bravery

「壬生屋は何か変わった」
「何がどう変わったかはよくわからないけど」
「とにかく変わった」
「瀬戸口と付き合い出したせいじゃない?」
──近頃小隊内でこんな事が噂になっている。
小隊の女王、原素子は「恋をすれば、女はいくらだって変わることができるのよ」と語った。
そう、壬生屋は今、恋をしているらしい──。

壬生屋といえば、なにかと小隊内の風紀やら、男女の事にうるさいくせに、自分は軍規を無視して頑なに胴衣を着てきたり、戦闘では勝手に一人で突っ込んでは機体を大破し、周囲をヒヤヒヤさせ、整備士たちを嘆かせていた。
今でも確かにあれやこれやと口うるさいし、特攻癖も直っていない。
しかし、今の壬生屋はなにか柔らかい雰囲気を纏っていて、以前からも泣いたりわらったりするタイプだったのだが、さらにその表情が深く、豊かになった様に見受けられる。

長い黒髪、白い肌、大きな青い瞳に旧家の娘らしい立ち振る舞い、と、元々女性らしい要素を持ち合わせていた彼女ゆえ、気性の激しい性格のためか、今まで壬生屋の事を敬遠していた男性陣の中にも、内面から輝くような存在感を放ちはじめた彼女が気になりはじめている者も出始めているらしい。

しかし、当の壬生屋は自分に注がれる視線には周りが呆れるほど疎かった。恋人がいながら、滝川の制服が破れれば繕ってやり、若宮が空腹を訴えれば食堂で手料理を振舞ったりしている。そのせいか、瀬戸口の苛立ちは日増しに募っていくようで、付き合い出すまでとはまるで正反対に壬生屋に小言を言う瀬戸口の姿が目撃されるようになった。


その日も瀬戸口と壬生屋は二人で教室で昼食を取っていたが、瀬戸口は憮然としていた。壬生屋はやはりその理由が分かっていないようで、不思議そうに瀬戸口の顔を覗き込むようにする。
「あの…。どうかしましたか?」
「…別に」
「別に…ってことはないでしょう。何を怒っているのですか?」
「昨日、来須と一緒に訓練してたろ」
「ええ、確かに…それが何か?」
「何かって事はないだろう。俺が一緒の部署の、ののみと仕事してたってお前は怒るくせに…」
壬生屋が少しだけ笑う。
「──あの、妬いて下さっているんですか?」
「違うっ!俺はただ…」
瀬戸口が思わず立ち上がったのと教室のドアが勢いよく開いたのは、ほぼ同時だった。瀬戸口と壬生屋がドアを振り返る。
「来須君?」
「…今取り込み中だ、出て行ってくれ」
あからさまに嫌悪の顔を向ける瀬戸口を無視して、来須はそのまま教室内に入りこみ、二人の前に立った。そして…。
「…壬生屋は渡さん」
「「──え?」」


向き合う男が二人、不安げに見守る女が一人。
校舎裏で来須は無言で瀬戸口を睨みつけ、瀬戸口も腕を組んだまま涼しい顔で来須の視線を受けている。壬生屋は視線をぶつけ合う二人ただ見守るしか出来ない。わざと笑いを含んだ声で瀬戸口は来須を挑発する。
「壬生屋は渡さない、なんてよくも言えたな。それはこちらのセリフだろう。壬生屋は俺の女だ。…来いよ」
瀬戸口の宣言に壬生屋は喜びに体を震わせた。胸の前で手を組み『瀬戸口君、頑張ってください!わたくしを離さないでくださいましっ!』と心の中で叫ぶ。

来須がゆっくりと身を構えるが、仕掛ける様子はない。
ならば、と瀬戸口がカロヤカに一歩さがって右足がを地面を蹴りあげた。
防御の姿勢をとる来須。顔を覆う壬生屋。
伝説とまで言われている瀬戸口の『あまりに低いローキック』が炸裂した──かに思われた。
強烈な蹴りの入る音も、来須が地面に叩きつけられる音も自分に聞こえてこないのを不思議に思いながら、壬生屋が目を開けて指の隙間から見た光景…。
それはふっとぶどころか身構えたまま一歩も動ごかず表情一つ変えない来須と、来須の脛、ほとんどくるぶしに近い部分に、蹴り、というよりむしろ添え物のように触れているだけ(に見える)の瀬戸口の脚だった。
しらけた空気が流れる。


「…ふざけているのか?」
「あ…、えーと…やっぱり全然効いてない?」
来須は構えた体勢のまま、瀬戸口を見下ろしている。
瀬戸口はぽりぽりと頭を掻いて、情けない姿を恋人の前に晒していた。
次の瞬間壬生屋はへたり込んでわっと泣き出してしまった。オイオイという泣き声が学校中に響くようだ。

「なん…なんですかっ…そのっ…なさ…けないっ…蹴り…はっ…ヒック…。わたく…しを…想ってくだ…さるお気持ちなん…て…っ、その蹴り程度…のもの…なんですかっ…」

瀬戸口が慌てて壬生屋に駆け寄る。
「壬生屋っ。これには事情が…」
「事情ですって〜!?わたくしが来須君に奪われてしまってもいいほどの事情が貴方にあるとおっしゃるんですか!!」
壬生屋は泣きじゃくってぽかぽかと瀬戸口の胸を叩いた。
「違うよ!ただ、力の加減が…、その…」
「力の加減ですって!?この決闘に手を抜くおつもりだったんですかっ!」
「そーじゃなくて!」
「そうでなくて何なんです〜!」
「痛っ!痛い〜!」
「やっぱりわたくしの事、嫌いなんですわ〜!馬鹿〜!!」

なおもぽかぽか殴り続ける壬生屋とあたふたと壬生屋を説得しながらもその体を抱きしめてやっている瀬戸口をしばらく眺めていた来須は、やがて小さく溜息をついて、その場を後にした。

遠巻きに様子を眺めていた滝川が声をかける。
「先輩!いいんですか?決闘は?」
来須はどことなく疲れた様子で、一言呟いた。
「…馬鹿馬鹿しくなった…」



その日の放課後、夕日に染まる帰り道を壬生屋に引きずられて歩く瀬戸口の姿があった。
「本当に情けないっ!いつかきっとわたくしを父から奪ってくださると思っていましたのにっ!こんな事ではわたくし、本当に行き遅れですっ!これから鍛えなおしてあげますから、覚悟なさいっ!」
「ひぃ…」

あくる日、瀬戸口は学校を休んだそうな。

やる気あるのか、私(汗)。
いや、決闘をしても勝てない瀬戸口、とかタルタルより低いローキックの瀬戸口、とかが話題になって、誰も「瀬戸口は強いのっ!」と反論しないので書いてしまいました。ここでの設定は、単に鬼だから力加減が出来ない、というより、壬生屋とは逢っていて鬼の力も無くしてしまったので、人間としての力の使いかたがよくわからない、という事ですので、瀬戸口もちゃんと強いのです!

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