CRUSH
『大型で非常に強い勢力の台風21号は九州地方に…』
壬生屋はじっと正座してテレビの速報に見入っていた。
テーブルの上には非常時の食事らしいおにぎりや、貴重品をまとめた袋、懐中電灯なとが置いてある。
隣の瀬戸口が呆れたように口を開く。
「あのなぁ、今時台風くらいでこんな準備するヤツはいないと思うぞ。まあ、お前さんらしいけど…」
「備えあれば憂いなし、です。大体貴方はいつも…」
またいつものお説教が始まるかと思われたその時、部屋の明かりもテレビもプツリと消えた。
「て、停電ですかっ?」
「……そうみたいだな…」
雨戸も閉めているために、近くにいてもお互いの輪郭すら確かめることができない。
壬生屋は慌てて懐中電灯を探そうとテーブルの上に手を這わせた。
「きゃっ!」
その手が掴まれる。そのまま手を引かれて大きな胸に抱かれた。
「な、なにを…」
「…怖くないか?」
瀬戸口が壬生屋の耳元で囁くと更に強く壬生屋を抱きしめた。
「…」
しばらく雨戸を叩く風と雨音だけが部屋を支配する。
壬生屋も抗うこともなく、そのまま瀬戸口に抱かれていた。
やがて小さく身じろぎして、しかし瀬戸口の顔を見上げる事なく、胸に顔をうずめたまま、しっかりとした口調で壬生屋は告げる。
「たとえ暗闇でも、貴方の声がして、貴方にこうして抱かれて、その鼓動を感じていれば、怖い事など何もありません」
一瞬瀬戸口の体が強張る。
その手で壬生屋の存在を確かめるように、その髪を撫でる。
──俺は恐ろしい。明るい太陽の下でも、夜の闇でも、こうしてお前を抱いていても、いつかまた、俺はお前に置いていかれてしまうのではないかと、こんな幸せも幻なのではないかと、いつも不安に駆られてる。それなのにお前はいつも──
「怖く…ないですよ?」
壬生屋は自身に言い聞かせているとも、瀬戸口の裡を察しているともとれるような言葉を発した。瀬戸口は「そうか」と一言だけ呟いて、しばらくの間、暗闇の中で壬生屋を抱きしめていた。乱暴に、ではなく、優しく、体のぬくもりをより感じられるように。暗闇でわからない、彼女の体の線を確かめるように。
──お前はいつもこうして、一番俺の欲しい事をしてくれる。欲しい言葉をくれる。何気ない言葉で、どんなに救われるか、おそらくお前は意識もせずに──
「でも…」
思い出したように壬生屋が呟く。
瀬戸口は黙って続きを促した。
「こんな風にあなたが優しくなるのなら、台風も停電も、悪くないですね」
少しだけおどけた口調の壬生屋に瀬戸口は頬を膨らませた。
お互い体を離したけれど、やはり存在がぼんやりと見えるだけで、表情までは読み取れない。
「ひどいな。それじゃまるでいつも俺がとんでもない事ばかりしているみたいじゃないか」
「だって…、そ、その通りじゃないですか…」
「ふうん…じゃ、少しは反省して──」
瀬戸口はそのまま壬生屋の体を静かに床に倒す。
「えっ?せ、瀬戸口くん?」
「…優しくして欲しいんだろ?」
「そ、そういう意味…じゃ…」
二人のその声は雨と風の音にかき消されていった──。
<後書き>
いや〜、すごい台風でした。台風→停電→瀬戸壬生の世界、という事で。(笑)
1時間くらいで書いたので、アレですね。しかも瀬戸壬生スキーさんはみな「瀬戸口の方が台風や停電を怖がるはず」というのは何故なのか〜!?(笑)
CRUSHというのは「熱愛」という意味もあるらしいのですが、最初はもっと暗闇でラブラブな内容にしたかったのに、こういう話になってしまい、タイトルと内容がイマイチ噛みあわない結果となってしましました〜。
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