『Fidelity in love』

今日はわたくしの誕生日。16歳になったらすぐ、お嫁に行くのが夢だった。
兄さまのように、優しくて強い方と…。
それは結局叶わなかったけれど…。でもいいの、わたくしは今、誰より
も幸せだと、そう思うから…。

「待たせたな。ケーキも買ったし、行こうか」
低くて落ち着いた、どこまでもわたくしの心の深淵まで染みわたる声。
その旋律もにも今日は喜びの微粒子が混ざって、わたくしの心をいっそう震わせ
る…。いえ、そう聞こえるのはわたくしの、気のせい…?
「隆之さん、どうして、わたくしが一緒にお店に入ってはいけなかったのですか?」
「あのなぁ、今日はお前の誕生日なんだぞ?こういうのは見てからのお楽しみ、
なんだ」
「そういうものですか?あのお店の店員さん、若くてかわいらしい子が多いと聞きました
けど?」
「…おいおい、怒るぞ?」
普段、散々からかわれているから、ついわたくしも、ささやかな復讐をしたくなってしまうの。
「昨日も、どなたかから恋文を貰った、なんて笑ってらしたじゃないですか」
「いい加減にしろよ。ほら、行くぞ」
隆之さんは一人、歩いていってしまう。困らせてやりたいだけ。なんてくだらない会話。
それでも、自分の言葉に予想の通りに反応している彼が愛しくて、大きな背中を距離を置いて
追って歩きながらつい、口元をほころばせてしまう。

わたくしは、知っている…。
そう、あの背中はもう、わたくしを置いてはいかないのだと…。

その背中が振りかえり、彼の表情が「はやく来いよ」と私わたくしを促していた。大きなケーキ
を持っているからだろう、片手だけで「降参」のポーズをして見せている。わたくしは笑って頷き、彼の
元へ走っていった。

──隆之さんのお部屋は相変わらず殺風景。わたくしが訪ねるようになってからは、少しは生活感も
出てきたけれど、居間にあるのはこたつくらい。それだってわたくしが用意させたもの。隆之さんは
そのこたつに入ってわたくしが食事の用意をするのを眺めている。そうするのが好きみたい。
「誕生日なんだから、俺がなにか作るのに」
「いいえ、こんなに大きなケーキを買ってくださってんですもの。お夕飯くらい作らせてください」
「…はいはい、わかったわかった」
相変わらず、家事は女性がこなすもの、なんて古い考え。もっと素直に甘えたいのに。それでも、彼に
出逢って変わっていく自分がわかるから…、もっと変われる自分を思い描けるから、だから今はそれで
いい…。

食事が終わって、冷蔵庫に入れておいたケーキを出すと、隆之さんは本当に子供のようにはしゃぎ出した。箱を開けると、大きなケーキにきちんとわたくしの名前が入ったチョコレートの細工菓子がのっている。私も素直に喜びの声をあげると隆之さんは満足気にケーキの上にそロウソクを立て始める。そんな彼が可笑しくて、わたしは声をたてて笑ってしまった。
「なんだよ。どうせ子供っぽい、なんて思ってるんだろ。いいか?こういうイベントは形が大事なんだ。誕生日はケーキを買って、ロウソクに火を灯して祝う。こうでなくちゃ」
「ええ、本当に」
そう答えて、それでも笑い続ける私を無視して、隆之さんはロウソクを立て終えると立ち上がって、部屋の
明かりを落とした。今まで向かい合って座っていたのに、わたくしの隣にやってきて、そっとわたくしの肩を抱く。
「一緒に火をつけよう。ほら」
「で、電気を消さなくてもいいのでは…」
「暗い方がロマンチックだろ?」
隆之さんは半ば強引にわたくしの手をライターを持つ自分の手に添えさせた。
ああ、駄目…。
こうなってしまうと主導権は完全に彼に移ってしまう…。触れあっている手の暖かさを想うだけで、わたくしの心は溶けてしまいそう。
「なんだか、結婚式のキャンドルサービスみたいだな」
「けっ!!けっけっ…!!」
驚いて顔をあげる私の頬にそっと口づける隆之さん。たったそれだけ、何度もされている事なのに、おそらく
わたくしはまた、耳まで真っ赤になっているのだろう。部屋が暗かろうが、彼にはそんな自分が見えている
に違いない。それを考えるだけでも、心臓が口から飛び出してしまいそうだった。

そんなわたくしの気持ちを知ってか知らずか、隆之さんはただ、暗がりの中微笑むだけで、わたくしの手を取ってろうそくに一つ一つ火を灯す。胴着を着始めた年、母が亡くなった年。それぞれのろうそくに火が灯っていく。部屋が明るくなっていくのと同じように、わたくしの記憶も鮮明になっていくようだった。兄が戦死した
年…そして…。

わたくしはそっと隆之さんの手を止めた。ろうそくの明かりに照らされた彼の優しい顔を見つめる。暗がりに
浮かぶ恋人の瞳は普段よりいっそう、幻惑的で私の鼓動を高鳴らせた。わたくしはその瞳を正視することに耐えられなくなって、揺れる炎に視線を反らす。
「16本目…16歳のわたくし…」
「…?16歳がどうかしたのか?」
「わたくしが、貴方に出逢った歳です」
「…そうか…そうだったな…」
わたくしの手を握る彼の手に少しだけ力がこもる。わたくしもそっとその手を握り返した。
全てのろうそくに火を灯し終えると、薄暗い部屋に二人の影が揺れた。
「不思議です。貴方と出逢って何年にもなってないのですね。色々な事がありすぎて、長い時間が過ぎたように思えたけれど…。お互いを知らないまま、過ごしていた時間の方が、ずっとずっと多いのですね」
「未央…」
隆之さんはわたくしを胸に抱きこんで、髪を撫でる。彼はこうして髪を撫でたり弄ぶ事が多い。わたくしもそうされるのが嫌ではなかった。どんな言葉で語られるより、彼の悲しみも、喜びも、彼の手を通して、伝わってくるような気がするから。
「でもこれからはずっと一緒だろ?いつかはお前が一人で生きてきた時間と俺と一緒にた時間が同じになって、そして、一人でいた頃より、俺と過ごした時間の方が長くなるのさ」
わたくしを抱いたまま、そっと耳元で囁く。それって、それって…。プロポーズ…みたい…。そう思ってしまって、いいですよね…?

顔を隆之さんの胸にうずめていると、彼は思い出したようにポケットから細長い包み取り出した。
「忘れる所だった。誕生日おめでとう」
「あ…ありがとうございます」
包みを開けると、小さな鍵のモチーフのついた銀のネックレスが炎に照らされて光った。つけてみてもよいかと訪ねると、隆之さんが手伝ってくれて、良く似合う、と言ってくれた。
「でも、鍵…ですよね。可愛いですけど、変わったデザインですね」
「俺を閉じ込める鍵、だよ」
「…え?」
わけのわからないわたくしにの前に、隆之さんは自分の衿元に手をいれて、何かを取り出して見せた。
わたくしにくれたものと同じ、ネックレス…?
「未央は俺の中に閉じ込めて、鍵をかけて、どこへもやらない。誰にも渡さない。俺だけが、お前の心の扉を開ける。だから、未央も俺を閉じ込めて、鍵をかけて。どこかに飛んで行かないように。未央だけが、俺の心の扉を開けられるように」
「あ…」
「わかった?」
わたくしは返事をするかわりに、隆之さんに身体を預け、背中に手を回して抱きしめた。束縛するのも、されるのも、彼なら、彼が相手なら…。

「…っ!」
首筋に当たったやわらかい感触にびくりとして、わたくしは慌てて身体を離そうとした。けれども、彼の力強い腕と新たに与えられる刺激のせいで、抵抗することは許されなかった。
「ケーキ…ろうそくを消さないとダメになって…しまいま…」
そんな言い訳も激しい口付けに飲み込まれる。ああ、今日もこうして、冒険されてしまうのだ…。
「誕生日バージョンだから、覚悟しろよ?」
「…いじわる…」
彼の指を、唇を、そして二人で同じ時を刻んでゆける幸せを感じながら、わたくしは心にそっと呟いた…。

『貴方を捕まえて、鍵をかけて…どこにも行かせない…
         わたくしの心の扉を開けるのは、貴方だけ…』



<後書き>
壬生屋さんの誕生日企画に書いたSS。今ごろアップするとは…。行方不明だったのさ(笑)もう来年の誕生日がきてしまう!
『fidelity in love』とは『変わらぬ愛』という意味らしいです。(笑)
なんかいつもの私のSSとおなじく、中身が全然ないですね〜。まあ、いいか。幸せそうだから。
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