暴れん坊ヒーロー
(前編)




熊本の街の一角、暗くいかがわしいその廃屋で、芝村準竜師と数人の軍幹部らしき男、廻船問屋中村屋主人光弘が密談を交わしていた。
「では、勝吏さま、例のモノは明日の深夜、白川の船着場に…」
「がっはっは!中村屋。今回はレアものが多いと聞いた。楽しみにしておるぞ…」
「ははっ!お任せください」
頭を畳にこすりつける中村屋の前で、準竜師はしずかに手元に置いたソックスの芳しい香りを愛でた。

そんなやりとりを天井裏から覗く人物がいた。黒装束に身を包んではいたが、その白い肌は暗闇にも浮き上がるほどで、青い瞳は鋭い眼光を放って下を見下ろしている。隠密の壬生屋未央である。

「やはりソックスの抜け荷は芝村準竜師の企みであったか…」
潔癖症らしい彼女は使用済みらしい靴下を手に取る準竜師の姿を見て、怒りに体を震わせているようだった。
「なんと不潔な…!しかし、これで抜け荷の日時はわかりましたね。厚志様にご報告せねば」

「──!誰だっ!?」
壬生屋の気配に気付いた準竜師が腰の刀を天井裏に向かって投げつけた。
「──っ!!」
刀は天井を突き破り、天井裏の壬生屋の腕に刺さった。それでも壬生屋は悟られまいと声を押し殺した。黒装束に見る見る血が滲む。

「ナオゥ!」

「なんだ、猫か…。では中村屋。明日の夜、またここでな。ガッハッハ!」
「はは〜!」

男たちはいやらしい笑みを浮かべて立ち去っていく。壬生屋は腕に刺さった刀を抜き取り、手布を傷に巻きつけた。
「危ないところでした…。でも…」
「ニャウン!」
壬生屋の横に巨大な猫が礼儀正しく座っていた。猫の声は壬生屋のものではなく、本物の猫の声だったのだ。
「お前のおかげで助かりました。どこから入って来たのかわかりませんが、利口な猫ですね」
壬生屋が白い手で猫を撫でると、猫はゴロゴロと喉を鳴らした。
「こうしてはいられません。急がなくては」
音も立てず廃屋から立ち去る壬生屋の後に、巨大な猫がついていった。



「夜の一人歩きは危険ですよ、お嬢さん」
「!!」
道ではなく、街の屋根伝いに疾走する壬生屋の背後から低い声がかかる。振り返らずとも壬生屋には声の正体はわかっていた。
「隆之さん…」
壬生屋は足を止めて声の主を振り返った。同じように黒装束をまとい、夜目には目立ちすぎる明るい髪と美貌を持つ青年。壬生屋と組んで隠密行動を行っている瀬戸口隆之だ。

「怪我したのか?準竜師にやられたのか?見せてみろ」
「平気です。それより抜け荷は明日の夜と分かったのです。早く報告をしないと…」
「お前さん、猫の鳴き声下手だからな。こいつが役に立ったろ」
「…?」

瀬戸口が視線を落とすと先ほどの猫が壬生屋の足元にやはりかしこまっていた。
「この子、ずっとわたくしの後を?」
今まで猫の気配にすら気付かなかったことに驚く壬生屋をつぶらな瞳で見つめると、その巨大な猫は誇らしげにニャンと鳴いた。
瀬戸口は微笑んでブータにマタタビらしきものを与えた。
「お前さんの単独行動って厚志に聞いて、心配でこいつに様子みてもらいに行ったんだ。なかなか利口な猫だろ。ブータっていうんだ」
壬生屋はカッと赤くなって瀬戸口を睨み付けた。
「わ、わたくし一人でもあの程度の任務こなせました!こんな猫を守り役に…。あなたはいつまでたってもこうしてわたくしを子供扱いなさる…」
壬生屋はと唇を噛んで俯いた。美しい青い瞳にはうっすらと涙が滲んでいる。
「こんな怪我して何言ってるんだ。ほら、傷見せてみろ」
瀬戸口が優しく壬生屋の手を取ると、壬生屋はその手を払いのけた。感情を隠すようにキッと顔を上げる。
「いいえ!こんな事をしている時間はありませんっ。早く厚志様の所へ!」
壬生屋は一人と一匹を残して、また屋根から屋根へ、小鹿のように跳ねていった。
「まったく、素直じゃないねえ。ま、そんな所が可愛いんだが」
瀬戸口はくしゃっと自分の前髪を乱すと、壬生屋の後を追って闇に消え、ブータもそれに続いた。



「明日──?予想より早いな…」
青の厚志と呼ばれる、この世界の守護者たる青い髪と青い瞳を持つ青年は、長い脚をソファの上で組み、瀬戸口と壬生屋の報告を聞いていた。
「どうする?手配が間に合わないのなら今回は見逃すか?」

主人であるはずの厚志にこのような口の利き方をする瀬戸口を内心快く思わない壬生屋だが、ウマが合う、というのだろうか、どうやら厚志の方はそんな瀬戸口を気に入っているようで、次々に瀬戸口と、彼と組む自分に重要任務を与えてくる。

「いや、今回は俺が行く」
厚志の表情には固い決意が浮かび、長い間厚志に仕えてきた瀬戸口と壬生屋は彼の心情を察知して何も言わず、主の決定に従うことにした。

「ソックスは人の体だけでなく、心まで蝕む、この世界にはあってはならないものだ。ラボ同様この俺がぶっ潰してやる!そしてソックスハンターの連中に、この俺にたてついた事を後悔させてやる…」
不敵な笑みを浮かべる厚志の美貌は、瀬戸口に全てを捧げた壬生屋でさえ、心奪われるかと思うほどに、美しい。

ふと、厚志が壬生屋の傍まできて、その腕をとった。びくりと体を震わせて、壬生屋は主人の顔を見上げた。
「傷が深そうだな、見せてみろ」
「い、いえ、大したことはありません」
緊張し体を強張らせている壬生屋(と面白くない顔をしている瀬戸口)を無視し、厚志は壬生屋の腕の傷を縛った手布を解き、さらに袖をを引きちぎった。
「厚志!」
「何をなさいます!?」
「じっとしていろ。…医師を呼んだ方が良さそうだ。放っておけば化膿するぞ」
「厚志!何回言ったらわかるんだ?未央に触るなっていつも言っているだろう?」
立ち上がって割ってはいる瀬戸口に厚志が意地悪そうに笑う。
「くっくっく…。すまない。お前たちをからかうと楽しいから、つい、な」
「…」
瀬戸口は憮然として押し黙り、壬生屋はさらに赤くなって俯いてしまった。

「厚志、入るぞ」
ドアの向こうから凛とした女性の声がして、無造作に髪を後ろで束ねた少女が入って来た。
「舞か。喜べ、明日あのソックスハンターをついに捕える手はずが…」
舞と呼ばれた比類なき誇りを持つ厚志のパートナーは、壬生屋の破けた袖、顔色の悪い瀬戸口、そして己のカダヤと順に視線を移すとそのままツカツカと厚志に歩み寄った。
「なんだこれは?」
「何って?」
さすがの厚志も突然の問いかけに少し呆けた顔を見せる。
「そなたは芝村で、わたしのカダヤなのだぞ!?それを…権力をかさに己の部下をて、て、て、て、て、て、て、て、て、手篭めにしようなどと…!!」
舞は壬生屋以上に顔を紅潮させ、勇ましい芝村の姫の勘違いに呆然としている3人を前に「たわけ、バカモノ」を連発しながら厚志に詰め寄っている。

厚志がやがて小さく溜息をついて舞の腕を取った。
「俺を信じていないのか?」
静かな声に舞がうっと声を詰まらせる。
「し、信じているに決まっている!だが、こ、この状況からしてだな…」
次第にしどろもどろになる舞を厚志は胸に収める。
「な、なぬをっ!」
「俺にはお前だけだ。それは舞が一番わかっているだろう?」
「わ、わ、わかったから離せっ!」
「駄目」
暴れる舞を抱きしめながら、厚志が瀬戸口に片目を閉じてみせる。その意味するところを察した瀬戸口が先刻とは違った意味で呆然としている壬生屋の手をとって立ち上がらせた。
「あ、あの、隆之さん…?」
「俺たちは邪魔だから出て行けってさ。行こうぜ」


部屋に戻る長い廊下で瀬戸口が大きく溜息をついた。
「どうしました?」
「お前ねえ、俺が浮気でもしないかって、うるさいくせに自分は隙だらけじゃないか。…だから俺はいつもあいつに遊ばれるんだ」
「…?仰っている意味がよくわかりません」
「…。まあいいけどな。明日も仕事だ。傷の手当てして、早く休もう。傷が元でまた怪我、なんてシャレにならないだろうし」
「明日は、わたくしは怪我はしません。そして任務も成功します」
壬生屋は静かに微笑んで瀬戸口を見つめた。不思議そうに首を傾ける瀬戸口にさらに続ける。
「明日は貴方がいますもの。貴方がいれば、わたくしも安全ですし、厚志様のお仕事も成功します。厚志様は貴方に万全の信頼をおいておられますが、それはわたくしも同じなのです」
一片の疑念もない声と瞳でそう告げられ、瀬戸口は壬生屋の腕を気遣いながら、彼女の肩を優しく抱いた。壬生屋は抗うこともなく、瀬戸口に身を任せる。
「全く…お前さんには負けるよ」
壬生屋は何も答えずに、そのまま瀬戸口の肩に顔をうずめている。
「でもな…」
「でも?」
「いや、なんでもない…」
「???」
──(明日も仕事は夜だから、時間はあるけど、まさか怪我している未央に無理させるわけにはいかないし…。もってくれ…俺の理性…)──


互いの想いを胸に抱きつつ、二人の姿は部屋へ消えていった──。





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