クリスマスは大嫌い
「駄目だと言ったら駄目なんですっ!」
12月も下旬にさしかかったある日の帰り道。
もう何度目になるだろうか、壬生屋は瀬戸口に対して拒絶の言葉を口にした。
クリスマスを一緒に過ごそうという瀬戸口に対してのものだ。
二人が交際を初めて、まだ間もないのだが、瀬戸口はここまではっきりと拒絶の言葉を壬生屋
から聞いたことがなかった。
瀬戸口にとって壬生屋の思考は分かりすぎるほどだった。彼女が発する否定の言葉は、本当
は肯定の意味を持っている事。意識しているのか、無意識なのか、それが虚勢だということ、そ
れは自分も同じだから…、自分の心を固い鎧で覆ってしまう事は、自分もそうだったから、よく
わかっていた。
それに、彼女は心の隠し方があまりに下手だった。
でも、今回の壬生屋の言葉に嘘は見えない。本当に、自分の誘いを拒絶している。ふざけなが
ら「照れているのか」と聞いても、答えは同じだった。
壬生屋の家は代々道場を開いている家系で、おおよそクリスマスとは縁のなさそうな家柄だ。
本気でクリススマスを宗教的な意味で否定しているのかもしれない。
「固い事いうなって。みんながみんな、クリスチャンじゃないけど、お祭騒ぎしてるじゃないか」
壬生屋の返答はまたも同じだった。
「そんな事は関係ないんです…」
それでも食い下がる瀬戸口に、やがてポツリと呟いた。
「わたくし、クリスマスなんて、大嫌い…なんです」
「大嫌い?」
「そうです。だから、お祝いは、その、したくないんです」
「はは〜ん、わかった。家でクリスマスしたことなくて、小さいころ友達にいじめられたりしたんだろ」
壬生屋は小さく頭を振って、目を伏せた。どうやら瀬戸口が考えている以上になにか辛い事情
がクリスマスにあるようだった。
「そんな事じゃありません。わたくし、クリスマスは…」
「そんな顔してるとサンタさんがプレゼントくれないぞ?」
軽い気持ちでそう言った瀬戸口に、壬生屋はきっと眦をあげて大声をあげた。
「サンタなんて…。サンタクロースなんて、いるわけありません!」
「………。いや、その…」
瀬戸口はとっさにツッこむ事が出来なかった。壬生屋はこの歳で、真面目にサンタクロースの
存在の有無について考えているのか…。壬生屋の場合、それもおおいにあり得るが、それとも
、他に何か理由があるのか…?
壬生屋は瀬戸口から目を反らすと、真剣で、それでいて哀しそうに空を見上げながら語り始めた。
「確かに、わたくしの家ではクリスマスを祝う習慣なんか、ありません。家の者が許してくれません
でしたし。でも…それでも、幼い頃、クリスマスの日は、こっそり兄がクリスマスの絵本を読ん
でくれました。サンタクロースが、願っている欲しいものを、クリスマスに届けてくれるのだと…」
兄、か…。瀬戸口は度々壬生屋の口から聞く、彼女の兄を思った。どうやら壬生屋は自分の
兄を随分慕っていたらしい。兄の方も、おそらく壬生屋を、それは大事にしてきたのだろう。
壬生屋は、幻獣を倒すのは、戦死した兄の仇だ、と常々語っている。
その兄が言って聞かせたのだ。壬生屋は本気でサンタクロースの存在を信じているのかもしれなかった。
「わたくし、一度だけ、お願いしたことがあります。サンタクロースに、一度だけ…。でも、願いは届
かなかった。わたくしがバテレンの者ではなかったからかもしれません…。でも…わたくし、真
剣にお祈りしました」
「何が欲しいって願ったの?」
「それは…」
口ごもる壬生屋。青い瞳はかすかに濡れているように思えた。
「とにかく、ごめんなさい、瀬戸口君…わたくし、クリスマスをお祝いする気持ちには、なれません…」
何か言おうと口を開きかけた瀬戸口を置いて、壬生屋は黒髪をなびかせながら走り去っていった。
クリスマスイブの夜、その日もついに瀬戸口の誘いを振り切り、壬生屋は自室にこもって、ぼ
んやりと座り込んでいた。
そう、一度だけ、サンタクロースに願った事があった。
『死んだ兄に会わせて欲しい、もう一度、兄をわたくしにください』と…。
父の目を盗んで絵本を読んでくれた兄。サンタクロースに願うと、望みのものを届けてくれるの
だと兄は語った。クリスマスの思い出は、全て兄に繋がっている。その兄はもういない。忘れよ
うにも忘れられない、むごたらしい姿で、兄は殺された。
そして、クリスマスの願いは叶わなかった。遠い日の、辛い記憶──。
だからクリスマスは嫌い。
瀬戸口が一緒にクリスマスを過ごしたい、と言ってくれたのは、嬉しい。でも、彼といても、きっ
と自分は兄を思い出してしまうだろう。嘘をつくのが下手な自分の事だ、彼はきっとそれに気付
く。そして、優しい言葉をかけて、抱きしめて、自分を慰めてくれる。心も癒されるに違いない。
でも…。でも、わたくしが欲しているのは、そんな彼じゃない…。
そんなクリスマスは、嫌だ…。
わたくしは、不幸を慰めて欲しいんじゃない…。同情が欲しいのじゃない…。
──違う──
嫌いなんかではない…。自分はこの日が好きなのだ。だから、誰よりも幸せな時間を過ごした
いと思ってる…。
『サンタクロースは、未央の一番欲しいものをもって、やってくるんだよ──』
兄の言葉が壬生屋の脳裏に響いた。
「わたくしが、一番欲しいものは………」
──コツ…コツ…──
「!?」
窓を叩く小さな音がして、壬生屋が怪訝そうにカーテンを引く。
「せ、瀬戸口君!?」
窓の外の人物に驚いて、壬生屋は窓を開ける。まるで玄関からやってきた客の様に、落ち着き
払った態度で、瀬戸口は壬生屋の部屋に上がりこんだ。
「ど、どうして…」
「諦めきれないから、夜這いにきた」
「なっ…、ふ、ふけ…」
「メリークリスマス」
固まる壬生屋の頬を両手て優しく包んで、瀬戸口は彼女の白い額にキスを落とした。
そのまま瀬戸口は腕を滑らせて、壬生屋の体を引き寄せて抱きしめた。息もつけないほどの
固い抱擁に壬生屋は身をよじらせる。壬生屋を抱きしめたまま、瀬戸口は唇を壬生屋のそれ
に重ねる。
「瀬戸…ん……っ」
激しく貪るようなキスを壬生屋は陶然としながら受け入れていた。
熱い抱擁、蕩けるような口づけ。
──そう、わたくしが欲しかったものは────
瀬戸口から開放されるころには、体中の力が抜け、息もあがってしまった壬生屋はぐったりと
瀬戸口に体を預けながら、彼の腕の中で、やがて呟いた。
「サンタクロースって、本当にいるのかも知れません…わたくしの願いが、叶ったから…」
「願い?」
「欲しかったもの…が、クリスマスに、届きました…」
「俺はとっくにお前さんのものだろ」
照れもせずに、言い切る瀬戸口に壬生屋の方が顔を真っ赤にする。その壬生屋の様子に、瀬
戸口は満足気に微笑んで、もう一度額にキスをした。
そして壬生屋の手を引いて歩き出しす。
「…?な、何を?」
「夜這いに来たっていったけど、オヤジさんいるもんな。夜はまだ長いし、二人きりになれる所に行こう」
「え?ま、待ってくださいっ」
慌てて手を振り解く壬生屋。
「嫌?」
さっきまでの余裕は何だったのかと思うような不安げな瞳の瀬戸口に、壬生屋は言葉に詰まっ
てしまった。彼がこんな風に表情をよく変える人だというのは、付き合い始めてから、ごく最近
壬生屋が気付いた事だった。
「嫌じゃない、です、けど…」
「じゃ、決まりだ」
「強引な人ですね」
少し呆れた口調で言った。
「クリスマス嫌い、克服…かな?」
「…瀬戸口君…」
彼にどこまで悟られてしまったかはわからない。けれど、それももう、どうでもいい事だった。
「一緒にお父様に叱られてくださいますか?」
瀬戸口を見上げて訪ねる壬生屋に、彼は笑って「望むところだ」と答えて恭しく壬生屋に向かっ
て手を差し出した。その手に自分の手を重ねて、微笑む壬生屋。
一番好きな日を、一番好きな人と──。
二人の姿はやがて、イブの夜の中に溶けていった。
<後書き>
御剣検事(誰)のおかげで遅れに遅れた(爆)クリスマスSS。
いつものように、特に内容はないです!
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