Merry Christmas To You


その日、壬生屋未央はピンクのワンピースにコートを羽織り、新市街の一角に立っていた。
今日はクリスマス・イブ。恋人達があんなことやこんなことで盛り上がる日だ。
どうやら、壬生屋もあんなことやこんなことで盛り上がる人たちの仲間に入るらしい。

ウインドウに映る自分の姿を見ては壬生屋は気恥ずかしそうにしていた。
「やはり、こういう格好は落ち着きませんわ…。でも、でも、隆之さんがどうしてもっていうから…」
つぶやきながら、手をさすって息を吐く。息の白さが今日の寒さを物語っている。
いつもの習慣で待ち合わせより一時間も早く来てしまった壬生屋の体は冷えはじめていた…。

絢爛舞踏速水厚志の登場と東原ののみ、様々な人物の活躍により、辛く、苦しい時代は終わりを告げようとしていた。
平和や自由を手に入れてもその言葉こそ知っていても、意味までは理解できなかった人々。
戦うことしか知らなかった自分達。サイレンと銃声こそが彼等の日常だった。
しかし、とまどいながらも人々は確かに、自分たちで手に入れた平和と自由を感じ、それを愛しはじめていた。

壬生屋は幸せそうに街を行く恋人達を眺めながら、ぼんやりと過ぎた日々を思い起こす。
クラスメイトに励まされ、自分の気持ちに正直になろうと思った日。
自分だけには辛く当たる瀬戸口に自分の気持ちを打ちあけ、何度も何度も自分を受け入れて欲しいと訴えた日々。そして、遂に自分を受け入れてくれた瀬戸口…。
これからは彼を愛して愛して、それだけで過ごすのだ。
「わたくし、幸せです…」
壬生屋はせわしなく、自分の身だしなみを確認し、恋人である、瀬戸口隆之がやってくるのを待っていた…。

そんな壬生屋を遠目で眺めている人物がいた。
他でもない、瀬戸口隆之その人である。
瀬戸口は壬生屋とのデートの際、大抵時間ギリギリにやって来ては「レディを待たせて申し訳ない」
等と軽口を叩いていた。

しかし!!

実は瀬戸口という男、自分を待つ恋人の顔や仕草を見て愉しむという変態…いや、大変子供っぽいかわいい男なのである。
今日も彼はその自分の嗜好に没頭していた。
一人でぽつりと佇み、自分を待っている壬生屋。時折、艶やかな髪を整えたり、なにやら真っ赤になって頭を振る壬生屋を見ては「俺のこと考えてる、愛されてる」と実感する、という犯罪臭い行為に興じているのだった。
しかし、寒そうに手をさする壬生屋を見てさすがに今日は、彼女の元に向かう事にした。
壬生屋はまだ瀬戸口に気付かず、街のクリスマス・イルミネーションを幸せそうに眺めている。
後ろから抱きしめて驚かそうか、いや、どんなささいな事をしたって俺の未央は驚いて真っ赤になるに決まっている、等と恐ろしくバカバカしい事を、恐ろしく真剣に考えつつ歩いていると、なんと、壬生屋に話しかけてくる男がいるではないか。瀬戸口は意味もなく、すばやく物陰に身をひそめ、壬生屋の方をうかがい見た。

「よう、壬生屋。瀬戸口と待ち合わせか?」
明るく朗らかな声に壬生屋が振り返ると、そこには脳みそまで筋肉で出来ていると噂の若宮が大きなクリスマスプレゼントらしい包みを抱えて立っていた。
「あ、若宮さん、こんにちは。若宮さんこそ、今日はお出かけですか?」
微笑んで答える壬生屋。自分以外の男に向ける壬生屋の笑顔が美しく、妬ましく、瀬戸口はなぜか必死に「これは嫉妬じゃない、嫉妬じゃない」と呪文のようにブツブツ呟いていた。
「ああ。これから新井木のところにな。でかいテディ・ベアが欲しいなんていうから、この1ヶ月バイト5つもかけもちだ。まったく…」
若宮の幸せな愚痴を、自分を奮い立たせた元気印の商標でも持っていそうな新井木の姿を思い浮かべながら壬生屋はくすくす笑って聞いていた。
「しかしあれだな。俺は素子さんだけだって思ってたのに、わからんもんだな。お前と瀬戸口も、まさか速水のとこより、あ〜、その、バカップ…いや、アツアツになるとは」
「えっ…。そ、そんな…。そんな風にしているつもりは…」
壬生屋は真っ赤になった。

頬を赤く染めて俯く壬生屋を見た時、瀬戸口に対するコマンド入力が成立した←?
「殺意の波動に目覚めた瀬戸口」「血の封印を解かれた瀬戸口」「日焼けした瀬戸口」などと呼ばれる覚醒モード瀬戸口である。
「なんだあれ若宮のやつなんで俺の未央に声なんか掛けるんだこのやろうばかやろう俺の未央はなんであんなふうに楽しそうに笑うんだ確か校舎修理の時もやけに親しげに話してたようなって俺の未央は俺だけの未央なんだぞなんだなんだどいつもこいつも俺が中耳炎だからってバカにしてるのかっ?」
と最後の方は意味不明なセリフを一息で言ってのけると、ずんずんと二人の方に近づく。

一方若宮の方は「じゃあな」と言って去っていく。壬生屋はふう、と一息ついて辺りを見回すと、愛しい恋人がなんとも形容しがたい表情で早歩きで近づいてくるのを発見した。壬生屋はとたんに花開いたような笑顔になる。
「瀬戸口さん、今日はお早い…」
壬生屋の声と瀬戸口の声が重なる。
「あいつと何話した?」
「はい?」
壬生屋は怪訝そうに瀬戸口の顔を覗き込む。
「だからっ!若宮のやつと何話してたんだ?」
「何って…、あの、ただの世間話ですよ?どうしたんですか?何を怒っているのですか?」
瀬戸口は蒼い蒼い瞳で自分を見つめる壬生屋からふいっと目をそらし「怒ってなんかいない」と言ったまま黙ってしまった。

一体どうしたのだろう。何が瀬戸口を怒らせたのだろう。せっかくのクリスマスなのに。おしゃれもしてきたのに。若宮と自分が彼の悪口でも言っていたとでも思っているのだろうか。いや、彼は自分のように、そんな子供っぽい想像をして怒ったりしない人だ…。自分が他の男と会話したこと自体、瀬戸口の機嫌を損ねているとは考えつきもせず、壬生屋は涙目になってしまった。
瀬戸口がふと視線を戻すと壬生屋が泣き出しそうな顔で自分を見つめている。潤んだ蒼い瞳は、平和とクリスマスを祝うイルミネーションに照らされて、宝石のようにきらめいている…。いや、あんな石ころより、壬生屋の瞳ほうが、比べ物にならない程に美しく見えた。自分の胸の奥深く、面影だけになってしまっているかの人より、今、生きて自分の意思を持って輝く瞳が愛しく思えた。

(俺は何をやってるんだか…)
瀬戸口は大きく息を吐き出すと、壬生屋の体を引き寄せて抱きしめた。
「きゃ…」
壬生屋は驚いて体を硬直させるが、抵抗はなかった。ふと触れあった頬が冷たい。それを暖めてやるかのように、瀬戸口は壬生屋の頭を自分の胸に埋めさせる。髪を撫でると、花の香りが瀬戸口の鼻腔をくすぐった。
しばらくして、瀬戸口は壬生屋の耳元に笑いを含んだ声で囁いた。

「不潔だ」
「は、はい?」
「恋人がいるのに、他の男と話すなんて不潔だ、破廉恥だ」

壬生屋はすこし体を離して信じられないといった様子で瀬戸口を凝視した。
(まさか、妬いている?隆之さんが?嘘…わたくしをからかって楽しんでいるの?いつものように…)
「じょ、冗談…ですよね…?」
うろたえる壬生屋に瀬戸口は少し困ったような笑顔を見せると、もう一度抱きしめて、今度は真剣な声で、告げた。

「見てろ」
「え?」
「俺の事だけ、見てろ」
「…た、隆之さん…」

涙が出た。子供の様に嫉妬している彼が可笑しくて、幸せで、嬉しくて。妬いて追いかけるのはいつも自分だけだったのに。あんな風に拗ねた彼を見るのは初めてだった。声をあげて笑いだしたいくらいなのに、涙があふれて止まらない。
泣き顔を見られまいと、顔をうずめたままの壬生屋の顔を優しく自分に向けさせると、瀬戸口は壬生屋の髪をそっと撫でた。
「泣くなよ。せかっく綺麗にしてきたのに」
壬生屋はまだ涙の乾ききらない瞳で微笑んでみせた。
「わたくしはいつだって貴方の事だけ、見ています…。今までそうだったように、これからもずっと…」
「俺だって、未央だけだよ…」
瀬戸口は壬生屋の顎を持って唇を近づける…。
「い、いけませんっ。こんな公衆の面前で…」
「今日はクリスマスなんだ。どんな恋人達より、俺たちが一番愛し合ってるって見せつけてやらなきゃ」
「何をわけのわからない事…あ…」

二人の唇が触れ合った瞬間、空から白いものが降ってきた。平和な街に、恋人達を冷やかす声と、クリスマスに降った雪を喜ぶ歓声が響く。

雪はこの世界の平和と永い永い時を経て成就した恋を祝っているかのように、あるいは、他の誰かでない、自分たちで悲しみの連鎖を断ち切った人々に対する、何者かのごほうびのように、降り続いた…。

はい、タイトルも内容もひねりもなにもないSSです(笑)
でもしがらみとか何もない二人を書いてみたかったわけなのです。あと、なんだかんだと嫉妬して余裕のなさそうな瀬戸口も。←ただの変態だろ。
壬生屋さんはああいいう育ちだから、クリスマスはあまりお祝いしなさそうだけど、これからはイベント好きな(?)瀬戸口と一緒だから、あれこれして過ごせそうですね。イベントとか記念日好きな瀬戸口のイメージってわたしだけが持ってるのかな?


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