Declaration Of Love




花びらの舞う桜の木の下で、瀬戸口と壬生屋は、語るべき言葉もなく、しばらく立ち尽くしていた。

「…全く、別の気持ちだったのですね。わたくしのこの、気持ちも、何もかもが…」

満開の桜を見上げて、壬生屋が呟いた。苦しくない、といえば嘘になるが、この男にこうまで惹かれてしまうのが、自分の中にありながら、全く別の存在のせいならば、それを受け入れなくてはならないのだろう。
それが「自分として生きる」事になるのであれば…。

この記憶も捨ててしまえば、彼の瞳にも、声にも、心が震えることもないのだろう。
だって、どんなにこの胸が引き裂かれそうに狂おしくても、この気持ちは「壬生屋未央」の気持ちではないのだから。

「そう、だな…。お前さんは、お前さんの、生きかたを、選ぶべきなんだ。そんな記憶に、惑わされることは…ない…」

瀬戸口は壬生屋の顔を見る事も出来ずに、片手を木につけて、舞い落ちる花びらを見つめていた。

壬生屋ではなく…、他の誰かが、かの女神の記憶を持って生まれたとしたら、自分は壬生屋を捨てて、その人物を選ぶのだろうか。このままずっと、鬼から脱することもなく、永遠に誰かにシオネを重ねてこの身を引きずっていくのか。

シオネに惹かれたのは、彼女が「シオネ」だったから、なのか?それとも…。

自分を見ることをしない、瀬戸口の背中を見つめる壬生屋。

──そう、この気持ちは、偽者だった。いつかきっと、壬生屋未央として、恋をして、幸せになれるのだろう。瀬戸口君が、わたくしにとった態度も、全て、自分ではない、この記憶のせいなのだから──

「さようなら、瀬戸口君…」

瀬戸口はそれに答えない。壬生屋を振り返る事もない。
壬生屋も答えを求めてなどいなかった。

突風が、花びらと、壬生屋の髪を舞い上げる。
それが合図かのように、壬生屋は踵を返して駆け去っていった。

「壬生屋──!!」
瀬戸口が振り返ったとき、既に壬生屋の姿はなかった。
桜の花びらだけが、瀬戸口の視界を満たしている。

二人は、言えなかった。千年前、そうであったように。

──行かないで、と──




今日も、この、桜の木の前に、来てしまった。

瀬戸口は、満開の桜の木の下で、ため息をついた。
桜の花は既に散り、緑の葉が力強く繁っている

花が散り、葉が芽吹いていくように、人の心も、時と共に変わっていくのだろうか。

──自分以外は。

あの日以来、目を閉じても、浮かぶのは、かつての女神の面影ではない。
鮮やかな、赤い袴。それに身を包つんだ、少女…。


あの人の、過去の記憶を引きずって苦しむより、彼女は「壬生屋未央」として、誰かを愛し、幸せになればいい。…それが、彼女の為だ。それが本当の「壬生屋未央」の幸せに、なるはずだ…。




「やはりここにいたのですね」

凛とした、意思の強さを感じさせる声に振り返る。

「壬生屋…」

壬生屋は、しっかりした足取りで一歩一歩瀬戸口に近づいていった。
その青い瞳には、強い光が宿っている。あの日のような、哀しみも、迷いもない、一点の曇りのない瞳。瀬戸口は、その瞳から目を反らすのが精一杯で、一歩も動けなかった。

瀬戸口の目の前にまで歩み寄った壬生屋は、立ち尽くす瀬戸口を無視して、桜の木を見上げて語り出した。


「わたくしの中の誰かも、貴方が好きで、貴方も、わたくしの中の誰かが、好きなのでしょう。だから、この恋も、偽り。本当のわたくしの気もちじゃない。この気持ちが、別の人のものだからと、あなたを諦らめて、もっと、強くて優しい殿方とめぐり合って、愛し合って、幸せになろう…何度もそう思いました。…でも」

そこで言葉を一度切ると、視線を下ろして、瀬戸口を見る。
瀬戸口を見つめたまま、にっこりと笑った。
今まで瀬戸口が見た事もない、柔らかく、それでいて、どこまでも揺るぎない、強い笑顔で。

「それでもやはり、あなたを諦めるなんて、できませんでした。この思いが、他の誰かのものであって、偽者だなんて、わたくしには、思えません。わたくしの、この心の中に、他の誰かの、あなたの大切な人の記憶があって、そう生まれてきてしまったのなら、仕方ありません。それもわたくしだ、と背負って生きていくまでです。乗り越えなければいけないのなら、乗り越えて見せます」


自分から反らされることのない、真っ直ぐな視線に、瀬戸口はだじろいだ。
壬生屋の中のあの人が、壬生屋に言わせている。そう思わないと、目の前の白い手をとり、その細い体を引き寄せて、抱きしめたい衝動を抑えられそうになかった。

絞りだすような声が、瀬戸口から漏れる。


「…お前さんは、そんな愛され方でいいってのか?俺が見ているのは、あんたじゃないかもしれない。いつだって、お前の中にいる、あの人を求めてるかもしれないんだぞ」

それでも、壬生屋は怯まない。

「だったら、わたくしに言ってください。あなたの仰る『あの人』の心が存在しないわたくしなど、嫌いだと。あなたが好きなのは、わたくしの中の『あの人』で、壬生屋未央じゃない、と。──言ってくださったら、わたくし、あなたを諦めますから」
「…それは…」

言えるはずがないだろう、と瀬戸口は唇を噛んで壬生屋から目を背けた。

勝手な事を、と思いながら瀬戸口は、そうやって自分の気持ちを押し付けてきたのは、自分の方ではなかったかと気付く。彼女が近づいてきては遠ざけ、遠ざかれば引き戻そうとした。
どうしても、壬生屋をこの胸から追いやることが出来なかった。

あの人の生まれ変わりとわかる、ずっと前から──。



「わたくしが好きなのは、『瀬戸口隆之』。遠い日の、この中にいる、もう一人のわたくしが、愛した人じゃない。今、目の前にいる、貴方です。あなたが好きになるのも、『壬生屋未央』です。苦しくても、辛くても…、比べられたって構いません。わたくしの方が好きだと、いつかきっと、貴方に言わせて見せます。…それだけ、今日は言いに来ました」

壬生屋は笑顔のままに告げると、瀬戸口に背を向け、歩き出した。
遠ざかっていく壬生屋の姿。

いつもそうだった。

自分はいつも、こうやって成す術なく、流されるままに、永遠の時間の中にただ立ち尽くしていた。

美しい思い出だけがあれば、それでいいと…それ以外のものは、手に入らないのだと、手に入れてはいけないのだと思ってきた。

それでも、もう、自分の気持ちをごまかしきれない。

行かないで──

千年前に、言えなかった事を、今こそ──

「…くな…」

「行くな!待ってくれ!壬生屋!!」

背を向けたまま、ぴたりと立ち止まった壬生屋。

突風が吹き、壬生屋の黒髪が舞った。あの時と、同じように。
あの日の、遠ざかっていく壬生屋の後姿が、風に翻る黒髪と赤い袴が、瀬戸口の脳裏によみがえる。
だが、目の前に広がる光景は、その時とは逆だった。

瀬戸口の声に、振り返り、歩み寄ってくる壬生屋の姿。


壬生屋は、再び瀬戸口の前まで歩みよると、黙って待った。済みきった青い瞳を向けて。
瀬戸口はやはり壬生屋のその目を見つめる事ができず、そっと目を反らしてから、掠れた声で呟くように言った。

「…俺のそばにいたって、泣くだけかもしれないぞ」

ようやく出てきた想い人の情けない言葉に、壬生屋は大きく目を瞠り、それから、緩く首を振って小さくため息をつくと、瀬戸口の両手を取って、微笑んだ。
この人は、今も迷っている。自分だって、ただの「記憶」を盾にこの人を引き止めようとしているだけの、卑怯な女なだけかもしれない。でも…。


「わたくしが幸せかどうかは、わたくしが決める事です」

自分とはあまりに対照的に力強く宣言する壬生屋に、瀬戸口は苦笑して、壬生屋の細い手を握り返した。

二人の頭上で、桜の新芽が力強く覆い繁っていた。




ツッコミ禁止!(笑)シオネの記憶と壬生屋個人の決着をつけるのは、難しいですね〜。私はどちらも同じでありながら違う、と思うので、あんまりスカッとした終わりにならなくて申し訳ないです。

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