愛の誓い
「壬生屋、危ない!」
目の前で士魂号1番機がミノタウロスに押し倒されるようにして倒れた。
速水は3番機のコックピットで叫び、パートナーの芝村舞に確認することさえ忘れて1番機を破壊しようとしていたミノタウロスに体当たりした。
「速水、何を?!」
3番機の砲弾もすでに尽き武器はない。慣れない接近戦を挑み、ミノタウロスを1番機から遠ざけようと試みる。ミノタウロスの赤い目がこちらを睨み付けた。
「さあ、僕が相手だ、こい!」
「速水、無理だ!引きつけたまま後退せよ!」
舞がそう叫んだような気がした。そしてブラックアウト―
「ここ…は…?」
気がつくと速水は白い天井、白い壁に囲まれていた。
「病院だ。まったく…無茶も大概にせよ」
ほっとしたような表情の舞を見上げた。
「芝村?よかった…君は無事だったんだね。……壬生屋、壬生屋は?!」
「無事だ。怪我の程度もおまえよりは軽い。おまえに会いたがっていたが今は眠っている。…速水、何故あんな無茶をした?あの時来須が駆けつけてくれなかったら我ら3人とも命がなかったかも知れぬ」
「ごめん。君には悪いと思っているよ、芝村。……僕は複座を降りようと思う」
「私はおまえを責めているわけではないぞ?そんな必要はない」
「もう決めたんだ。僕は空いている2番機パイロットに移動を申請するよ」
「……………」
舞は溜息をつくとあきらめたように答えた。
「それが…おまえの出した結論なら止めはせぬ」
「ありがとう、ごめんね。芝村」
「一つ聞いていいか?それは…壬生屋のせいか?」
「さあ、どうかな?」
速水は曖昧な微笑を浮かべた。
優しいくせに心の中までは決して踏み込ませないそんな微笑だった。
夜半過ぎだった。
寝付くことができずに速水はぼんやりと天井を見つめていた。
その時小さな躊躇いがちなノックの音がした。
「どうぞ」
ドアを開けて、白い包帯で腕を吊った壬生屋が入ってきた。
「速水くん…」
「壬生屋、起きて大丈夫なの?」
壬生屋はその大きな蒼い目に涙を溜めていた。
「わたくしのために…酷い怪我を…」
彼女の艶やかな長い黒髪は白い夜着によく映えていた。
「どうってことはないよ、これぐらい。君が死ななくて本当によかった」
速水はそう言いながら壬生屋の黒髪に手を触れた。
絹糸のような手触りの髪に指を滑らすと彼女はびくんと身体を震わす。
「速…水くん…わたくしが至らぬばかりにあなたが…わたくし、どうお詫びすればよいのでしょう?」
壬生屋の黒髪を弄んでいた速水の手が壬生屋の腕を軽く掴んだ。
「じゃあ、キスして」
「え?!!!」
壬生屋の身体が硬直する。
速水が壬生屋の腕を引くと、彼女は倒れこむように前のめりになり顔が至近距離に近づいた。
2人の唇が触れ合う寸前に壬生屋が顔を背け、速水の唇は壬生屋の柔らかい頬に触れた。
「だ、だ、駄目です…」
「僕とキスするの嫌なの?」
「だ、だって…あなたとわたくしは、そのような間柄では…」
「僕は壬生屋が好きだよ。いつも戦場で前を行く君を放っておけなかった。君は放っておくと、儚く散ってしまいそうな戦い方をするからね」
「わたくし、そんなつもりは…」
「君にそのつもりはなくても、僕にはそんな風に見えるんだ。これからだって僕は君を助けずにはいられない…だから3番機を降りる。芝村を巻き込みたくないしね」
「速水くん…」
壬生屋の蒼い瞳が揺れる。真昼の晴れ渡った空の色。
自分の瞳の夜空の青とは似ていて違うな、と速水は思った。
「壬生屋。…僕のこと好きになってくれないかな。…駄目かな?」
速水の言葉には自信無さ気なせリフとは裏腹に『断らせはしない』という意志が働いていた。
「…わたくしは」
「僕のこと嫌い?」
彼女の動揺が見て取れる。でも彼女に考える余裕を与えたりはしない。
彼女はぶんぶんと首を振る。
「じゃあ好きになって。できるよね?」
壬生屋は真っ直ぐに見つめる速水の瞳に惹きこまれるように頷いた。
速水は微笑むと手を伸ばし真近にある壬生屋の顔をもう一度近づけた。
唇が触れても、今度は壬生屋は逃げなかった。
長い口付けを終えると速水が囁いた。
「壬生屋はもう僕のものだ。他の男なんか見ちゃ駄目だよ?」
壬生屋は真っ赤になって恥ずかしそうに頷いた。
間もなく速水と壬生屋は退院し、士魂号のパイロットに返り咲いた。
壬生屋は元通り1番機に、そして速水は2番機へと移動した。
速水は2番機の調整をしようとハンガーへ入ると驚いた。
「これは…」
「新型よ。士翼号というの」
「原さん…」
整備主任の原が後ろに立っていた。
「芝村さんがあなたの為に陳情したものよ。きっとあなたになら使いこなせるわ」
「芝村が?」
その時、舞が速水の代わりに3番機のパイロットとなった来須と共にハンガーへ入ってきた。
「気にする必要はない。退院祝いだ」
舞は速水に向かって言った。
「ありがとう、芝村。有難く使わせてもらうよ」
士翼号に乗った速水は複座のミサイルに頼らずとも、どんどん撃墜数を伸ばしていき数々の勲章を手にした。
「速水くん…」
壬生屋が士翼号を前にした速水の背に抱きついてきた。
「どうしたの?壬生屋」
普段の彼女は自分から積極的に抱きついたりなどしない。
「もうすぐ…」
壬生屋は速水の背中に顔を埋めるようにして呟いた。
「…もうすぐ絢爛舞踏章ですね…」
「ああ、次かその次の戦闘で300体の撃墜に届くだろうね。それがどうかしたの?」
「…怖いんです。あなたが…遠くへ行きそうで怖いんです」
「僕がどこへ行くというの?」
速水が優しく尋ねる。
「士翼号が…わたくし、この士翼号に嫉妬していました。」
「士翼号に?」
「芝村さんがあなたに贈ったものですから」
速水は調整の手を休めた。
「僕と芝村は何も」
「ええ、知っています。芝村さんには他にお付き合いしている方がいらっしゃるのも。何もお二人のことを疑っているわけじゃないのです。でもこの士翼号がいつかあなたをどこかへ連れ去ってしまうのじゃないかって…そんな気がして…怖いんです」
「怖いのは本当は僕のことじゃないの?ねえ、壬生屋、僕が怖い?皆が僕を怖がってるのは知ってるよ。アルガナを取った後ぐらいからね。君も僕が怖いの?壬生屋」
「…怖い…そうですね、少し…あなたが微笑むと次の瞬間殺されそうな…そんな気がすることもあります。でも、そうではなくてわたくしが怖いのは…」
「君のせいだよ、壬生屋」
「えっ?…」
速水はくるりと振り向くと壬生屋を自らの腕の中に包み込んだ。
「僕があれほどの数の幻獣を狩るのは、君を守りたいから。突出して幻獣に囲まれる君に早く近づこうとして邪魔物を排除しているだけだ。だからシルバーソードもアルガナもいつの間にか取っていた。絢爛舞踏だって同じことさ」
「速水くん、苦しい…」
速水が壬生屋を抱く腕に力を込めると、彼女は抗議の声をあげたが彼はそれを無視して続けた。
「だから逃がさないよ。君が僕を嫌いになったって、僕は決して君を手放したりしない。僕がどこかへ行くとしたら、その時は君も一緒だ」
言葉こそ傲慢だったが、壬生屋は自分を抱く速水の身体が僅かに震えているのに気が付いた。
「大丈夫です。わたくしは逃げたり致しません。ずっとあなたと一緒にいますよ。わたくしが怖いのはあなたがどこかへ行ってしまうことだけ。わたくしは…あなたを愛していますから」
「壬生屋、僕が人外の伝説、いや化け物になっても?」
「勿論です。あなたが何になろうとわたくしはついて行きます。でも、もしもあなたが自分でさえコントールできない化け物になり人を傷つける存在になったその時には…わたくしがあなたを殺して差し上げます」
真っ直ぐに速水を見つめる凛とした蒼い瞳。一点の揺るぎも見せないその眼差しに救われたと思った。
壬生屋を見つめ返して、速水はふっと口元を緩めるとくすっと笑った。
「な、何かおかしなことでも言いましたか?」
壬生屋は少し拗ねたように頬を膨らませた。
「ううん、壬生屋がいてくれてよかったなって思って。じゃあ約束してよ。僕が化け物に成り果てた時には必ず君が僕を殺してくれると」
「ええ、必ず」
それは物騒な愛の誓い。
彼女にだけしか頼めない。
彼女にだけしか殺されたくもない。
速水は笑った。
「ふふっ、まあ僕だって殺されたくはないから正気は失わないようにするけどね」
「はい、勿論です。…あなたにはわたくしを貰い受けて頂かなければならないのですから」
「ああ、それは益々頑張らなきゃね。他の誰にも君を取られたくないもの。…今は取りあえず仕事しようか?」
仕事の提案をしながら、速水はさっと壬生屋の唇を奪う。
「は、速水くんっ!」
「あはっ、怒らないでよ。約束の印だから」
「もう、仕方のない人…」
夜のハンガーに恋人達の笑い声が響き渡る。
世界で5番目の絢爛舞踏が誕生するのは、その3日後のことであった。
果林さんのサイト『かりんの小部屋』でのリクエスト企画堂々の第2位の黒速水×壬生屋!
速水が黒なので、ダーク?と心配したり、ちょっぴり期待したり(爆)。でもラブラブ〜!
速水が強引〜!と思いきや、壬生屋も「その時は殺してあげます」なんて強引!そんな二人がとっても萌えでしす!この二人はこういうワガママとも取れる束縛が似合う(笑)。果林さん、お疲れさまでした!
大切ないただきものへ
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