謝ること


瀬戸口は屋上で寝転がっていた。天頂に昇った太陽が眩しい。陽光を遮断しようと手をかざすと、指の間から零れた陽光が目を灼いた。左頬が痛いのは、壬生屋に引っ叩かれたからだ。
「たかちゃん、たかちゃん」
 肩を揺すられて、瀬戸口は横を向く。ののみの栗色の髪が風に揺れた。
「どうした? ののみ」
 ののみは少しだけ頬を膨らませる。
「みおちゃんとなかよくしなきゃ、めーなのよ」
 そのことか、と瀬戸口は嘆息した。起き上がって、膝の上にののみを座らせる。
「なぁ、ののみ?」
「なぁに?」
 ののみの頭に顎をのせて、瀬戸口はどこか遠くを見る。
「俺と壬生屋が喧嘩したら駄目か?」
「めーなの」
 ののみはむくれた様子でそう言った。
「みんなでしあわせにならなきゃ、めーなのよ」
 まいったな、と瀬戸口は呟く。
「価値観が違うんだよなぁ、どうも」
 泣かせるつもりはなかったのに。壬生屋が泣いたその顔を見た瞬間、瀬戸口の中に眠る記憶が悲鳴をあげた。
 瓶に詰められたビー玉を、瓶ごと高いところから落としたように。瓶が割れてビー玉が散らばっていくように、総てが離散していきそうな気すらした。
 ――壬生屋は俺の記憶を冒す。
 誰かに似ている。誰かに似ているから、つらくあたる。そうして泣かせて、自分も痛みを負う。
「たかちゃん」
「ん?」
 ののみは瀬戸口の右腕を、ぎゅーした。
「かこは、いまじゃないのよ」
 そんなこと、分かっている。
「過去は過去だ。振り返ることしかできないし、変えることも出来ない。そうだろ? それなら俺だって知ってるぞ」
 だから苦しい。忘れたりはしないから。
「かこをふりかえるのは、いいの。でも、とらわれたらめーなの」
 瀬戸口はきりと口唇を噛んだ。過去に囚われてはいけない。そう言われたら、自分はどうすればいいのだろう。
 ――シオネ・アラダよ。
 最早あの御方を慕うことは、赦されないというのか。
 不意に、壬生屋の哀しそうな双眸が浮かんだ。
「……なんでだ」
 何故重なる。姿も、声も、何一つ同じではないのに。
「ねぇ、たかちゃん?」
 瀬戸口は視線を下に向ける。ののみは哀しそうに瀬戸口を見上げていた。
「ののみね、おもうの。みおちゃんは、たかちゃんじゃないとだめなのよ」
「どうしてそう思うんだ?」
 えっとね、とののみは懸命に言葉を捜す。
「きっと、みおちゃんはね、たかちゃんじゃないとめーなの。きっとね、たかちゃんのことがだいすきなのよ」
「いつも怒ってるじゃないか」
 何度説教されたか分からない。
「それはね、まいちゃんがあっちゃんをおこるのとおなじなのよ」
 瀬戸口は苦笑した。速水と舞のやり取りを思い出したからだ。
「ののみは、壬生屋と俺が仲良くしてたら嬉しいか?」
 うん、とののみは頷く。
「みんながなかよしなのは、いいことなのよ。なかよしで、しあわせならいちばんいいの」
 そうだな、と瀬戸口は頷く。
「……謝らないとな」
 泣かせてしまったから。傷付けてしまったから。
「ちゃんとあやまらないと、めーなのよ」
 ののみに言われて、瀬戸口は頷いた。

 雨は、やまない。壬生屋は傘を差して、家路を急いだ。早くしないと晩御飯の支度に間に合わない。
 信号で立ち止まり、右手を見詰める。昼間は酷いことをしてしまった。瀬戸口の頬を叩いたのは一時の激情からだ。自分は感情の統御が未だ持って出来ない。壬生屋はそれが嫌だった。
 信号を渡り、公園の横を通りかかる。
「……壬生屋」
 低く囁く声がして、壬生屋は視線を公園へ向ける。ずぶ濡れの瀬戸口が、そこにいた。
「せっ、瀬戸口さん!?」
「……謝ろう、と……思って」
「一体いつからここにいたのですか!? 傘も差さずに!!」
 瀬戸口の視線は宙を彷徨っている。朦朧とする意識の中で、瀬戸口は謝らなければならないという義務感のみで立っていた。
「すまな、かったな……」
「……整備に関しての一件でしたら、もうよいのです。私も反省いたしました。それよりも――」
 壬生屋が言い終える前に、瀬戸口は倒れた。壬生屋が「もういい」と言ってくれたから。それを聞くと、瀬戸口は全身を巡る熱に負けた。
「せっ、瀬戸口さん!! しっかりしてください!」

 目を開けると、真っ白な部屋にいた。エタノールの匂いがする。瀬戸口は此処が病院である事を悟った。
「あ、お目覚めですか?」
 壬生屋は丁度花瓶に花を活けているところだった。
「俺は……」
「全く、あんな雨の中に傘も差さないなんて馬鹿です」
 頭が痛い。顔を動かすのも億劫で、瀬戸口は壬生屋と目を合わせなかった。
「まだ39℃あるのですから、安静にしてくださいね。……私、瀬戸口さんの家を知らないものですから、病院に連れてきてしまいました」
 そういえば、誰も家に招いたことは無いということを瀬戸口は思い出した。誰も知らないはずだ。
「私も、手を上げたことは反省しております。一時の激情とはいえ、力でもって我を通そうといたしました」
 ぼんやりと壬生屋の声が聞こえる。瀬戸口の頭脳は熱によって完全に機能を停止していた。
「その……、申し訳ありませんでした」
 壬生屋が頭を下げる。本当に謝らなければならないのは自分の方だと思いながら、瀬戸口は眠りに引き込まれていった。
       

いかがでしょうか?
しょぼい開設祝いで申し訳ありません(−−;
相変わらず瀬戸口に偏っていて申し訳無いです。
昔は瀬戸口至上主義で、カップリングを考えた事は無かったんですよ(爆)
なのでちょっと(かなり)瀬戸口寄りです。瀬戸壬生難しいです。
では、お嬉びいただければ幸いです(コメント/ぼすさま)


いかがもなにも!!良すぎ!!良すぎますぼすさんっ!壬生屋を傷つけてしまって、自分も傷つき、
後悔してシオネへの思いと葛藤している瀬戸口がイイ〜!しかも!謝ろうとして、ずぶ濡れになって壬生屋
を待っている瀬戸口に萌え(爆)。壬生屋が病室でずっと付き添っていたであろう事を想像してまた萌え!
ぼすさん、ありがとうございました!!(コメント/ぴろ)


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