという表現がしっくりくる実に耳障りな笑いをあげた。
「・・・にしても、理解できないのは・・・」
・・・また”あの話”が来るな。
これがあるから、貴族というやつは大嫌いなんだ。
「追加料金の話をした時に、僕は追加分は金ではなく”生存許可”で払ってやろうといったのに断ったろう?
しかも僕が提示した年数は5年分。普通に買えば1000万はかかる。どう考えたって得だろうに。」
”生存許可”・・・
自然に死ぬことが無くなった事で、増えつづける一方だった人口を調節する為に
この国の秩序を管理している”管理局”が作り出した”法”。
”老い”の存在した”旧世界”の事を知る俺にとって、反吐がでるような”法”だ。
「君のような腕のいい探し屋には、僕が生きてるうちに死んでほしくないからね。
だからこそ、奮発して5年の生存許可という・・・」
「お心遣いは感謝しますが、私なりに人生というものを考えているのですよ。
長生きしたくなったら、自分で”生存許可”を買いますよ。
それに依頼人様にそこまで気を使っていただくと、申し訳ないですしね。」
不愉快さに耐え切れず俺は話を遮った。
このままだと手が出てしまいそうだったしな。
人が人に生きる”許可”を与える。
人・・・いや貴族という人種のエゴの極みだ。糞が。
この依頼人に関しては、今回が初仕事だったからあまり知りはしないんだが・・・。
やっぱりこいつも金で命を買い続けている豚か。
外見は30代前半。
しかし、”老い”の存在した”旧世界”なら外見と実年齢はイコールだろうが、
今のこの国では外見年齢などあてにならない。
少なくとも、こいつは100歳は越えてるだろう。
とっとと、金の確認をして帰るか。ストレスが溜まる。
「・・・確かに1500ちょうど。
長居しては、せっかく増えたコレクションを落ち着いて眺めることもできないでしょうから、これで失礼します。」
「あ?おお、そうだな。ご苦労だったね。おそらくまた依頼をするだろうから、その時もよろしく頼むよ。
おい!ミスターを玄関まで送って差し上げろ!」
再び執事を呼ぶと、やっと手に入った念願の彫像に意識は行ってしまったようで、
俺と話していたときのような蔑みを含んだ笑顔ではなく、
子供が欲しかったおもちゃをプレゼントされたときのような喜びの笑みを浮かべて像に見入っている。
子供のようにとは言ったが、気持ち悪い事には変わりないな。
”元”依頼人に一礼をし、執事と一緒に応接間から出た。
執事に荷物を持たせ、馬鹿に長い廊下を歩く。
「・・・あの・・・探し屋様・・・」
執事が恐る恐る声をかけてきた。
雑談などする気にはなれないんだが・・・。
まぁ、さっきの不愉快な気分を紛らわせるかもしれないな。
「なんですか?まさかご依頼ですか?でしたら大歓迎なんですがね。」
「いえ!そんな私のような使用人が、めっそうもない!
ただ、少しご機嫌がよろしくなかったようなので・・・嫌いなのですか?”生存許可”の話が。」
「・・・・・・・・・・そんなに顔に出ていましたか?」
「いえ、なんとなくでございますが・・・。あ、旦那様は気づいておられなかったようでございますが。」
俺は仕事時は、いつも無表情なつもりなのだが・・・所詮は”つもり”だったということか。
それとも、この執事は結構目が利くのかもしれないな。
今まで意識しなかったが、この執事も結構変わっている。
外見年齢は・・・、20後半・・・俺と同じくらいか。
だが目が前髪にほとんど隠れてしまって、妙に陰気な印象を受ける。
顔立ちは悪くないようだが。
にしても、あの”旧世界”風に言えば”デブヲタ”っぽい元依頼人のイメージからすると
メイドの方がしっくり来る気がするんだが・・・。
男色の気でもあるのか。いや、これは偏見というやつか。
もしかしたらこの執事の方が、あの主人に対して強い忠誠心でもあるのかも知れないな。
面白い。少し探ってみるか。
「・・・嫌いだといったら、その旦那様にでも言いつけますか?それとも、失礼だとお怒りになりますか?」
「いえ、めっそうもない!ただ、変わった方だと思ったので・・・あ、申し訳ございません。客人に対して失礼でございました。」
「いや、私にとって客なのはあなた方のほうです。
それに依頼人に対して不愉快な思いをさせるのはプロとしてあるまじき事ですから。あやまるのは私の方ですよ。」
「私も正直、あの法には少し疑問を持っておりまして・・・。それが自分だけではないと知って少し安心しました。」
「・・・ということはあなたも私に負けない変わり者だという事ですね。」
そう言ってやると、執事は少し笑った。
自分と同じように”生存許可”という法に疑問を持つ人間がいることが、少しうれしかったのかもしれない。
俺もそうだからな。
この国の人間は皆、”生存許可”などとふざけた法に、何故疑問を持たないのか。
・・・”旧世界”から2千年も立てば、それが当たり前になってしまったのか。
この執事ともう少し話してみたいと思ったが、残念なことに玄関についてしまった。
「ここまでで結構です。ありがとう。」
「よければ、車まで荷物をお運びしますが?」
「いえ、お気持ちだけ受け取っておきましょう。あなたの旦那様によろしく。」
「承知いたしました。では、ご縁があればまたお目にかかりましょう。」
「ええ、是非とも。」
執事は、深々と一礼しながら玄関の扉を閉めた。
最初は不愉快極まりなかったが、あの執事のおかげで最後に実にいい気分になった。
長い間、貴族相手に仕事をしてきたが、こんないい気分で終われるのは初仕事以来だ。
今日は少し寄り道をしていくか。
この気分をアイツにも分けてやろう。
俺は、車に乗り込み屋敷を後にした。
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